ストレイトロード:ルート140(44周目)
- Rista_Bakeya
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「必ずあれの場所を吐かせて」藍の物騒な要求を意訳し、強制せず同意を取るのが大人である私の仕事だった。順調な交渉は最初だけ。条件の擦り合わせを進めるうち、僅かな違和感に気づいた。「もちろん協力したいとも。でも女の子だろう、それなりの覚悟がないと」目が反対ではなく対価を示唆している。
2019-08-23 18:50:49ある要人に近づくべく参加したパーティーで、藍をしつこく狙う御曹司を見つけた。「変装しましょう」違う色のドレスを急ぎ手配し、青い右目は下ろした髪と眼帯で隠した。後は黙ってさえいれば清楚な令嬢としか思われないだろう。「本当に大丈夫なんでしょうね」本人の我慢次第か。作戦は早くも危うい。
2019-08-24 19:06:51釣果は余程の大物らしい。藍の手に負えないどころか、私や船員が手助けしても口元すら見えなかった。ついにこの船の全員が一本の釣竿と戦う構図になり、ふと、その中に船長もいることに気づいた。操舵を担える者がいない。この荒れた海上で。「じゃあわたしが何とか」「できません」風で舵は切れない。
2019-08-25 19:06:14全てが焼き払われた。家屋も草木も燃え、岩も舗装も踏み砕かれ、ただ大地だけが残った。生き残りの少年は広大な荒地を泣きながら走り出した。「誰のせいなんて調べるだけ無駄よね」藍が拾ったのは一見ただの炭だったが、何かの植物の種だと解った。かつてこの大地に芽吹いたものはいつか蘇るだろうか。
2019-08-26 18:43:27夜の温泉街は窓灯りに加えて看板も道も眩しく照らされていた。今や都市でもここまで明るくはない。地熱の恩恵故にエネルギー供給不足を免れたとは聞いていたが、古くからの景観が守られた理由は他にもあるだろう。「ここの風って不思議。なんだか暖かい」藍の上機嫌は湯浴みの効果だけではなさそうだ。
2019-08-27 18:43:46「今すぐ飛ばして!」悲鳴の意味は急発進してから理解した。車を潰さんと落ちてきた落石を避けても油断できない。怪物が崖の上を走る限り、砕かれた石の破片が飛礫となって降り注ぐ。「どうしますか、この先は」「舌噛みたくなければ黙って」藍が苛立っている。人々が魔女に投げつける石とは訳が違う。
2019-08-28 18:48:20乗車人数が増えると車中泊は難しくなる。新しい乗客の為に中古のテントを入手したが、組み立て後に藍と子供達が揉めた。誰がそこに寝るか。買う時はキャンプのようと喜んでいたのに。「僕たちが寝てる間に置いてく気なんでしょ」「どこからそんな発想が出るの?」彼らを親元へ帰すまで不安は尽きない。
2019-08-29 18:53:28風の魔女。安直な呼称が通り名となったのはそんな人間が他にいなかった故だ。しかし同世代かそれ以降の子供には独占を覆す可能性がある。「同じ力の持ち主が現れたらどうする?」研究員に尋ねられた藍はティーカップを手に考えた。「仲良くなれたら遊びたい。一人きりって案外面白くない時もあるのよ」
2019-08-30 18:44:38壊れた電化製品に埋もれて暮らす人に出会った。藍から見るとそれらはユニークな壁であり古い家に馴染む風景の一部に過ぎないようだが、私にとってはどれも懐かしい道具だった。「あれは何?」聞かれるたび即座に答えては、便利だと驚かれた。様々な恩恵を失った生活に馴染んでいたのだと気づかされた。
2019-08-31 22:01:43瓦礫の撤去が始まった町で手書きの張り紙を見た。探し物としてバイクの写真が添えられていた。「派手なペイントね。すぐに見つかりそう」「原形を留めていない可能性もあるかと」災害時は人命優先、写真の主もそうしたに違いない。無事を得た後に、無二の相棒を置き去りにしたことを悔やんだのだろう。
2019-09-01 19:03:29朝から客室に訪問者があった。だが藍は布団を被ったまま、私に扉を開けるなと命じた。「まだ寝てるって言って」会いたくない人物の声を聞いたらしい。扉越しに言い訳を重ねて相手を帰らせ、報告に戻ると、藍は本当に眠っていた。本人に二度寝するつもりはなかったのだろうが、結果的に嘘でなくなった。
2019-09-02 18:35:59写真を頼りに見つけ出した店は奇跡的と言える程そのままの外観だった。中は掃除が行き届き、鍵さえ開ければ商売できそうだ。窓際に並ぶ色褪せた箱は元々寝かし物の商品なのだろう。「やっぱり誰もいない」鍵穴から様子を窺っていた藍が首を振った。「出入りはあるようですが」「今いなきゃ意味ないの」
2019-09-03 19:42:24