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前回の話
以下本編
◆◆◆◆ この物語はエルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系のウハウハドスケベご都合ファンタジー。 今は六代目ダウバの話。いつでも腹ペコの巨漢で、腕利きの料り手、つまり料理人でもある。 夢は一族に伝わるエルフの女奴隷を世界一の料理にしてひとりで食べること。
2019-12-05 20:44:59故にエルフの女奴隷を料理するにふさわしい技前を得るべく、世界を股にかけた武者修行の日々を送る。 電車も飛行機もない時代、世界旅行は大変では?とお思いか。 大丈夫。何せご都合ファンタジー。ダウバの故郷たる影の国には竜が曳く船、竜曳船があり、乗ればたちどころに千里を航(わた)る。
2019-12-05 20:50:43さて竜曳船に乗るダウバは、東の果てから西の果てまで巡り、土地土地の達人から料理を学びつつ、風味や滋養に優れた食材集めにも奔走した末、ひとまず区切りをつけ、生まれ育った影の国、エルフの女奴隷が待つ古里(ふるさと)へ戻る途上だったが、そこでちょっとした問題が起きた。
2019-12-05 20:55:13船の動力である竜と大喧嘩をしたのである。 喧嘩の原因というのがエルフの女奴隷だ。 旅の道連れでもあった長虫は、名を竜帝敖閃と言い、古き種族の長上であり、たいへんな美食家でもあった。ダウバに協力するのも珍味佳肴を口にできると思えばこそ。
2019-12-05 20:58:10ダウバも以前は作った品々を惜しみなく敖閃に味見させていたが、最近になって何を心変わりしたのか、エルフの女奴隷を料理した暁には独り占めすると言い出した。 これに竜の帝は怒るまいことか。 一人(ひとり)と一柱(ひとはしら)は空の上で死闘を繰り広げた。
2019-12-05 21:01:16竜の帝はなるほど無双の強さを誇るが、ダウバとて幼少の頃、帝の兄弟であった四柱の竜王が残した宝珠を残らず呑み込み、おかげでいざとなれば恐るべき竜人と変じる術を心得ている。 両雄は風と雷と火と冷気とを操り、嵐と竜巻を武器としてぶつかり合った。
2019-12-05 21:04:06戦いのあおりを食って、竜曳船は大きく針路を逸れ、影の国ではなく、はるか南の地、沙漠のかなたに沃土を抱える古き邦へと降(くだ)っていった。 葦の大河の国。
2019-12-05 21:05:28妖精より古い魔法を持つとも言い、悠久の過去には天下に号令する王朝をあまた生み出した。今は昔日の栄光薄れ、精霊の半島を挟んだ東にある安息の国の風下に立つが、しかし未だ人々の気位は高く、営々と刻まれた歴史の奥懐に隠された数多の神秘や不思議も失われていない。
2019-12-05 21:10:11わけても砂漠と川溿の沃土を隔てるように細く伸びる「死者の都」には、ふるぶるしくまた畏(おそ)るべき力が朽ちることなく蟠り、在地のものさえ、さる口憚られる冒涜の業を生計(たつき)とする氏族を除いてめったに近づかぬとか。
2019-12-05 21:18:29かかる不気味な伝承まつわりつく街の側に、ダウバは墜落した。 黒の料り手とも異名をとる、暗い膚に尖り耳の青年は、沙漠の丘の一つに砂埃の柱を立ち昇らせて勢いよくめり込み、擂鉢の如き大穴をこしらえた。
2019-12-05 21:25:45ややあって濛々たる塵煙が晴れると、とても雲海を往く船から投げ出されたとは思えぬ五体満足の姿が現れたが、しかしさすがに大の字になったまま微動だにしない。 普段は精気に満ち満ち、いくら働いても疲れなど知らぬげに厨房、市場、菜園、牧場を駆け回り、あまたの美食を作り上げる料り手も、
2019-12-05 21:31:15さすがに竜の帝と相打つのは堪えたらしい。 うわべも変わり果てている。 本来は小山のような巨躯で、樽のような胴に丸太のごとき四肢を持つ怪物じみたが外見だが、竜人に変じ魔法を使うと短い間に精魂を耗(すりへら)し、痩せ細って性の境も定かならぬ絶世の美丈夫となるのだ。
2019-12-05 21:33:01今のダウバはまるで妖精の公達(きんだち)、いやさらに浮世離れした精霊の王子のようだった。宵闇の如き肌を持ちながら輝く朝日さえ霞むほどの麗しさをまとい、しかしもはや指一本動かせもしない。 だが死者の都を臨む砂海の辺(ほとり)に、いったい誰が助けの手など伸ばそうか。
2019-12-05 21:38:15東は石の墳墓が連なり、西は渇いた黄白の大洋が広がるばかり。 人はおろか獣の気配とてない。 地に金狼もさまよわず、空に禿鷲も舞わぬ不毛の地には、ただ焦熱とともに寂寞が横たわる。 しかし意識を失った青年の周りで、やがて何かが動く。 砂だ。 砂が徐々に渦を巻き、しなやかな長躯を引き込む。
2019-12-05 21:44:03さて我等が主人公の運命を見極めたところで、別の方向へ目を転じよう。 世の中、エルフの女奴隷を受け継ぐ家系ばかりこだわっていてもしょうがない。もっと楽しいこと、素晴らしいことが沢山ある。 例えばそう。少年。 少年はよい。黒髪に長い睫、浅黒く滑らかな肌。
2019-12-05 21:48:39栄養が足りていないのか、ちょいと発育不良で肋(あばら)が透けているが、今のような飽食の時代ではないのであきらめるしかない。 それに腹を減らしてはいても、決して身動きもとれないほど飢えている訳ではない。すばしっこく動き回り、糧を貪欲に嗅ぎ回り、また危うきを機敏に避ける。
2019-12-05 21:52:05名前はトゥトゥ。何を好き好んでか、死者の都の側に住まいを構えるとある一族の生まれだがすでに親はない。父は代々の稼業の途中で、落とし穴にはまって蠍(さそり)の餌食になった。すると母はさっさと家を捨て、別の男と出て行った。上の兄弟姉妹もそれぞれどこかへ去り、取り残されたのは末弟だけ。
2019-12-05 21:54:34しかし、涙にくれてほかの大人の情けにすがるという訳にはいかない。 残念ながら、トゥトゥが育ったのは、哀れな境遇というだけで周りが養ってくれるような邑(むら)ではないのだ。
2019-12-05 21:56:33