- arishima_takeo
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加藤夢三『合理的なものの詩学ーー近代日本文学と理論物理学の邂逅』(ひつじ書房)をご恵投いただきました。ありがとうござます。理論物理学の更新を拙速に受容した昭和初期文芸を読み解きながら、東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』や円城城『Self-Reference ENGINE』まで伸びる線を探る研究書! pic.twitter.com/f8dHjrzg7R
2019-11-02 21:26:03中河与一論では荒木の『仮説的偶然文学論』を注で引いてもらってます。どうもありがとうござます。目次はホームページで読めますね。hituzi.co.jp/hituzibooks/IS…
2019-11-02 21:27:04「中河の発想においては、今日からはとても「科学」的に根拠づけることのできないような国粋主義的な言説もまた、「科学精神」という漠然とした表現によって裏打ちされていた」(加藤夢三『合理的なものの詩学』)。なるほど。
2019-11-06 07:53:14『合理的なものの詩学』。相対性理論や量子力学を唱える石原純の「新短歌」。面白い。寺田寅彦の複雑系科学/連句論との比較に誘われる。
2019-11-06 11:40:12「ここに見られた「新しい現実」にかかわる一連の横光の主張の淵源には、まぎれもなく石原の自然科学的世界像が介在していたと見るべきであろう」(加藤夢三『合理的なものの詩学』)。へぇー。
2019-11-06 15:34:54「ここには、『雅歌』という小説作品において「科学者」=「物理学者」という等式を立ち上げようとする明確な企図を読み込むことができる」(加藤夢三『合理的なものの詩学』)。おおー。
2019-11-06 15:36:38新聞小説としてに『雅歌』において、通俗性・娯楽性の強度を保つために、雑音となる種々の「科学」的な表現を排除せねばならなかったとすれば、横光がその作品としての完成度に不満を持っていたこともゆえなきことではない。by加藤夢三『合理的なものの詩学』
2019-11-06 15:44:05『合理的なものの詩学』。モダニズム前夜(大正中期)の科学と文学の結びつきは精神生理学に限定。これは『或る女』エリス問題でもある気がする。モダニズム(横光など)になると理論物理学にも跨る。
2019-11-06 16:08:40『合理的なものの詩学』。メインでは展開されないのかもしれないけど、文学と科学を問う上で、「数式」の扱い方は大きな論点になるような気がしてきた(夢野久作『木魂』論で少し)。文/理のテクストで一番の外形的差異があるとしたらここだろう。
2019-11-07 09:53:16多くの文系はあれを活きた言葉だと感じず、しばしば数学物理嫌いになるが、理系の人たちはあれもれっきとした言葉だと感じるのでは。そしてこの乖離は、新感覚派の記号へのフェティッシュな感覚とも無縁ではないようにみえる。
2019-11-07 09:57:02ポストモダンに関しても、私なんかがなんだかなあと思うのは、難しいことよりも、数式の使用なんだな。別にそれ仲介しなくてもいえるんじゃないの?みたいな。でも、使いたいんだろうね、書き手としては。それが何故なのかという問題は、文学のなかの科学を問うことでもあろう。
2019-11-07 10:01:15私がなんだかなあと思うのは、数式は省略のために使うもんであって、でもお前らの本分厚いじゃん!という怨恨があるからである(ヤバイ)。
2019-11-07 10:03:30加藤夢三『合理的なものの詩学』読了。面白かった。ちょうど『〈現在〉という謎』に関連して物理学者による哲学者批判が今話題になっているが、文学研究者ならば両者をとりもつことができるのではないか…とか書いてて気づいたけど、やっぱ両者から憎まれて終わりそうだな(笑)。
2019-11-07 12:22:26ここで中河を驚愕させていたのは、そのような「超常識」への「飛躍」が、あらかじめ「数学」の秩序体系に包摂されていたということであった。by加藤夢三『合理的なものの詩学』
2019-11-07 13:28:23