JCウイルス亜型の地理的分布：古代および近世の人類移動を辿る出発点！

ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

ヒトポリオーマウイルスの一つであるJCウイルス（JCV）は、ヒトの腎に寄生し、殖えた仔ウイルスは尿中に排泄される。JCV DNAは健常人の尿から容易に得ることができるので、分子疫学的な研究の格好の材料となる。加えて、➀JCVは日常的に接する大人（通常は両親）から子へ伝播する、事実上の垂直感染

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により伝播すること、②JCVの進化速度が適度に早いこと（JCVの塩基置換速度はヒトの染色体の約100倍であり、全長約5100塩基対のJCV DNAに進化の足跡を残すのに十分早い）、③異なる株間での組み換えが起きないこと、④ヒト集団の移動に伴って寄生しているJCVも移動することなどが、JCVのヒト集団の

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指標としての有用性を高めている。私は前回のまとめ（「祖先ヒト集団の…」）で、世界のJCV株は制限酵素を用いた大分類で、三つの型―A型、B型、C型―に分類されることを示し、これらの型の地理的分布を基にした人類の出アフリカのシナリオを描いた（図１）。今回は、出アフリカ以降の人類の移動と拡散を pic.twitter.com/xBBw2tVYF3

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辿る出発点となるJCV亜型の地理的な分布パターンを紹介する。なお、分類学的には“亜型”は“型”の下位の分類名であるが、“ゲノム型”とか“系統”と呼ぶ場合もある。＜尿の収集＞前回と比べ尿採取地を大幅に追加した（表１、追加された尿採取地に黄色で強調）。尿収集は今回も北村唯一助教授(当時) に依る pic.twitter.com/82SxoNDcEe

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ところが大であったが、アフリカやヨーロッパで尿収集が困難な地域は私が現地の協力者に収集を依頼した（「余談」を参照）。中国の多くの地域には中国の留学生、郭鏡さんが中国各地に赴き、尿を収集した。＜余談＞私はどのようにして現地の協力者を捜したかを説明する。微生物学の論文を専門誌に発表し

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ている現地の研究者を探し出し、論文に記載された当該研究者のファックス番号に尿収集を依頼する手紙を送った。この手紙には、研究の意義の他、尿収集、運搬等の諸経費は私が負担することを記載し、得られる研究成果を著明なジャーナルであるPNAS誌に投稿する予定であるが、尿収集の協力者にも論文の

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共著者になってもらうことを付記した。JCVに関する私たちの論文のリストも添えたが、その中に数年前にPNAS誌に掲載された論文（Iida et al. 1993）も含まれていた。以上のような内容のファックスを送ると、約50％という高率でポジティブな返事が返ってきた。因みに、このやり方で尿収集ができた地域は

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次の通りである：中央アフリカ、モーリタニア、スーダン（以上アフリカ）、トルコ（西アジア）、チェコ、ハンガリー、ロシア（以上ヨーロッパ）。＜解析方法＞尿から抽出した粗JCV DNAを用いて、他の領域と比べ塩基置換が多いVT遺伝子間領域（IG領域と略す。長さは610塩基対）をPCR法で増幅した。

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増幅されたIG領域の塩基配列を自動シークエンサーで決定した。決定された塩基配列を用いて近隣結合法により分子系統樹を作成した。以上の操作は主に博士課程の大学院生、杉本智恵（敬称略）が担当した。（彼女は、私が助教授に昇進した翌年に大学院医学系研究科に入学し、我が研究グループに参加した。

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強力な仲間を得たことにより、私が予測したよりも数年早く、本プロジェクトのデータが出そろった。）＜解析結果＞世界各地で採取された尿から500個に近いIG領域の塩基配列が得られた。これらの塩基配列から作成された分子系統樹（提示せず）に基づき、旧世界（アジア、アフリカ、ヨーロッパ）のJCV株は

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12の亜型に分類された（先に添付した表１を参照）。旧世界におけるこれらの亜型の分布域を図２に示した。旧世界におけるJCV亜型分布パターンを要約する（表２を参照）。➀各亜型は独特な分布域をもっている。すなわち、ヨーロッパと地中海沿岸地域には主としてEUが分布する。アフリカ全域とアジアの pic.twitter.com/OALUkl4spy

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一部（西アジア、インド北部）にはAf2が分布し、Af1とAf3がアフリカの一部（Af1、中央アフリカと西アフリカ；Af3、中央アフリカ）に分布する。東アジアではB1-a、B1-b、B2、CY、MY、SCなどの亜型が部分的に重なり合いながら分布する。②異なるヒト集団が互いに混合したと考えられる地域では、複数の

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亜型が分布する。例えば北アフリカではヨーロッパ系の亜型（EU）とアフリカ系の亜型（Af2）が分布し、サウジアラビア、トルコなどの西アジアではヨーロッパ系のEUとアフリカ系のAf2、中央アジア系のB1-bが分布する。西インド洋のモーリシャスにはアフリカ系のAf2とアジア系のB1-b、B2、SCが分布する。

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③同じ亜型が遠く離れた地域で見つかることがある。例えばEUはヨーロッパと地中海沿岸地域に分布するが，韓国にも僅かだが分布する。また、SCは主に中国南部と東南アジアに分布するほか、モーリシャスやザンビアなど、東南アフリカやその近辺にも僅かに分布する。➀と②で述べたJCV亜型の分布の特徴は

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JCV亜型とヒト集団との間に密接な関係があることを示しており、③は太古または近世において、ヒト集団の新規な移動が存在したことを示していると思われた。＜投稿＞以上の内容を論文にまとめて、以前もお世話になったアメリカ科学アカデミー正会員の大野晋先生にPNAS誌への投稿をお願いした。ところが

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「大変な力作だが、何を主張したいのか？」という、厳しいコメントが返ってきた。このコメントは「JCV亜型の世界的な分布が何の役にたつのか」という指摘だと思われた。私は一晩考えて、今回の論文では「明らかになったJCV亜型の分布が、成り立ちがよくわかっていない民族やヒト集団のルーツを解明する

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際の出発点になる」ことを、具体的な例を挙げて記述すべきである、という結論にたどり着いた。この考えを基に論文を書き直し、タイトルもその趣旨に沿って改定した：“Typing of urinary JC virus DNA offers a novel means of tracing human migrations”。大野先生は改訂原稿を大変気に入り、生物学の

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視点から一部手を加えた上で、受理していただいた。論文は1997年8月号のPNAS誌に掲載された。＜新たな研究課題＞図３が提起する研究課題のうち、日本に関係があるものをいくつか挙げる。➀図３によると、日本列島にCYとMYという二つの亜型が分布する。これらの亜型は近隣の東北アジアにも分布する。

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すなわちCYは中国北部、韓国、モンゴルに、MYは韓国に分布する。日本の人類学界では、現代日本人は先住の縄文人と後やってきた渡来人とから構成されたという説が有力である。日本列島におけるCYとMYの分布を詳しく調査すれば、人類学界の定説を確かめることができる。また、日本列島のCY（またはMY）と

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東北アジアや韓国のCY（またはMY）との比較を高精度の分子系統学的な手法を用いて行えば、日本列島のCYやMYを運んだ人々についての情報が得られるだろう。②Agostiniらは1997年12月号のPNAS誌に論文を投稿し、MY亜型のJCVをUSAに居住するアメリカ先住民（Navajo族とFlathead族）から検出したと発表した

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（Agostini et al., 1997)。奇しくも、彼らの論文は、今回紹介している私たちの論文と同じ年にPNAS誌に掲載された。彼らの論文のタイトルは“Asian genotypes of JC virus in Native Americans and in a Pacific Island population: Markers of viral evolution and human migration”となっていた。

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彼らの論文の後半部分が私たちの論文タイトルと似ているのが興味深かった。閑話休題。図３によると、スウェーデンでの一株のMYを除けば、MYは日本と韓国にのみ分布している。Agostiniらの発見は、MYを持つ日本人・韓国人などの東北アジア人がアメリカ先住民と部分的に近縁であることを示唆している。

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今後、カナダ、メキシコ、グアテマラ、ペルーなどに居住する他のアメリカ先住民がMYを持っているかどうかを調べ、もし持っているなら、居住域の異なるアメリカ先住民の間での、MYの比較を行えば、アメリカ先住民の起源に関する更なる情報が得られるはずである。③韓国での主要な亜型はCYとMYであるが、

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一株だけがヨーロッパ系のEUであった（図３）。この“場違いな”亜型が検出されたことを論文（Guo et al., 1996）でどう説明するか苦労したのを覚えている。結局、尿提供者が兵役中であり、1、2年合衆国で軍事訓練を受けたことがあったので、その時アメリカ人から伝播したかもしれないとお茶を濁した。

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＜後日譚＞1998年、北村らは東北地方の日本海側でEU亜型を比較的高率に検出した（Kitamura et al., 1998）。その4年後に杉本らは、全長配列を用いた高精度の系統解析で、東北地方の日本海側のEU株はEU-a亜型内の独立したグループ（EU-a/Jpn）を形成しており、ヨーロッパ・地中海地方のEU-a亜型とは