ヨロシサン・エクスプレス #10
【ヨロシサン・エクスプレス】#10 pic.twitter.com/l16lpJ3LDh
2019-11-13 21:45:53オオオン……。超自然じみた唸り風に乗って、オリガミの火の粉、桜色の花弁は、鉄橋の上から湖へ、はらはらと散っていった。ニンジャスレイヤーは車両の後端に立ち、そのさまを見ていた。彼が顔を上げると、やや離れた鉄橋後方、後続車両の上にヤモトの影があった。 1
2019-11-13 21:49:23ニンジャスレイヤーとヤモトの目があった。彼女の身体の周囲を舞う桜色の霞が散ると、その身にまとうのはキモノめいた神秘的な装束であった。ヤモトはニンジャスレイヤーに頷き、片手をかざした。足元の茶器がコロコロと転がり、桜色の光とともに、車外に飛び出した。 2
2019-11-13 21:52:32ニッタ・カタツキは車両間を飛翔し、ヤモトの手の中に収まった。二人はどの程度、互いを凝視しただろう?その沈黙を破ったのは、ヨロシンカンセン車両が相互に動き出す、くぐもった音だった。『01001……ニンジャスレイヤー=サン1001……大丈夫か……010……?』タキの声が遠ざかろうとしていた。 3
2019-11-13 21:55:56ニンジャスレイヤーは己の掌を見た。赤黒い火の粉が湖上の風に舞う。北東のナラクの存在感が急速に遠ざかる。だが、タキとの通信を強いて維持する事はできそうだった。彼は呼吸を深め、ニューロンを研ぎ澄ませ、タキのIPを己に繋いだ。『01001……今どうなった?』「片付いた」 4
2019-11-13 21:59:52『この通信は維持できるのか?チカラが戻ったって事か?』「違う。だが少なくとも通信はできるようだ。コツは掴んだ。切れたら面倒だしな」『チッ……だからって、無駄に呼び出すんじゃねえぞ』「シンカンセンを繋ぎ直せ」『簡単に言うけどよォー!』 5
2019-11-13 22:04:13ガゴン……!ゴン……!ゴゴン、ゴン、ゴン、ゴン。湖の鉄橋上で、取り残されたヨロシンカンセン車両は低速走行を始めた。ヨロシサンの秘密バイオ特許技術の恩恵により、各車両は線路のトリイからの給電の助けを受けながらの限定的な自走が可能である。湖を渡り終えた先に、前方車両が停止していた。 6
2019-11-13 22:08:12「ウオオーン」雄叫びめいた機関音が響いた。前方車両とニンジャスレイヤーの乗る一両、それぞれの連結部から糸めいたワイヤーが飛び、結びついて、ドッキング作業が始まった。「うまくいっているか」『わからん。正直な話、コントロール権をさっき奪い返された。まあ走らせてェだろ、ヨロシサンも」 7
2019-11-13 22:11:11ドッキングを終えると、それらは「前半分」となって走り始めた。ニンジャスレイヤーは後続してくる「後ろ半分」を眺めた。コトブキが手を振っているのが見えた。『まだ油断すンなよ!ネザーキョウのイカレ野郎どもが諦めたとは思えねえ。いまどき馬で攻めてくる連中だ。西部劇じゃねえんだから』 8
2019-11-13 22:15:49……「オーイ!オーイ!」コトブキは前方はるか先のニンジャスレイヤーに手を振り、それから戯れにモールス信号を試みた。コトブキデス。その横には危機をなんとか切り抜けたザックが並び、どこからか調達した双眼鏡を覗き込んでいた。「これ、このまま合体すンだぜ!俺ヨロシンカンセンに詳しいぜ」 9
2019-11-13 22:19:56今や、客室の者らはみな通路に出てきて、各車両は騒然としていた。「なんとか逃げ切ったみたいだな!」「肝を冷やしました」「まったく、我々はカチグミだというのに!」「ほんとうです。SS車両とサービスの質をここまで露骨に変えられれば興ざめです」不満は高まるが、生き残った乗務員が少ない。 10
2019-11-13 22:24:10「オイ、君、ちょっと通し給え。前の方はどうなっているんだね?確かめたい」「あ、いや!待ってください」サガサマはもはや整理員めいて立ち塞がり、客たちが先の車両に行かないようにしていた。阿鼻叫喚の地獄図が待つからだ。そうなればパニックは避けられない。「どうしてだね!君も客だろ!」 11
2019-11-13 22:27:56「いえ、私はちょっと、臨時に雇われたようなものでして……」サガサマは断固として阻んだ。その横に戻ってきたヤモトが立った。「みんな、部屋に帰ったほうがいい」その不思議な迫力がもたらす名状しがたい強制力に、クレーム客はぼんやりとなり、頷いて回れ右した。 12
2019-11-13 22:30:46「貴方は……貴方は一体、何者なのですか」サガサマはあらためて、ヤモトを驚嘆の目で見つめた。ヤモトは首を振り、目を伏せた。「残念だ。……人が沢山死んだ。アタイのせいでもある」サガサマは唾を呑んだ。西海岸のあの宿以来、またしても、彼は御伽話じみた場に居合わせる事になったのか。 13
2019-11-13 22:35:37「皆のところに戻るといい」ヤモトが言った。「まだ少し、アタイはやる事がありそう」「そう……ですか。では、後ほど」サガサマは会釈し、踵を返し、前へ向かって歩く。SS客室や通路に散らばる死体のそれぞれの上には今、オリガミの蝶が舞い、弔いの墓標めいて、ぼんやりと光っている。 14
2019-11-13 22:40:09(私の考える事ではない)サガサマは超自然との接触事実を頭から締め出した。途中、客室のひとつ、サガサマに呼応するように一人がヌウと顔を出して、彼をゾッとさせた。「ケキキ……お前も無事か?」アクセルジャックであった。その肩越し、室内にはネザーキョウのゲニンの頭部が複数飾られている。15
2019-11-13 22:44:01「ア、アクセルジャック=サン」「俺は引き際を心得てるからエンジョイに徹してたぜ。ヤバイ奴は死んだな?ニオイでわかる。お前は学級委員タイプだから、カッコつけてくたばったと思ってたがよォ。悪運はありそうだな?」「き、恐縮です、どうか貴方も、このあと車内でのトラブルだけは……」 16
2019-11-13 22:47:18「……キキ……」アクセルジャックは目を細め、サガサマの目の前でバシンと扉を閉めた。サガサマはネクタイを締め直し、彼の事も今は考えぬようにした。先頭まで歩いてゆくと、先端部にはコトブキとザックが確かに居た。前方車両群とのドッキングが、今まさに行われようとしている。 17
2019-11-13 22:51:09「アニキィ!」ドッキングが完了するのを待たず、ザックは果敢にも隙間を飛び越えて、前に移った。「もう、イクサは済んだんだよな!?」「生きていたか」「才覚でうまくやったぜ。隠れたりな」ザックは得意げに鼻の下を擦った。「アニキの足手まといにはならねえ。じゃなきゃ旅の仲間は務まらねえ」18
2019-11-13 22:57:14マスラダは眉根を寄せた。ガゴーン。前方車両がワイヤー糸を手繰り寄せ、連結が成った。コトブキが駆け寄った。彼女はマスラダを察し、躊躇いがちに、ザックに屈み込んだ。「その……ザック=サンのことは、サガサマ=サンがニューヨークまで保護してくれると思います。わたし達はこの先危険で……」19
2019-11-13 23:01:21ザックはサガサマを振り返った。「ア、ハイ、勿論です」サガサマは人の良い笑顔で頷いた。「それくらいの事でしたら、私でも……」「ニューヨークは、やめた」「え?」ザックはうつむき、そしてマスラダを決意とともに見上げた。「俺、腹が据わった。俺の事も連れていってほしいんだ」 20
2019-11-13 23:04:35「ザック=サン、わたし達はネザーキョウに戻るんです」「じ、上等だよ」ザックは言った。「俺は川を渡ってさ……川の南のプリンスジョージとか、バンクーバーとか……その……だけど」彼の顔に苦悩の影がよぎった。「俺、どこでもやれる。どこでも同じだ」「世話はしない」マスラダは言った。 21
2019-11-13 23:10:05「自分の面倒は自分で見れるよ!ヤバくなったら一人で逃げる。マジに」「その話は、宿題にしましょう」コトブキが二人の間に割って入った。「わたし達の下車する地点は、まだずいぶん東です」「姉ちゃん!俺、本気なんだ」「わかっています。そのうえで熟慮を……」ブガー!ブガー!ブガー! 22
2019-11-13 23:14:09「何です!?」サガサマは窓から身を乗り出し、前方、それから後方を見た。ドッキングを追えたヨロシンカンセンは既に加速しつつある。レールの周囲にひろがるのは段差状の峡谷地帯だった。おそらく電子戦争時のハイテク兵器が作り出した爪痕的な地形である。その北に、今、砂塵が立っていた。 23
2019-11-13 23:16:49