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まろかれ(古川陽明) @furunomitama

神職。神道教師(教導職)。御影舎主。 『古神道祝詞CDブック』第六刷Amazonで入手できます。祝詞講座とか御祈祷とか霊符書きと最近は顧問神主として月間祈祷に全力を注いでいます。道名は基密。仙名法名は陽明。アイコンは坂上アキ子作『序』。ヘッダーは神宮荒祭宮で祝詞奏上中の私。

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まろかれ(古川陽明) @furunomitama
これは江戸時代の即位礼の図ですが、この日と月の象徴も四神も全部明治以降は削除されています。 臣下の装束も今と違いますね。 中華風のものは全て撤廃して、和風に作り替えた。 これは神道も同じです。 明治以降の日本文化の変革。 こういう形であった事は覚えておいて良いと思うのです。 pic.twitter.com/fPhbJjSIsJ
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まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@ponamaru 江戸期の即位礼は即位灌頂が伴われ、高御座の中で二条家と摂関家が天皇に即位印=智拳印=四海領掌印を伝授して、荼枳尼天真言を唱えて荼枳尼天=天照大神と天皇が一体化してから、臣下や六合に即位を宣言するが、諸説あり。 即位礼や即位灌頂については、様々な学術論文があるのでそちらを参照のこと pic.twitter.com/8N6iyNqUhq
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まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@ponamaru 伯家神道の秘伝書だった『伯家部類』には大嘗祭(当時は大嘗会)で天皇自らが奏上される『主上大嘗会降神御祝文』という天皇が天神地祇を降ろす秘文が掲載されている。 「掛も畏き天神地祇八百萬神の広前に、神物を備え貯てほぎて白さく、是れ朕が奉る神衣を〜」とあり、 最後に「御拍短手」と拍手する
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
即位礼の時は、天皇は伊勢神宮に勅使を遣わして奉幣するのですが、『伯家部類』には江戸時代の『御即位由奉幣祝詞』という天皇が奏上する祝詞があり『掛畏き天照皇太神広前に恐み恐みも申て申さく、朕薄徳を以て天之日嗣を伝給ことは〜」と始まるが、もうこの時点で尊皇神職は号泣してしまいます。
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
江戸時代の天皇の装束です。 これは伯家神道の学頭であった臼井雅胤が書き残した「御即位見聞私記」より。 pic.twitter.com/bFGY51VlSI
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まろかれ(古川陽明) @furunomitama
これは伯家神道の学頭であった臼井雅胤が書き残した「御即位見聞私記」より。 日月と四神です。 装束もこういう威儀物というか象徴も、昔の方が良いなと私は個人的に思っております。 pic.twitter.com/SQcohJTYWR
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まろかれ(古川陽明) @furunomitama
現在の天皇陛下も江戸期同様の御告文(おつげぶみ)を御奏上なされますね pic.twitter.com/dQFt9TUi9X
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まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@tikutaku このテレビの一文は全体の最後の部分だけです。 昭和三年の『昭和天皇即位礼当日賢所大前の儀御告文』 この部分の読みは、 『御名(裕仁)おぢなきみをもてこのおほみわざをうけつぎ、けふのいくひのたるひにあまつひつぎしろしめすゐやわざをおこなふとして、おほまへをいつきまつることを(続く)
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
(承前)『たひらけくやすらけくきこしめして、あまつひつぎをよろづちあきのながあきに、おほやしまとよあしはらのみづほのくにを、やすくにとたひらけくしろしめさしめたまへとまをすことをきこしめせと、かしこみかしこみもまをす』
さと @sato_kimono
@furunomitama 本当だ、まんま唐代の服…!
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@sato_kimono そうなんだよね。 女官の服も、今の女性神職の服もそうだけど、実は唐服の影響が大きい。 まあ、漢字の国だから。
さと @sato_kimono
@furunomitama まぁ、そうだよね。 私も着物文化の解説を求められるから調べ物しまくってるんだけど、和服の形式が今の形になったのってせいぜい江戸時代くらいなんだよね…
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@sato_kimono それをよくわかった上で、ここまで素晴らしい文化に昇華した日本の先人たちは凄いとリスペクトしつつ、漢服も良いなと思えば日中友好も簡単にできる。
さと @sato_kimono
@furunomitama 本当の意味での日中友好は近代史の影響で難しいかもしれないけど、 文化的な歩み寄りは可能だと私も思ってる✨
Master Zen @MasterZen18
@furunomitama FF外から失礼します。 画像2枚目の巽方位を向くのはどういった意味でしょうか?
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@MasterZen18 京都から見て伊勢神宮の方向に当たるはずです
Master Zen @MasterZen18
@furunomitama なるほど!!! ありがとうございます😊! 納得しました🙇‍♂️
敎資 @norisuke37451
@furunomitama 日と月の象徴は日像纛旛・月像纛旛という形で簡略化されてますね。個人的には東アジアの天子の象徴であった袞衣と日本特有の四面の冕冠がなくなってしまったのが一番悲しい。 さらに今は臣下の代表が洋装になり京都御所ではなく東京で行うようになってしまった。
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@norisuke37451 まさにその通りで、時代の変化で仕方ないのでしょうけど、今の形は味気ない感じがします。
seiryu @kahr0308
@furunomitama @levinassien この即位礼の図はどちらで拝見できるのでしょうか? 直に見てみたい
まろかれ(古川陽明) @furunomitama
@kahr0308 @levinassien 1枚目は驚愕ですが古書店で今売っています。二十一万円。 それ以外は京都大学ですが実際に見せてくれるかはわかりません。
yhkondo @yhkondo

Japanese Linguistics(日本語学)・青山学院大学文学部・日常の日本語文法書の構築を目指してツイートしています。発言は個人の責任です。 (アイコン画像は、自己所有の江戸時代絵画を自分で撮影)https://t.co/5B5y8g9kDv https://t.co/7nnQm6NHht

https://t.co/87eauCzYfl
yhkondo @yhkondo
即位の礼の儀式の様子が詳しく報じられているが、この儀式、江戸時代までは、今とは相当に違っていた。この添付の図にあるように、おつきの者たちの服装も中華風、もちろん、天皇の服装も中華風だった。また、即位礼の直前に仏教の潅頂の儀式があることも今とはまったく違う。sankei.com/region/photos/…
リンク 産経ニュース 2 users 20 江戸時代の天皇即位式描いた版画、園城寺法明院で発見 大津市歴史博物館で展示始まる 江戸時代の東山天皇の即位式(1687年)を描いた版画が、大津市の園城寺法明院で見つかり、市歴史博物館で展示が始まった。延暦寺の僧覚深(1637~1707年)が儀…
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コメント

Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2019年10月22日
こういう人たちってなぜか中国系以外の文化を排撃したがるよね。洋装とか礼砲とか世界各地の文化を取り入れたほうが文化交流になるのでは。
kartis56 @kartis56 2019年10月22日
明治のときに国風によせちゃったからそれ以前との断絶が多発したよね。神仏分離とかもそう
kartis56 @kartis56 2019年10月22日
yoshikun2009 交流のために継承してるわけじゃないので
kartis56 @kartis56 2019年10月22日
四神の配置自体が古代中国から来てるわけで
あい @kanadeeye11 2019年10月22日
NHKでも同じ解説してくれてた
朝起きるの慣れてきた @yuukoaozora 2019年10月22日
奈良の平城京跡とかの再現されたやつ見たら何もかも中華じゃん!って感じだったんだけどこういうことなのかぁ。
NTB006 @NTB006 2019年10月22日
中国の天子が滅びて、天子はこの世にただ一人。と言うのが現実になったからもう日本文化でいいのではないでしょうか
Neco @necosun_n 2019年10月23日
NTB006 最初から日本文化の変革の話だったんだから日本文化だよ。中国の天子が滅んでなくても日本文化であることに変わりはないと思うけどな。輸入元はどこよってだけで。
mocilol @mocilol 2019年10月23日
西洋人がスーツ着ない未来が来ても日本人だけ着てるんやろか
nekotama @nukotama001 2019年10月23日
そう、正しくこれも、というかこっちの方が日本文化なんだよな。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2019年10月23日
nukotama001 文化というものは変化していくもので、こっちが正しい云々は主観に過ぎないと思いますよ
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