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議論というのは脳の体力をずいぶんと消費するものです。自分がよかれと思ってしゃべっていたことが相手に否定されたとき、ひとは自分の脳内に組み上げた風景がほころんでいるかもしれないということを気にして、外界の情報を再度摂取し直し、脳内仮想世界の解像度を高めようとします。このとき膨大な
2019-10-21 08:04:58エネルギーを使います。一度五感で受け止めて、脳の中で構築したはずの「VR現実」のどこが間違っていたのかと考えることは、情報の端触子と、脳というコンピュータと、仮想世界を映しているプロジェクタのどれが間違っているか全部確かめ直さなければいけないからです。そして、議論しているうちに
2019-10-21 08:06:31人は情報を確かめることに疲れてしまう。そうやって自分は一生、摂取した外界の情報と内部で組み上げた幻想とを微調整し続けなければいけないのかと絶望してしまう。だからいつしか、議論というもの自体を変質させます。もともとは自分の仮想世界を修正するためだったものを、やめて、
2019-10-21 08:07:42表面的な言葉遊びだけで相手が疲れるのを待つようになる。自分が疲れるのはつらいから、相手を先に疲れさせることで議論の本質を全く行わずに議論の行為だけを終わらせようとするわけです。今世の中にいる議論好きの大半は、とっくに疲れ切っていて、脳内の仮想世界を全くいじろうとしていない。
2019-10-21 08:08:44だからたいていの場合、議論に正義なんてないんです。相手の方が必ず間違っていると声も高らかに宣言する人は、自分の脳を修正する手間を諦めた分、フットワークが軽く、体力もさほど使わずに、議論の体裁の部分だけを真似した嫌がらせを繰り返しているにすぎない。
2019-10-21 08:10:24本質的な議論というのはいつだって、「自分の脳内風景を常に微調整していくだけの覚悟とおそろしさ」を持っていなければできない。少なくとも、本当の議論をしようとする人は、発信よりも受信に気を配り、引きずり下ろすならば自分の古い受像イメージの方だと毎日おびえていなければならない。
2019-10-21 08:11:38長々と書いてきましたが要は今からいうことをぼくはずっと考えています。 #ただしい医療情報 に引きずり下ろし型の議論は必要ない。それはもはや議論ではないからです。もっと賢くならないといけない。 これもまた微調整が必要なのだろうかと日々怯えています。ただしそれなりの覚悟はしている
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