宮崎事件以前に「オタク差別」はなかった?

……と価値中立的なタイトルを掲げましたが、そんなのあったに決まっているわけですな。 ただ、それがどれくらい普遍的であったか。 何よりも「オタクという概念が世間に知られる前にも、オタク内差別こそが大変に非道かった」という兵頭新児と、オタク同士は仲がよく、そんなものはなかったという加藤ASUKI師匠のバトルです。 見てみるとすごい混戦で、まとまりに欠けますが……。
社会 兵頭新児 アニメ 加藤azuki オタク マンガ
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まとめ 宮崎事件以前にも、「オタク差別」はむろん、言うまでもなく、あった。 通念として、「宮崎事件がきっかけで、オタク差別が始まった」といったものが、ほぼ今では、まかり通ってしまっています。 しかしこれは実は、「歴史修正」に近い。 かつて(そして今も)一番重篤な「オタク差別」は常に「オタク業界内」にこそ、あった。 オタク同士の近親憎悪による憎みあいにこそ、その本質があった。 ここではその証拠をご覧いただきましょう。 12125 pv 405

↑続編もどうぞ。
物証と言えるものが数多く出てきています。
(そして、否定派が論理的な言葉を語り得ないのもこちら同様です)

前哨戦

一番最初は加藤師匠近辺でなされていた「萌え絵のルーツは少女漫画では」といった話題に、兵頭が首を突っ込んだことだったんですね。
その辺は割愛するけど、この辺りは「オタク」の定義でちょっと話が割れている部分。

加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
まあ結局、「萌え絵」と揶揄されるものの技法の特徴を一言で総じるのはかなり難しいんじゃないかなと思う次第です。 同様に、「オタ」を一言でまとめるのもかなりむずい。 強いて言うならオタは「研究者」「求道者」。 @hyodoshinji @reisacker @idea51
はいん・まいやー @reisacker
@azukiglg @hyodoshinji @idea51 ヲタは時代とともに意味がかわっている側面もありますからねぇ。 僕らの世代にとっては、○○キチの代替語という側面もありましたし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
「○○マニア」「○○フリーク」「○○バカ」とほぼ同義語の時代も確かにありましたなあ。 QT @reisacker: @hyodoshinji @idea51 ヲタは時代とともに意味がかわっている側面もありますからねぇ。 僕らの世代にとっては、○○キチの代替語という側面もありましたし。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji
@azukiglg @reisacker @idea51 斎藤環の「虚構好き」はなかなかポイントを突いていると思います。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
オタクには「ダムオタ」とか「マンホールオタ」とか「エアコンの室外機オタ」とかがあって、「虚構」を含まないオタってかなりいるんですよ。 @hyodoshinji @reisacker @idea51
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji
@azukiglg @reisacker @idea51 いや、その辺りは炎上しそうですが、「昔からいた、マニア、趣味人」と「80年代辺りに生まれたオタク」とを区別するならそれらはちょっと違うかと。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
「80年代辺りに生まれたオタク」というと、僕なんかは正に当事者世代なわけですが、そこに区別ってあんまりなかったっすよ。 @hyodoshinji @reisacker
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji
@azukiglg @reisacker むしろオタクの中にはそうしたマニアが多い、ということじゃないでしょうか。 「オタクコンテンツ」といった時に想定されるものに、それが入るかとなると……あまり言いすぎると排他的なようで嫌なんですが。

オタクの定義自体、定説があるわけではないのだけれど、加藤師匠の定義はやや精神性が強く、(これはかなり悪意ある解釈だけど)「アタマいいのがオタクだ」と言っているようにも読め、彼の「求道者」と言った定義にぼくが「空想者」などといった言葉をぶつけているのはそれに対する軽い反発のため。
また、大袈裟な言葉になるけど「選民思想」に陥らぬためにも、「オタクとはオタクコンテンツの愛好者」と定義づけるのが、やはりまずはニュートラルであり、穏当ではないかというのがぼくの考えです。

開戦
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
てか、「オタク」に侮蔑的な意味が加えられたのは、恐らく宮崎勤事件当たりからで、これが復権してくるのは電車男当たりから。 途中に宅八郎とかいたせいで、「オタ=ドルオタキモオタ」という誤解というか、「作られたニュアンス」が書き足された面はあると思う。 @hyodoshinji @reisacker
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
80年代にうる星やつらとか放映してた頃は、「オタクと相互に呼び合う人種」はマニアと呼ばれてたし、オタクという言葉に特に侮蔑的な意味はなかった。 当時の侮蔑語は「根暗」なので(ry @hyodoshinji @reisacker
はいん・まいやー @reisacker
@azukiglg @hyodoshinji オタクの語源を中森明夫によるという説にたつのであれば、当初から侮蔑語であり、当事者が自嘲的に使いはじめたということになりますね。
はいん・まいやー @reisacker
@azukiglg @hyodoshinji また、M崎事件(89)で大きなバッシングをうけつつも、「七人のおたく」(92)では、主人公側が「おたく」であり、揶揄的ではあっても否定的ではない感じに。また、同作品では、アニオタ、ドルオタでない趣味に対してオタクという呼称を使っていますね。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji
@azukiglg @reisacker いえ、オタクが根暗だというのは当時、言われていたし、中森明夫もそういう文脈で言い出したことですやん。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
あれ、中森明夫がそう言ってるだけなんじゃねえのかという反論を今後もずっと持ち続けたい当事者(´・ω・`) @reisacker @hyodoshinji
はいん・まいやー @reisacker
@azukiglg @hyodoshinji 私はおたくという単語を、キチという言葉が消されたことによる、空白だったそのポジションにうまくはまって、広がったという説をとっているんですが、そうだとすると、ヲタって、一般人にとっては常軌を逸するほど趣味に没頭する人の事を呼ぶものだったのかなぁ、と。
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コメント

mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年11月28日
二人称としての「おたく」は、「おたくの旦那様は、今日はお休みですか?」とかいった風に昔から日本語で使われるもの。オタクについて語るなら中森明夫さんの「おたく族の研究」ぐらい読んでおけってなりますわな
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月28日
mikumiku_aloha 加藤師匠が「中森の影響は実は少なかったのだ、少なかったのだ」と繰り返している(そんなわきゃないと思うのだが)のが象徴的で、オタクの中の強者が(或いは上位であったサブカルが)弱者をいじめていたのだ、と認めたくないが故の強弁なのでしょうね。
denev @_denev_ 2019年11月28日
もともと迫害されていた、社会やクラスに溶け込めないはみ出し者が、漫画やアニメに現実逃避して、オタクと呼ばれるようになっただけですね。迫害が先、オタクは後。宮崎事件は、迫害に大義名分を与えたに過ぎません。
denev @_denev_ 2019年11月28日
社会に対して劣等感や鬱屈した思いを抱えていない、カジュアルオタクなんてものが出現したときには、本当に意味がわからなかったです。君らアニメに嵌る必要ないやん。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月28日
_denev_ そう思います。 宮崎事件を過度に持ち出すことで見えなくなることがあるんですよね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
これ、何度も書いてる話なんだけど、「自分の常識は、いつ(時代・年代)どこ(その時点での所在地)」を踏まえないと、ずーーーーーーーーーっとすれちがい続けるよ、と。中森明夫(サブカル界隈)は、【80年代の静岡・東海地方】では言うほど著名な存在ではなく、ブリッコも「誰もが知っている常識」ではなかったんですよ。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
なので、「静岡のオタク(と相互に呼び合ってた人々)は、中森明夫の存在もブリッコの発言も、存在そのものを知らない(その当時は)」って話。【ずっと後になってから出てきた文献が、当時も皆全てに知れ渡ってる】と考えるのは如何なものか、つってるんです。1995年以降(インターネット後)と1989年以前(情報共有手段としてネットが普及してない)では情報の伝わり方も違うんだし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
で、「中森明夫にどう言われてるかなんか全く知らない80年代当時の静岡のオタク(と相互に呼び合ってる人々)」は、「言われていたのであろう当事者」として、「そう言われていることすら知らなかった」んですよ。なので、僕の発言は「地域性と時代性を踏まえた個人の観測」の話。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
「中森明夫も知らないのか」は言われそうだけど、80年代の静岡ではサブカルのホニャララの話はそれほど主要な軸でも重要な共有すべき常識でもないんで、当時知られてなくてもそこは仕方ないんじゃないですかね。東京の驕りとか、サブカルの自意識過剰かな、っていう気もするんで。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
azukiglg いや、東海地方とか言われてもw 少なくとも、あなたの周囲で『ブリッコ』の件が広まっていなかったことと、しかし日本中に配本されていた同誌の記事が広く読まれていたこととは両立するんです。 例えばですが、『ブリッコ』が実のところものすごく部数が少なく、仮にですがオタクメディアの中でまったく力を持っていなかったといった仮定を導入するならともかく、当時はオタクメディア自体が希少で、同誌はその一つだったんです。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
というわけで、80年代の静岡では「オタク(と相互に呼び合う人々)」は自分達をオタク(種族名)と自称していなかったし、オタクという言葉を使っていた当事者として二人称以上の意味を反映させていないので、そこに侮蔑的な意味を見出したりしてなかったよ?というそんだけの話ですね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
おたくは全ておたくメディアを読んでいたわけじゃないんですよ。ブリッコを読んでいないとオタクじゃないとか、ブリッコを読まないオタクは俄とか、そういう風潮も特になかったし。置いてない本屋のほうが多かったわけですしね。なので、「ブリッコを読んでいた選ばれたオタク」にとっての常識と、そうでないオタクの常識が違っていても仕方がないことなのでは、っていう話ですね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
「中森が言い出したことについて、そんなんいわれる前から言葉はあったわ」という話は、僕よりもう一世代上のオタクの方々(地方出)からも話があったんで、結局のところ「俺が言い出した」「俺が権威」を最初に言った人は強いよね、っていうことかなあとは思っています。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
結論としては80年代の静岡は陸の孤島とでも呼ぶべき僻地だったわけでしょうか。
蒼沼シズマ @ichiroukure 2019年11月29日
宮崎事件以前は後に「おたく」と罵倒される漫画やアニメ好きの子供たちに対し、いじめる側のボキャブラリーは根暗(ネクラ)や漫画やアニメが好きな幼稚なガキだった筈。あとそもそもはみだし連中の現実逃避の先がアニメや漫画ってカテゴライズが乱暴過ぎる。そういう人がいたのも事実ではあっても、劣等感とか関係なくスポーツ鑑賞や読書と同じ感覚でアニメや漫画が好きな人がいなかったのように語るのはおかしいですよ。
HEXAGRAM⋈ @jewelsproject 2019年11月29日
「『宮崎事件以前に「オタク差別」はなかった』と『主観で主張する人』」と「『宮崎事件以前に「オタク差別」はあった』と『主観で主張する人』」とが言い争えば、こうもなるわな。 azukiセンセ、「客観的な実例」出さにゃイカンでしょ此処は。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
jewelsproject 少なくとも俺は「客観的な実例」を出していますね(よく読めば加藤師匠も出しているので、結論としてはあなたがよく読んでないってことなんだけど)。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2019年11月29日
「当時3万部の成人漫画誌を、未成年を含めた全てのオタクがバイブルのように必ず目を通していた!」って考えるのは、かなり無理あるとは思います。兵頭さんが当時ブリッコを崇めていたか、ブリッコを作ってる側だったか、ブリッコを知っている自分は選ばれたオタクと思っていたかは僕には分からないんですが。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
azukiglg そういうオーバーな言い方で相手を罵るのは、バカの証拠だと思うんだ、ボカァ。
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年11月29日
_denev_ それだと「鬱屈のない人間はアニメ観ちゃいかん」みたく聞こえますよ。そういう妙な『線民意識』みたいな語りするのが「侮蔑」的に視られる一因になってたんじゃないですかね。 それに現在のライトオタク層は『浸透と拡散』でそういうバックグラウンドを負わなくていいようになった世代でしょうし、自分から排除姿勢を見せるのは時代に取り残されていくだけでは
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年11月29日
azukiglg 加藤さんが書かれていたのは宮崎事件以降という論のようなので、もっと前からあったということで認識は合いましたか? 中森明夫がネーミングする前はネクラとかそんな感じで
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年11月29日
好きなことに熱中して他人のことは気にしないマニアではなく、ガンダムはSFじゃ無いとか好きなことやっている人達にうだうだ言うような「おたく族」。で岡田斗司夫さんが90年代にすり替える
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年11月29日
米国でもナードは馬鹿にされて来たし、蔑称でもある
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年11月29日
中森明夫さんも伝聞調で書かれているし、1983年より前からおたくが蔑称として使われていたような感触はあり。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
mikumiku_aloha これはそうだね。スクールカーストの最下層みたいな存在だったわけだよね。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
ただ、ナード自体は「スポーツクラブ至上主義」なアメリカにおける文科系クラブに参加する内向的キャラ、という方向性だからオタクとは部分内包でしかない概念だからこれも微妙にずれるところ。実際のところ、「いじめられたいじめられないの話」が個人的見解に分かれるのはナードの概念にも重なる「当人のキャラクター性」の部分も大きくてそれが見解に反映されて、宮崎以降は「オタクは差別していい存在」とマスコミが煽って現代に来てるんでしょ
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 まあ、ぼくの主張は「宮崎事件以前もオタクはいじめられていた」「その主なものはオタク内差別」であった、というものなので、ややずれますね。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
あと、「おたく」が蔑称だったとする見解は中森氏がコラムを持っていた「東京おとなクラブJr」の元となったサブカル系ミニコミ誌の「東京おとなクラブ」を主宰した現アスキーCOOの遠藤諭氏が否定的な見解を示していたわけどね。https://weekly.ascii.jp/elem/000/000/144/144332/ クラスターとしての社会一般に対してラベルとして「おたく」を張り付けたのが中森氏だった、というのが遠藤氏の見解ですな。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 いや、それを読む限り「二人称としてのオタクという言葉がよくつかわれていたよ」と言っているにすぎません。ここを曲解して「宮崎事件以前はオタク差別はなかった」と強弁しているのが加藤師匠なんですよ。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji 日本でもジョックに似た感じで運動系部活優勢文科系日陰者の時代が続いてたわけだから「いじめられていた」のであればまずここいらの「体育会系」ないし「不良」が真っ先に上がるはずなんで「宮崎事件以前のオタク同士の対立がオタクいじめの主因」というのはどうかと。なんせ70年代後半から80年代前半は校内暴力も社会問題化してた時期なんでこれを排除するのもこの手の歴史観論争では対立する要因になりますからねぇ
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
できればまとめでなされているぼくの主張も読んでいただきたいのですが、スクールカーストでなされるいじめも当然、あったと思います。 ただ、幾つかの実例を挙げているように、オタクメディア自体が非常にオタクに対して差別的であった。 オタクの中でも「強い者が弱い者をいじめる」ということが苛烈になされていたわけです。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji 「当時のサブカルの文化に通じていた人たちの中ではことさら差別的な意味がなかった」という見解を述べていたわけで、東京おとなクラブのVol.1が出たのが'82年、この年くらいは普通の代名詞でしかなかったワードで、中森氏が翌年そこから派生して挙句侮蔑的なラベリングをしてしまったのが結果的に現在の「オタクという蔑称」の始まりじゃないかと。マニア内クラスタの対立はそもそもコップの中の嵐で、全国的にはジョック系いじめがスタンダードだったんじゃないかと
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 そう、おっしゃる通りです。 つまり、「宮崎事件以前のオタク界には苛烈ないじめがあった」んですよね。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji でもそれって「一部のクラスタ間の対立」であってまだアングラに近い状態だった時代、個人間のネットワークだったもので「オタクの間には普遍的に差別志向、いじめを行う土壌があった」という理屈には結びつけるにはまだ弱いと思うんですが。「部活文化的対立」は概ね一致したんでしょうけど、「コップの中の嵐」の規模には相違がある感じですねぇ
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 え? ぼくは(当然、個人間にもありましたが、ここではまず)オタクメディアなどでそうしたことがされていた、と言っているのですが。
エリ・エリ・レマ・サンバディトゥナイ @mtoaki 2019年11月29日
あさりよしとおによれば最初から異常者に対する蔑称だったみたいだけど。 https://twitter.com/hologon15/status/1198870090650796032
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
mtoaki そう、「自分たちの中の、更に異常なヤツ(と、本人が認定した者)に対する蔑称」だったんですよ。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji (ここで言うオタクメディアがどこまでの範囲かが不安なのはさておき)ただ、その「オタクメディアで行われてたいじめ」というのがどういうものかが認識にずれがあるようなのでできればその具体例として検証可能な資料を提示していただければ幸いかと。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 まとめにもかなり挙がっているのですが、その辺はいかがでしょう。 またあなたのスタンスはどのようなものかについても。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji いわゆる「日陰者」とか「変人」扱いを差別とカテゴリーすればまぁ、「差別はあった」扱いにはなるんでしょうけど…なんつーか「自虐的に使った物は差別にカテゴライズされる」という構図とかがが入るとそれはそれでまた違うでしょうと言う感覚があるわけで。まとめ中にある「妹選手権!」だって結局は「自虐系パロディ」だから成立した作品でこれを一例に「オタクメディアが差別した」は流石に穿ち過ぎでしょう。
nekotama @nukotama001 2019年11月29日
なんだ、売れない怪談おじさんか。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
昨今のトレンドで言えば「小説家になろう」発の作品はそれまでのオタク系ミームをいじり倒す作品が数多く出版、映像化されてますけど、これらは「オタク作品を馬鹿にしている」という論調で解釈すべきなのでしょうか?私としては兵頭さんの意見も逆方向で過敏すぎるために論評として第三者が見るには過剰な意見になってるのではないでしょうか?
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 まさにおっしゃる考え方を、『30年目の宮崎勤』の作者は採用しているわけですね。 あんな、仲間に対する、苛烈な罵倒を。 それを全て「じぎゃく」としてしまえば、そりゃぼくの主張は瓦解しますよ。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
olfey0506 なろうはよく知らないのですが、『妹選手権』のような罵倒が繰り返されているのでしょうか?
nekotama @nukotama001 2019年11月29日
宮崎以前のオタク差別って、改めていわれるとよく分からんなあ。いい歳してアニメ見てたり怪獣物見てて馬鹿にされるのって、オタク差別に類するのかも分からない。そのくせ、今流行ってるからというだけの理由でアニヲタが魔法少女アニメを見てた時代だからなあ。日陰者ではあったが、日陰者がまだ逆にオタクであると定義されきらなかったのと、アニメブームで少しパワーがあったから。
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji あの当時のオタクが「万人の万人に対する闘争」を引き起こしていた、というのであればそれはそれで「当時の見方の一つの史観」と見れなくもないけど、ただ逆に当時は第二次アニメブームでもあり各種メディアにおいてもその風に乗って現在につながる雑誌であったりコミケ等の同人誌即売会の各地方への拡散、コスプレと言った新しいファンダムの発生もあるわけで「オタクはなかなか日の目を見ることはなかった」とは言っても「弾圧されてた」わけでもないからねぇ…
小川靖浩 @olfey0506 2019年11月29日
hyodoshinji それこそ千差万別で大概が「前世代までで構築された作品のお約束」を皮肉ったパターンがよく見られ、「伝説の勇者」は大概ろくでもない存在に扱われるわゲーム中の悪の貴族令嬢としてして転生するとゲーム描写外の行動でヒロイン然となって逆に主人公(女性)が五股六股当たり前描写になったりとか「お約束を知っている」前提でそのお約束のひっくり返す展開が大体のパターン化してね。…というかストレートな罵倒って逆に下品になりません?風刺ならまだしも
denev @_denev_ 2019年11月29日
ichiroukure スポーツ鑑賞や読書と同じ感覚でアニメや漫画が好きな人もいたかもしれませんが、それこそ変人の中の変人でしょう。普通の中学生ともなれば、周囲からの自分に対する評価というものを気にせざるを得ません。
いつき @ituki_s 2019年11月29日
80年代頃は「単にアニメがすきでアニメ雑誌を買ってるような人」のことはアニメファンとだけ呼ばれてた記憶があるんだけれど。設定についてああだこうだ言い出すとか物語の隙間をつつくような人はアニメマニア。そう言う人にオタクという二人称を使う人がいたからオタク族って呼び名になったんじゃなかったけ?まだまだアニメは子ども向きのもので中学生くらいになったら卒業の時代に中高生以上になってもアニメ見てる変な趣味とか今で言う陰キャ、当時の根暗が多かったというので日陰にいたのは確かかもしれないが。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月29日
nukotama001 本文を読めばわかりますが、オタクという言葉はあったんですよ。ただ、 ituki_s の指摘にあるように、今の基準で「オタク」と呼ばれるような人たちは「アニメファン」と自称していた。が、そのアニメファンの中で、自分たちが「ムカつく、悪い、キモい」と考える連中を見下し、排除するために使われたのが「オタク」という言葉だったのです。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
olfey0506 ぼくの反論に対する返しに全然なってないと思うんだけど。 「万人の万人に対する闘争」とか、意味わからないし。 ぼくの言い分を、ニュアンスを違えて解釈してるんじゃないかなあ。 hyodoshinji とかも読んでみて。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
olfey0506 ここも今一わからんのですが、80年代の「お約束に突っ込む」パターン(島本和彦的な)を指しているのであれば、いくら何でも苦しい詭弁です。 そのリクツがもし正しければ、オタク礼賛漫画が溢れていた時期があったからこそ、『妹選手権』が出て来たことになる。 あまりにも結論ありきの強引な論法だよ。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
宮崎事件前は、オタクの中での差別は、あったけど一般人からのオタク差別は、なかった(あってもごく一部) 事件後、オタクと言う言葉が広がり、一般人からの差別が酷くなっただけじゃない?
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年11月30日
ジョックス的な存在がカースト下位の者を迫害するというのは多分いつの時代もあったのでしょう。一方で、宮崎事件前に「おたく」という言葉/概念を使って差別していたのはおたくに近い立ち位置の者、あるいはおたく同士のマウンティングだったとは言えると思います。おたくという概念自体がマイナーだったので。
denev @_denev_ 2019年11月30日
kamenoko777 一般人からのオタク差別はありましたよ。スクールカースト下位のキモい連中が、差別されないわけがない。
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年11月30日
宮崎事件前におたくという概念を使った差別がどれほど一般的だったかはよくわかりませんが、地域や属するグループによって差があったと言われればそうなのかも。宮崎事件後の報道によって、おたくという概念が一般層まで広がったことに加えて、大手メディアの力で「おたく」の意味が(否定的な方向へ)収斂していったという効果もあったのではないかと。
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年11月30日
オタク擁護論には「オタ文化」擁護論と「オタ人種」擁護論とがあって、両者は重なり合わない部分がある。「オタ文化」の地位が向上してアニメだの二次創作だのBLだのからスティグマが消え去って一般人も普通に楽しむようになったとき、問題は解決したと考える層とまだ救われていない層とに対応する、たぶん。
いつき @ituki_s 2019年11月30日
hyodoshinji オタク族といわれるようになった最初期はよくわからないけど、オタクというかアニメ好きのコミュニティ内でその名称が広がった際にオタクたち自身が「自分たちはオタクである」という呼び名を自嘲的に選んだと思うんですよ。初期の腐女子がその名称を自虐的に使ってたのと同じで。同じアニメ好きの中で「見下していた」という文脈は少なくとも記憶にないんですが。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
SensouAmei これはなかなか出てこない論点だと思います。 「オタク内差別などなかった」といえば、このオタ文化だけを守ればよくなるので、都合のよくなる人たちがいるんだよね。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
ituki_s ぼくの感覚ではみながみな、コミケに集まり、『ファンロード』を買い、しかし「俺だけはオタクじゃない」といっていた印象です。 これはぼくの周囲もそうでしたが、それだけじゃなく、全体的な傾向であったと思います。 当時(80年代から90年代初期)はぼくも若く、即売会やアニメショップに足しげく通い、そうしたところで知りあった名前も知らない者同士でお茶を飲んだりということが多かったのですが、誰もが「俺だけはオタクではない、オタクといっしょにされたくない」と言っておりました。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
_denev_ アニメ見る見ない関係なく、何かしら問題がある奴は、差別されるのが現実。 それをアニメ見てるだけで、差別されるようになったのは、事件後じゃない?
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
kamenoko777 当時は「アニメを観てる」ことが異常なことだったのですよ。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
お二人が最後まですれ違ったのはそもそもとしてオタクという単語がそもそも定義されていないからだろう。それぞれが全く異なるオタク象を想定し、それを譲らなかったからこそ残念な終わり方になったと考える。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
そもそもオタクの定義には二つの流れがある。一つはコミケに象徴される漫画、アニメ文化に傾倒する人々を指し示す定義。人口に膾炙した分類方法だ。実際オタク、コミケ、そして漫画は誰もが暗黙のうちに不可分と考えている。だがこれでは一つ問題がある。古くからオタク文化に数えられた理系、鉄道、オーディオ等々はこの定義から外れてしまう。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
そこでもう一つの分類方法が現れる。誰もがオタクと聞いて想起する人物像を基にする定義だ。興味がある分野に関しては異常なまでの執着心を示すが、それ以外にはてんで頓着しない人間。社交性が著しく欠けており、いつも一人でにやにや笑っている生理的嫌悪感を催す人物。そんな無意識の想像と類似しているか否かで分類する方法だ。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
大元たる中森の定義は明らかにこちらを指し示している。「どこのクラスにもいる休み時間でも教室に閉じこもったウジウジした輩(大意)」という文章に代表される人々だ。便宜上、ここでは彼らの事を"狭義のオタク"と呼ぶ。"狭義のオタク"は根暗などと呼ばれ、スクールカーストの底辺を構成していた。社交性の劣る彼らはしばしばいじめの標的となり迫害された。この流れで考えればオタクと呼ばれる前から差別され続けてきた。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
"狭義のオタク"がなぜ一様にアニメ、漫画に傾倒するかは、単に一人でも楽しむことができるからだ。一人でも漫画は読める。だが、一人では野球はできない。結果として彼らはアニメ、漫画に代表されるオタク文化に集積されていった。"狭義のオタク"による自分たちは迫害され鬱屈した存在だというも悪しき選民思想もこの流れで説明できる。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
ituki_s ちょいズレるけど、腐女子って自虐的(女オタクの意味)で使われてたけど、乙女ゲーが流行って「私は腐女子(BL好き)と違う!」って見下してる。 男でもキモオタ、萌えブタとか、オタクの中でも見下す奴は、必ず出てくるのが現実。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
だが、アニメ、漫画に代表されるオタク文化を楽しんでいる人たちには当然ながら、楽しいからやっているだけで、社交能力等々に関しては問題ない人々が存在した。というか、そもそも大多数はそちらだ。こうしたオタク文化を楽しんでいるだけの多数派を、"広義のオタク"と呼ぶ。"広義のオタク"は学校等々の社交の場はそつなくこなし、友人にも恵まれていた。オタク文化でも健全なコミュニティを形成し、しばしば重要な役目を果たしていた。コミックマーケットはその象徴と言うべきだろう。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
彼らが"狭義のオタク"と同一視され、迫害されたのは宮崎事件に端を発するメディアスクラム抜きには語れない。犯罪者と同一視する謂れのない迫害は差別と呼ぶにふさわしい。だからこそ"広義のオタク"は自分たちの事を「オタクと呼ぶな、マニアと呼べ(ファンやフリークでも可)」と言い、分離を図った。石動氏の調査によるコミケ参加者による「こいつらは宮崎と同じような人間だ」という放言も"広義のオタク"による"狭義のオタク"の分離という流れで見れば説明できる。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
ここから現代までのオタクの歴史を語ろうと思えばいくらでも語れるがそれは関係ないので割愛する。今回の論争の問題は、オタクの定義が上記の通り未定義という点である。未定義の単語はしばしば発言者自身に都合がよくなるように随時定義が変化する。内容がコロコロ変わる発言がかみ合う筈はないのだ。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
明確な定義が存在しない単語として似ているものに"ハゲ"がある。医学的にはAGAなどの定義があるが、カジュアルにハゲと罵る人々がそれを理解しているとは思えない。さらに言えばハゲは数学的厳密な定義が不可能である(ハゲ頭のパラドックスを参照)。定義がされていない事象について語ることとはハゲについて語るのと同じくらい不毛な議論なのだ。
いつき @ituki_s 2019年11月30日
SelfObliterator 見下すというよりは元々腐女子に「BL好きな女オタク」という狭義の意味合いがあって、乙女ゲーユーザーや夢女子は腐ではないはずだったのだけど女オタク=腐女子とされるようになったために「わたしは女でオタクだがBL好きではない」と声を上げる必要があったというのがあるんだよ。むしろ夢女子に言わせたらBL好きに見下されたみたいな話もあるわけでね。
いつき @ituki_s 2019年11月30日
「一緒にすんな」を見下しというならそうかも知れんが正直これはお互いにやってたフシもあるのでなんともね・・・。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
hyodoshinji そうでもないでしょ。 タッチとか子供しか見てなかったと思う? 当時、あれで新体操が流行ったんだから、アニメ観てる=異常って事ない。
きゃっつ(Kats)⊿2/22乃木坂8thBDL @grayengineer 2019年11月30日
Back To The Future (1985) でも、主人公マーティの父親ジョージ・マクフライはSF小説を愛好する気弱で内気なキャラクターで、ムキムキマッチョなビフ・タネンにいつもからかわれたり、パシリにされたりしていたし、女子からも相手にされていなくて、学校内でも浮いた存在として描かれていたね。
きゃっつ(Kats)⊿2/22乃木坂8thBDL @grayengineer 2019年11月30日
基本的な方向性は意外と普遍性があるものなのかもな、と思える。ただその表れ方や表し方が微妙に違っていたり、それに与えられる名称とかイメージが、時代や地域によって少しずつ異なっている、というように見える。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
SelfObliterator おっしゃる広義のオタクは「オタクコンテンツを主眼とした分類」、狭義のオタクは「オタクの人物像を主眼とした分類」とまとめられましょう。 これ自体はぼくもまとめの冒頭でちょっと書き、また SensouAmei でもなされている考察に近いかと感じます。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
ただ、 SelfObliterator は疑問で、中森のしたことは前者の分類で表されるような、ような、コミケに集まるレイスに対し、後者の人物像のネガティビティを押しつけた、と形容するのが正しいと思います。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
その意味で「狭義のオタク」への迫害は、やはり宮崎事件に端を発しては、いなかったのです。中森にこそ発していた(いえ、さらに言えば当時のムードを彼が代弁しただけで、彼が発端でもありません)。 SelfObliterator ここでおっしゃるような心理のありようは、実のところ宮崎事件以前から、当然、あったわけです。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
kamenoko777 いや、それはおっしゃる通りですけど、それを言えば『サザエさん』は、ということになる。 いわゆる、一般向けのアニメと、オタク的アニメとがあるわけですよ。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
hyodoshinji さらにもう一つ言うと、加藤師匠は(言の端々から推察するしかないものの)オタクというものを、コンテンツではなく人物像で定義づけようとしているが、しかしポジティブなもの(求道者だのと)として位置づけているように思われます。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
hyodoshinji "狭義のオタク(人物としてのオタク)"が宮崎事件はおろか中森による命名の前から迫害されていたことに関しては同意見である。なぜなら"狭義のオタク(人物としてのオタク)"は社交性に欠け、カーストの最底辺でいじめの被害者になっていた存在だから、というのが私の理解だからだ。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
宮崎事件を契機に迫害された存在はなにかと言うと"広義のオタク(コンテンツとしてのオタク)"である。ただ、注意点がある。宮崎事件で迫害された側が"広義のオタク(コンテンツとしてのオタク)"であり、迫害する側はそもそもオタクではない外部の存在である点だ。宮崎事件はクラスのマンガ好きが異常性癖者と同一視されたことの切っ掛けである。そして宮崎事件はおろか中森によるオタクの発明前から、"狭義のオタク(人物としてのオタク)"はいじめられっ子であり、それはオタク文化が隆盛し市民権を得た今に至るまで変わらない。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
ただ、中森によるオタクという単語の誕生から、宮崎事件までに灰色の時代があったのは事実だろう。灰色であるがゆえに"広義のオタク(コンテンツとしてのオタク)"による"狭義のオタク(人物としてのオタク)"への差別があったのはおっしゃる通りかもしれない。
東亜人 @SelfObliterator 2019年11月30日
個人的にはそれは今も変わらないと考えている。ハルヒコピペに代表される、"広義のオタク(コンテンツとしてのオタク)"を示そうとして盛大にずっこける"狭義のオタク(人物としてのオタク)"は今でもよく聞く話だからだ。
denev @_denev_ 2019年11月30日
kamenoko777 いい年こいてアニメに嵌ってるなんて、じゅうぶん「何かしら問題がある奴」でしょう。
春山春斗 @halt_haru 2019年11月30日
「ウソップランド」のスケッチで、おたく女が持っていたのが、アムロが表紙のゼータガンダムのアニメージュというのは、妙に覚えている。世俗的な分類としての「おたく族」が広がり始めたのは、あのあたりの時期かな?僕の皮膚感覚(当時は東京に在住)としてもそんな感じ。
春山春斗 @halt_haru 2019年11月30日
「1982 おたくのビデオ」は、マクロス劇場版の時代で終わるのだけど、アニメファンの無邪気な祭りが終わったのは、この頃だと思う。差別的なあつかいが、徐々に強くなっていった感じ。アニメ誌の廃刊があいついだりと「業界冬の時代」へと向かっていく。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
hyodoshinji 当時、アニメに対する偏見が少なかったら、タッチが人気出たと思うんですよ。 事件後なら、偏見強くて一般人気出なくオタク向けアニメで終わったと思います。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
_denev_ 「いい年こいて」これが偏見。 小説も女、子供が読むもんだと言われてたんだから、時代とともに変化する。 アニメ観てるから問題じゃなく、問題ある奴が観てる比率が多い(最近は、問題ない人が多くなり比率が減ってる)
aqp1 @aqp114 2019年11月30日
オタクって今はただアニメやゲーム等が好きで詳しい人ってカジュアルな意味合いで使われるけど、 昔はもっと服装やしゃべり方などまで含めたタイプ分けの言葉だった。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
SelfObliterator これは重要ですね。 おっしゃる通り、オタクというものは当時からいじめの被害者でした。 また、確かにオタク側にもいじめられる理由はあった。しかし、だからと言っていじめが正当化されるわけではない。これはネットの炎上にも近しい光景です。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
昨日深夜(今日の早朝)、まとめを更新しました。そこでは加藤師匠があれだけオタク内差別はなかったと言っておきながら、ぼくに対し「これだからオタクはダメだ」と嘲笑する、という壮大な自爆の光景が収められております。 そう、こうしたことはまさに当時、普遍的であった。 が、恐らく加藤師匠のような連中は「叱ってやったのだ」と正当化をしており(まあ、どちらにしても理屈にあわないのですが)、意識化がされていないのではと思います。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
SelfObliterator 人物像としてのオタクは、かなりマシになったとはいえ、今でもそんないいものではないということですよね。 ここも大変重要で、「宮崎事件以前以前はオタク差別はなかった(キリッ」論者は、コンテンツとしてのオタクにのみ、目が行っているのだと思います。 そしてまさにそうした連中こそが中森→宮崎の過程でオタクをいじめる加害者に回っていたんですね。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
halt_haru ガイナとか島本和彦も、あまりオタクのネガティビティを持っていませんね。 よくわからんけど「おぼっちゃん」だからさ、じゃないのかなあ。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
kamenoko777 いや、全く違いますよ。今までに比べて遥かに偏見は強かったんです。そもそも kamenoko777 には「時代によって変わっていく」と言っているんだから、言ってることが矛盾していますよ。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
_denev_ そう、90年代まで、アニオタは「子供向けというテイで作られているアニメの中から、密かに発信されているオタク要素を見出して楽しむ」という実に難儀な存在でした。『セラムン』とかまさにそれでしたよね。
春山春斗 @halt_haru 2019年11月30日
hyodoshinji 第1世代はそんな感じと思いますよ。彼らは早いうちに作り手にまわって、ゼネプロは非常識な客にも悩まされていた感じでしょうし。本来なら宮崎事件で「おたく」を切り捨てることもできたのだろうけど、「ならば俺は、ムテキングならぬオタキングだw」とコンプティークあたりでネタ化をして、「ブラック・イズ・ビューティフル」をやりだしたのが「オタク」の始まり。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
halt_haru そうそう、岡田の同人誌で非常識なお客を嘲笑する文章がありました。彼のそうした振る舞いはやりすぎと感じることもありますが、その文章では「確かに、こりゃ困るなあ」というヤツを笑いのめすと同時に、「何か、懐かしい思い出(若かった頃の喧騒)」みたいに語っていてちょっとぐっときました。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
また、確かにおっしゃるようにオタクのネガティブイメージを何とかポジに転嫁しようとしたのが岡田斗司夫でした。 今、岡田の評判はすこぶる悪いですが、政治的に立ち回り、彼を悪役にして目下、オタクの代表のように振る舞っている連中こそ、実のところかつてはオタクを見下していた連中なんですね。
denev @_denev_ 2019年11月30日
kamenoko777 もちろん偏見ですよ。そして偏見は十分に迫害の原因となります。
かめのこ @kamenoko777 2019年11月30日
hyodoshinji 私は、大きく分け事件前、事件後、2000年頃以降としたら、事件前より後の方が偏見されていたと思うし、2000年以降は、偏見が減りつつあると思います。 なので“時代によって変わる“と言うのは、矛盾してないと思いますが?
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
kamenoko777 いや、そうなると偏見が出たり引っ込んだりしているやないですか。 純粋に、あなたが kamenoko777 と書いたように、時代と共に偏見が少なくなっていくのが普通かと。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年11月30日
敢えてわかりやすく言えば、あの時やり玉に挙がったのは特撮と「ロリコンものアニメ」でしょうね。
かめのこ @kamenoko777 2019年12月1日
hyodoshinji 出たり引っ込んだりって、その偏見が出たのが宮崎事件の報道ですよ。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月1日
kamenoko777 もちろん、その影響がゼロだ、とは言ってないですよ。ただ『タッチ』などが認知されつつあったのは時代の流れと共に、社会の認める言わばジェンダー観に則った作品であったから(仮にですが、当時に『君の名は』が公開されても認められていたでしょう)。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月1日
それとは別に特撮もの(≒男性性の、幼稚で攻撃的な発露)、ロリコンもの(≒やはり男性性の幼稚な発露であり、男性性の未成熟さ)というように、オタク文化は社会が認めたくない要素を持っているが故、排除されてきた。 だから宮崎事件がなくともオタクは差別されており、待たされ続け、今もかなりマシになっただけで、それが続いているわけです。
バジル @dNPQyjwy2HfUdMX 2019年12月1日
そもそも本当はオタクではなかった宮崎勤をオタクに仕立て上げてまでして叩いた事自体、それ以前からオタク差別があった証拠でしょう
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年12月1日
宮崎勤が逮捕されてその私生活が報道された後、メディアがおたく叩き的な報道に向かったという流れも考えてみるとよくわからんことが多いなあ。
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年12月1日
dNPQyjwy2HfUdMX 今まさにそのことを考えていました。
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年12月1日
例の「若奥様の生下着」だっけ? 宮崎の部屋であれを引っ張り出した記者はおたく的なロリコンの文脈はたぶん理解していない。報道側は「異常者の部屋」を撮りたかったのだろうけど、初めから一貫しておたく叩きの構図を持っていたのかどうか…ちゃんと調べたことないからわからんけど。
志水鳴蛙 @SensouAmei 2019年12月1日
おたく差別がなかったというなら、なぜ宮崎事件のときに一斉におたく叩きの流れになったのかそれなりの強度のある説明が求められる。それは確かにそうだと思います。
jpnemp @jpnemp 2019年12月1日
dNPQyjwy2HfUdMX SensouAmei あれでタガが外れたというか、いくらでも叩いていいという大義名分を得たというか、そんな感じですね。だって犯罪者予備軍なんだから、むしろ叩かないとダメ、叩くのが正義、と。
バジル @dNPQyjwy2HfUdMX 2019年12月1日
SensouAmei 手に障害持ってたとか一族が地元の名士だとかマスコミ的には触れにくい要素が多いなか、事件自体は大ごとな為に犯人を掘り下げた報道をせねばならず、叩きやすいネタとしてオタクが浮上したのかも
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
SensouAmei これは誰かが意図した流れというよりは、当時の一般大衆層のほとんどが「オタク」の存在もそうですが『小児性愛者』というモノの存在もまったく認識されてなかったことによると思います。つまり、この両者の存在が『宮崎勤事件』というスポットによって同時に知らしめられたことにより、大衆の意識に『オタク=ロリコン=性犯罪者』と強烈に刷り込みをされてしまった。
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
まぁ宮崎勤は「本来の意味」での『オタク』でも『小児性愛者』でもなかったわけですが、その世間の反響が大きかったことに加え「実像が見えづらい奇矯な小集団」であることを生かし、マスコミは「童話のオオカミ役、つまり『パブリックエネミー』の虚像を被せるのに非常に都合のいい存在」として凶悪犯罪が起きるごとに「オタク的な部分」を粗探しするようになった という流れかと
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
オウム事件が起きて、新興宗教や小規模カルトにスポットが当たるようになって、そこからようやくマスコミから『パブリックエネミー』の幻燈を直接当てられ続ける役から解放された第一歩になるのかな
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
jpnemp 宮崎事件以前の印象では、性犯罪事件は大久保清事件などのように被害者が死亡させられている場合を除きそれほど大きく報道されてなかったように思うのですが、これは「社会のパニックを誘発する」ことの危惧や「被害者の尊厳を考慮」してのことだった筈ですが、責任をひっ被せられるスケープゴートを見つけたことでマスコミの倫理のタガが外れる第一歩になった気がします。
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
ていうか1989年って宮崎事件の他に『女子高生コンクリート詰め殺人事件』も起きていて、性犯罪絡みの凶悪事件の印象がでかくなり過ぎですね…
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月1日
宮崎勉は『レモンピープル』を読んでいたわけで、「オタクじゃない」というのはやはり違うんじゃないかなあ。 「オタク」の定義には定説はなく、互いに俺定義をぶつけあうしかないのだけど、ぼくはやはり「オタクとはオタクコンテンツの愛好者」とするのが、ニュートラルであり、穏当だと思います。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月1日
加藤師匠は冒頭を見る限り、オタクを「何やら誇らしいもの」としていたようで(これ自体はある世代にはよくいた)、それも一つの定義だからけしからぬとも言えないのですが、ぼくに言い返せなくなると、そこまで誉めていた「オタク」という言葉を振りかざし、こちらを嘲笑してくるというどうしようもない振る舞いに出ました。 過度に誇るのも、貶めるのも、やはりよくないんじゃないかと。
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
hyodoshinji 当時主に虐げられた「二次元オタ」に宮崎勤は嵌らないよな、という意味ですけどね。オタクという言葉が広義では広過ぎるので、ビデオや写真オタクとしてなら「オタク」に当たるでしょうが。同時にテニスしてるお姉ちゃんのパンチラ撮ることも好きだったり「幼女中心で欲情」するタイプではなく「普通の同年代女性とコミュニケーションできない男が代償行為として子供を狙う」犯罪者は『小児性愛』ではないだろうと
星川月海@2/9 コミティア131 A26a @hosikawatukimi 2019年12月1日
「オタク」であることに『選民意識』のようなものを持つのは違う というのは前のコメントでしたように私も同意ですが
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年12月1日
hyodoshinji 「明るいイデオン」とかやってネクラの延長としておたくが扱われていることを知っていた岡田斗司夫さんが無理やり「オタクは知的エリート」と宣伝したので、それを真に受けている層がいるみたいです
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
hosikawatukimi いや、事実『レモンピープル』を読んでたんですって。ラセーヌの星のポスターも貼ってましたし。オタク的嗜好を持つ者の中にも、悪いことをする者はいる、ということだと思います。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
mikumiku_aloha 岡田氏がやっていた頃は、やはり多少、世間にアピールする必要があったわけですが、今だ引きずっているのは痛いですねw ただ、恐らくですけど加藤師匠は岡田氏に近いくらいの世代で、素でオタク性を誇っていた世代だと思います。 『究極超人あ~る』もそんな感じがするんですが、わりとオタクである屈託がないと世代もいたみたいなんです。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
もっとも、では何故加藤師匠はぼくに対して「オタクはダメだ」などと言い放ったかという疑問が生じます。 そもそも加藤師匠は当時のオタクについて「オタクと名乗っていた」「名乗っていなかった」とレス毎にいうことの異なる支離滅裂な方なので、真面目に考えるだけ無駄かもしれません。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
しかしよく考えれば、オタクというのは宮崎事件以前は非常に刺激の強い言葉で、確かに使われる機会自体が少ない言葉ではありました(それこそ「池沼」とかといっしょで、『ファンロード』などでは使われなかった言葉だと思います)。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
結局、師匠(のみならず、多くの人間)の中で、「あの頃、俺は今でいうオタクだったが、いじめられてなかった」という記憶が残り、「しかし、仲間内の嫌なヤツ、弱いヤツをオタクと罵っていじめていた」という記憶が都合のいいように消されてしまい、「オタク差別はなかった」という結論になってしまっているのかと思います。
遊烏氣(乳を盛る者) @yuki_yugi_paru 2019年12月2日
「元々差別意識があったところで事件により大義名分を得た説」が濃厚だよね そうでなければ「教師は子供に手を出したい奴がなる職業」とか「スポーツやるやつは薬物に手を出すような人間」みたいな話が定着してるでしょ
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
yuki_yugi_paru そう、「あの、何かキモいヤツら」に名前が与えられた瞬間だったわけですよね。 その意味で、誰も読んでいなかったはずの『ブリッコ』で中森が唱えた言葉が、ずっと地下では使われ続けていたわけです。
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年12月2日
hyodoshinji ナードがカースト下位なので「素でオタク性を誇っていた世代」というのは無いと思います。漫画の中の先輩とかは「あって欲しい姿」であって
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年12月2日
日本語字幕付きで良いのが見つからなかったけど、米国のコントでのトレッキーはこんな風にいじられている https://www.youtube.com/watch?v=Rqb4V9GxaBo こんな感じの人達が「オタク」と呼ばれ見下されている風潮は変わらず、その中で「知的エリート」を自称している人達もいるという構造じゃないかと
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年12月2日
非日本語圏でわざわざ日本語勉強してまで日本の漫画やアニメを楽しんでいる人達は「知的エリート」の一部なので、彼らと仲間意識を持つと話がややこしくなり。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月2日
mikumiku_aloha 何だかスタンスが逆になって来たみたいですねw ただ、上にも書いたように hyodoshinji 彼らはおぼっちゃんで、『アオイホノオ』に出てくるような学校に通っていたのだ、と考えれば辻褄はあいます。 (もっとも、あれだけオタクである自分を誇っていたと自称していた加藤師匠が相手をオタクだと罵ったように、「実は、引け目を感じていた」という層も、もちろんいたことでしょう)
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月16日
宮崎事件以前にも、「オタク差別」はむろん、言うまでもなく、あった。 - Togetter https://togetter.com/li/1443338 をトゥギャりました。 もう、事実がどうだったかは明らかですね。 怪談出版の人はスルーを決め込むだけでしょうが。
服部仁太郎 @jintarow 2019年12月17日
機動警察パトレイバー初期OVA第1話(1988年)で、初対面である遊馬との距離を測るように野明がいくつかの二人称を試す。「おたく」を使ったその時遊馬は 「おたくなんて言葉は使うな!」 と噛み付く。そんな空気だったな。 また当時のおたくからすれば中森氏は部外の分析者で、初出はマクロスの印象。
海法 紀光 @nk12 2019年12月18日
80年代は、今よりも、もっと社会の規律が強くて、規律から外れた人間は、社会全体から見下されていました。そういう社会では、特撮、ロリに代表されるオタク的なコンテンツを見ている人間は、多くの場合、白眼視されます。これは宮崎事件以前からです。 迫害される側は、生き延びるために、結束し、先鋭化し、理論武装します。アニメ/特撮etcとは、このように素晴らしい趣味であり、それを理解する我々は、このように優れている、と、内外に向けて主張するわけです。
海法 紀光 @nk12 2019年12月18日
これが、求道者系のオタク(当時の用語ではマニア)です。 社会に対抗するために求道者系となった人間からすると、意識の低いファン、つまり単に趣味が好きだったり、元々クラスのいじめられっ子だったりする層は、邪魔になります。 「おまえらみたいなのがいるから、俺たちが誤解されるんだ」というわけです。こうして、同じ趣味人同士での、マウント、見下し、いじめが起きます。 オタクという言葉は、世間からの蔑視であると同時に、マニアの中での「意識が低い」(とされる)者への、蔑視でもあったというわけです。
海法 紀光 @nk12 2019年12月18日
それから30年が過ぎて、社会が寛容になって、趣味を趣味として好きなことが、あまり白眼視されなくなったのは、素晴らしいことだと思います。趣味を深く、求道的に追求するのも楽しいですし、素晴らしいことですが、気楽にやることを否定する必要もない。 それ故に、今の感覚で、当時を想像すると見誤ることも多いと思います。自分の主観ではありますが、そのへんを補足。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月18日
nk12 コメントありがとうございます。ぼくも今のライト系オタどもにモノ申したい気持ちに駆られることは多々ありますが、おっしゃる意味で「求道者」は素晴らしいことではあるけれども、振りかざすようになっちゃなあ、ということですね。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月18日
確かにオタクの中に困った者、常識外れの者は多くいました。でもだから、差別用語を捏造して罵り、いじめていいことにはならない。このリクツがわからない人は、「オタクは仲良くやっていた、そして当時、オタクと呼ばれていた者たちは今のオタクとは関係のない、人ですらない何かなので排除されて当然だったのだ」と考えているのでしょうね。
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月18日
nk12 その意味で、(またdisることになりますが)加藤師匠が自分がオタクを自称していたかをツイ毎に代えているのは示唆的です。今とはあまりに状況が違い、記憶があいまいなのも無理はないとは思います。「今の感覚で、当時を想像すると見誤る」というのは本当ですね。
とげこめ @togecommenter 2019年12月19日
nk12 の前半部分で語られて、そして宮崎事件以降より酷くなった差別と、 nk12 で語られるいじめは同質のものだと言えるだろうか? 異質なものを下に見て差別することと、ヒエラルキーの中で下に見る(「求道者ではない」という)ものを差別することは、同質だろうか?
兵頭新児@『女災』10th years! @hyodoshinji 2019年12月28日
togecommenter 世間がオタクを差別する理由と、オタクがオタクを差別する理由。そんなのいっしょに決まってんじゃん。バカじゃねーの。
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