2011年5月29日

茂木健一郎さんの「自疑(self doubt)」

脳科学者・茂木健一郎(@kenichiromogi)の5月29日の連続ツイート。 自疑(self doubt)を知っているかどうかで、その人の伸びしろが変わってくるというお話。
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茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(1)映画『マトリックス』を見た時、主演のキアヌ・リーブズがいいと思った。自分自身を疑うこと(self doubt)を感じたから。自疑のないヒーローには、魅力がない。

2011-05-29 05:46:28
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(2)自疑(self doubt)を知っているかどうかが、その人ののびしろを決めるように思う。もし、現状がすべて良いと思っていれば、そこで成長が止まる。自分を疑うことを知っているからこそ、飛躍へのてこの支点が得られるのである。

2011-05-29 05:47:47
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(3)自疑は、彫刻刀のようなもの。余計なものを削って、次第に美しいかたちになっていく。自疑を持たない人は、だらしない、ぶくぶくとした魂の形をしている。自疑はほろ苦い。その苦さが若さの証拠である。

2011-05-29 05:48:50
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(4)自疑を知らない人は、自己欺瞞に陥ることも多い。自分のことすべてを良しとする。客観的に見れば、そんなことがあるはずがないのに、完全だと思い込んでしまう。その結果、変革の機会を失う。

2011-05-29 05:50:04
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(5)もっとも、自疑はバランスを崩してはならない。「根拠のない自信」と、自疑は両立する。むしろ、両者の「膨張」と「削除」の力学が弁証法的にせめぎ合うことで、調和のとれた成長が可能になるのだ。

2011-05-29 05:51:08
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(6)科学は、自疑をシステム化したものである。どんな科学的言明も、必ず、それを疑う知的営みとセットになっている。自疑があるかどうかが、科学とそうでないものの区別をなすと言ってもよい。

2011-05-29 05:52:51
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(7)自疑の結果、科学は「メタ概念」となった。自分自身を疑い、変化をする。しかし、どんなに変化をしても、科学は科学であり続ける。同じように、自疑のほろ苦さが、メタ人間をつくる。どんどん変貌するが、しかし同じ人間なのである。

2011-05-29 05:54:04
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(8)夏目漱石は、徹頭徹尾自分を疑った人だった。「追いつけ」という明治の日本の発展法則を疑った人だった。だからこそ、一番深いところまで到達できた。一方、自己欺瞞に陥っていた多くの表現者は、忘れ去られている。

2011-05-29 05:55:13
茂木健一郎 @kenichiromogi

自疑(9)自分を疑うことはほろ苦いが、その底に、かすかな甘さがある。それを生命の喜びとせよ。春に飛び出る植物の芽のように、自疑こそが、弾力のある発展を可能にする。自疑という地面なしには、跳躍は不可能なのだ!

2011-05-29 05:56:49
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、「自疑」(self doubt)についての連続ツイートでした。

2011-05-29 05:57:03

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