中の人の思い出話

中の人の思い出話です。 本来、このアカウントでツイートする内容でもないかとは思いましたが、いま研究や勉強ができる立場の方に特に読んでいただきたいとも思い、掲載致しました。
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ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
【中の人の思い出話・恩師について】 さて、中の人の思い出話です。本来このアカウントで呟くこととしては不適切かもしれませんが、フォロワーの皆さんの中には大学生・大学院生も多くいるかと思われます。そうした方に特に読んでいただきたいので、こちらでツイートします。ご興味なき方はスルーで。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
中の人は大学院で三人の日本人の先生、一人のドイツ人講師の方にお世話になりました。ご本人方の承諾を得ていませんので、お名前を挙げることはあえて控えさせていただきます。 いずれもすばらしい先生方でした。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
お一人は、日本におけるドイツ文学研究界の巨星と言われた方でした。 言語と文学に対して真摯であるだけでなく、とても真摯な教育者でもありました。 任期中に癌で亡くなられましたが、抗癌剤を打ちながら最後の最後まで教壇に立ち続けた方です。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
必ず原典に当たる時は、一単語に至るまで不明な点をなくして徹底的に調べて臨まれたかたでした。 また、古典語に堪能で、ある時聖書のドイツ語訳が妥当かという議論になった時、該当の箇所の古代ギリシャ語を空で引用なさったと言われています。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
中の人は、この先生にご叱責いただいたことが一度、笑顔で答えていただいたことが一度あります。 叱責された時は、父の看病や自身の体調不良で修論研究が進まなかった時、笑顔は修論が完成して、「先生、修論は噴飯ものになりました。それでも一生懸命やったんです」と申し上げた時。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
先生はニコリと笑われて、「そうですか、それでは後で楽しみに読ませていただきますよ」と仰られました。ご自身は癌が進行して相当に苦しかったはずなのに、笑顔でそう言われたのです。 私は修士課程まで出た身ですが、これほどありがたいと先生にはあと一人にしかお会いしたことがありません。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
修論のご指導をいただいた先生は、ご自身のことを「異端のハイデゲリアン」と仰っていました。おそらく、その大学一ユニーク(褒め言葉です)な方でした。私は敬意を込めて「師匠」とお呼びしています。 マンガや映画に対する造形が大変に深く、そのテーマで授業もされていました。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
この先生は、一見ゆるっとした感じの方ですが、実は哲学科のご出身です。 「文学は哲学ほど厳密性を追求しない」という理由で文学研究に転向されたと聞きます。 カフカや言語学、社会科学にも造形が深い方なのですが、なんと私が在学中はそうしたことを一切伏せられて生徒に向かい合われていました。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
ある時のやり取り。 私「先生、レーヴィット(ハイデガーの弟子。後に決別)を読む上で、マルクスを読むことは避けられませんが、イデオロギーから切り離されたマルクス研究についてはこの大学のどなたに尋ねればいいでしょうか?」 師匠「ふーむ。心当たりがないな」
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
師匠「しかし、修論を書くにあたり今から『資本論』を読んでる時間はない。『共産党宣言』なら薄い本だが、大切なことが書かれてるから読んでみなさい」 私「わかりました」 しかし、ちゃんとこの先生はマルクスのことがわかっていてこう言ったのだと後から研究論文目録を読んで気がつきました。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
またある時。 私「先生。歴史とは言っても、結局人間はリアルな経験の尺度でしか真実をつかめません。どうすればいいでしょうか?」 師匠「その通りで、例えば盆踊りなんてのは我々にとっては伝統的に見えるが、ありゃ国威掲揚で戦時中に作られた風習だよ」
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
本当かな、と思いましたが、後に九鬼周造のエッセイを読んでたら、それが事実とわかる下りが出てきました。 九鬼周造はレーヴィットに関連している哲学者なので、ひょっとしたら師匠は「こいつはちゃんと周辺も調査して論文を読んでるかな?」と思われたのかもしれません。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
こうした、「学んでいるからには、君は気づかねばならないぞ」という師匠のスタンスは、私は大好きでした。 間も無く定官のお歳になられるかと思いますが、最終講義を公開でされるなら是非聴講しに行きたいと思っています。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
残る一人の日本人の先生は、ドイツ語学の先生でした。 中の人が「文学とは一体、人間の生き方に少しでもプラスになるのか?」と随分と悩んでいた時に、話を聞いてもらったことがあります。 古高・中高ドイツ語もわかる方でしたが、私はそこは教わっておらず、後々随分と惜しいことをしたなと思いました
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
ドイツ人の先生は、トーマス・マンの研究で知られた方でした。 「レーヴィットの研究をしています」といったところ、「ではドイツのマールバッハというところに文学アーカイブがあって、彼の日記が保存されているから見てきなさい」と熱心に勧めてくださいました。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
中の人は「日本に残されている資料を徹底的に当たる」というスタンスでレーヴィットを研究していましたので、実はドイツに留学したことがありません。 しかし、修了して10年も経ったある時、ドイツに行く機会があったので、マールバッハに行きこの日記も見てみました。得るものは確かに大きかったです pic.twitter.com/SmFEuipWhh
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ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
長く書き連ねましたが、まとめとして言いたいことは二点です。 一、自分が誰から何を学んでいるのか、しっかりと意識したほうが良い。 二、「学び」とは、単に知識を増やすことではなく、気がつくべきことに気がつけるように徹底的に考察してみることである。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
いま高等教育機関に在学している方には特に、今の学びを大きな糧として、人生を歩んでいって欲しいのです。 それが、いま教えていただいている先生方の学恩に報いる最大のことでしょうから。 日々学び、日々生きていって欲しいと思います。 了

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