たまごん さんと織原然のマルキシズムの外生説性(商品貨幣論)と内生説(信用貨幣論)との比較対論 他

マルキシストの たまごん さんと内生説派の織原然(まとめた人)がマルキシズム(マルクス主義)の外生説性について議論したまとめとなります。 (派生として、信用貨幣論と租税貨幣論の違いの提起と、暗号貨幣・仮想通貨への提起)
外生説 議論 商品貨幣 信用貨幣 貨幣論 内生説 MMT 労働 マルクス
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織原 然 @orihara_zen
ダメだわ。 松尾教授も公共貨幣推進論者でした。 大西つねき&松尾匡・立命館大教授の対談 「なんとかならんか この日本」 chosyu-journal.jp/seijikeizai/13…
織原 然 @orihara_zen
大西つねき&松尾匡・立命館大教授の対談 「なんとかならんか この日本」 chosyu-journal.jp/seijikeizai/13… 【松尾匡】 そうではなく政府がお金をつくる。借金としてでなく政府がお金をつくって、世の中に必要な公共のために金を使う。人人のために金をバラまく。人人の暮らしの役に立つために金を使う。
織原 然 @orihara_zen
大西つねき&松尾匡・立命館大教授の対談 「なんとかならんか この日本」 chosyu-journal.jp/seijikeizai/13… 【松尾匡】 もともとアメリカ建国史には、銀行が金をつくるか、国家が金を発行するか、金の発行権の奪いあいの闘争史があった。政府がお金を発行するというのは別に突飛な話ではない。
織原 然 @orihara_zen
大西つねき&松尾匡・立命館大教授の対談chosyu-journal.jp/seijikeizai/13… ここで軌道修正を図ろうとしたのだろうと思う。しかし(織原解説つづく) 【松尾匡】 すぐは政府発行通貨はハードルが高い。法改正もいる。アベノミクスで日銀が銀行の国債を引き受ける金融緩和もマクロ経済的には似たような面はある。
織原 然 @orihara_zen
大西つねき&松尾匡・立命館大教授の対談 「なんとかならんか この日本」 chosyu-journal.jp/seijikeizai/13… (織原解説つづき) 「金融緩和もマクロ経済的には似たような面はある。」 この発言から政府通貨発行は「リフレーション的政策」でありデフレには寄与しないことを吐露したも同然である。
織原 然 @orihara_zen
大西つねき&松尾匡・立命館大教授の対談 【大西つねき】 お金が富と思っているが、お金に価値はない。お金はただの紙切れ、数字でしかない。交換できる実体こそが価値だ。 (解説) この商品貨幣論丸出しの発言に反論した記述もない。 chosyu-journal.jp/seijikeizai/13…
織原 然 @orihara_zen
結論 薔薇マークキャンペーンの呼びかけ人、松尾匡 氏には大西つねき氏の言う公共貨幣という商品貨幣論に基づく政策を押し止める力はない。 つまり 大西つねき氏の れいわ新選組の乗っ取りを押し止めることは出来ない、ということだ。
門前小僧 @monzenkozo100
@orihara_zen まぁ今思い起こしてみると、これが松尾教授の元々の持論だったのかなぁとも思えますね。
織原 然 @orihara_zen
@monzenkozo100 国家権力が嫌いなんですね。国家の徴税で価値が生まれるなんて認められない、という思いが伝わってきます。
たまごん(壁と卵ならたまごアイコン)🌹 @sute_akada
マルキストを価値論で評するなら交換価値か使用価値かのどちらで評しているのか分かるようにしてほしい。通貨には使用価値はないが交換価値はある。国家が交換価値を通貨に与えるとはマルクスも認めている。まあ、松尾氏もこの説明省いているのアカンけど twitter.com/orihara_zen/st…
織原 然 @orihara_zen
反論に相当打ち込みの時間がかかるので、明日、明後日にでも書きますね。 マルクスが外生説の金本位時代の人であることと、国家が交換価値を認めること事態は、交換商品が枯渇したら無意味になるのが反論の核になりますね。 twitter.com/sute_akada/sta…
織原 然 @orihara_zen
何にせよ、正直、マルキストを価値論で評する、使用価値・交換価値=商品貨幣論で評する、という公式事態が間違いなのではないかと私は思いますよ。 商品貨幣論→外生説、なので、私は内生説派としてマルクス主義は外生説だからおかしい、といっているのですから。
たまごん(壁と卵ならたまごアイコン)🌹 @sute_akada
@orihara_zen お返事ありがとうございます。ご解説楽しみにしています。内生説とは、貨幣需要こそが貨幣を生むのだと言う意味なのなら、マルクスは正にその立場でした。氏の貨幣論は金本位制の時代のため分析不足が多々ありますがそれは栓なきこと、それでも本質は外してないと私は思っています。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada お待たせしました >交換価値か使用価値かのどちらで評しているのか こちらに関しては交換価値でも使用価値でもない、と思います。何故なら、これは「商品貨幣論」であり、マクロ的貨幣価値の付与において私は「信用貨幣論」の方が支配的であると考えているからです。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada >国家が交換価値を通貨に与えるとはマルクスも認めている。 この部分は、国家がその物質(例えば金)との交換を認めているから、つまり貨幣には金との交換比率による価値が生じる、という意味でしょうが、これはつまり商品との交換によって、貨幣に価値が生まれる、…
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada …その機能を政府が貨幣に付与していから、「国家化が交換価値を付与している」というのかもしれませんが「価値を付与しているのは実際には金」です。そして、交換している以上、これはやはり商品貨幣論です。貨幣の価値を交換によって担保しています。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada 商品貨幣論での問題は貨幣の価値を保証するものに「物量的限界値がある」ということです。申しあげたとおり、貨幣で金という貨幣と交換することができるとしますが、もし交換をし続けて、政府が保有する金が枯渇したらどうなるでしょう?その瞬間「金と交換できなくなった紙幣の価値」は無くなります。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada マルクスの生きた時代の貨幣理論はこの理論が最も支配的であり現実的です。この「価値の保証を貨幣の外部のモノとの交換によって行う商品貨幣論のこと」を外生説、と言います(この理解は私個人の理解なので、違う説明をする人もいます)。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada 「外生説」=「商品貨幣論」=「物量的限界値がある」=「貨幣プール論」 →プールにまた金を貯めなければならない →国民に増税を行う →もしプールを超えて出費を行ったら財政破綻をする。 これがマルクスの生きた時代の貨幣供給から導き出される国家経済貨幣運用の方法です。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada 現代日本でもこの外生説の理論をもとに、増税が肯定されています。プールにたまっているお金ががなくなると困るでしょ?と国民に言って。 しかし、プールに貯まっているお金がなくなる、ということはあるのでしょうか? 無いです。 何故なら、今はマルクスの時代と違って変動相場制だからです。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada >内生説とは、貨幣需要こそが貨幣を生むのだと言う意味なのなら、マルクスは正にその立場でした。 これはマルクスは需要と供給どちらサイドの立場に立って商品貨幣論(交換価値を高め使用価値を満たすか?)を述べているわけで、重要ではあるのですが(政治家、経営者に必要な視点です)…
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada …内生説ではありません。貨幣需要が貨幣を供給される、生む、という思想自体が完全に外生説です。 内生説とは、これもまた、私の解釈で、違う説明をしている人もいますが、「貨幣に価値を内在させる行動を政府が行うこと」です。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada 貨幣に価値を付与する方法 ①政府がまず借金をして貨幣を生じさせます。 ②その貨幣を政府が政府の発注した仕事(公共事業等)その労働に対する賃金として民間企業を通じて国民に供給します。 ③国民に供給された賃金の僅か一部を徴税することで「政府が欲する貴重な貨幣」という認識が共有されます。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada 結果、貨幣は「金という有限な外部物質と交換しなくても価値がある」、「貨幣そのものに価値がある」状態が生まれます。 これが 「信用貨幣論」であり貨幣価値を内在させる「内生説」です。
織原 然 @orihara_zen
@sute_akada 金交換という物量的限界値のある「商品貨幣論」と物量的限界値のない「信用貨幣論」。 限界がある方は限界が来たら破綻することが前提ですから限界が来ないようにしなければなりません。そのために国民が疲弊しても致し方ない瞬間があります。
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