決断主義と宇野常寛を1年前のタイムラインから勉強してみた。

2010年の話をTwilogから再構成しています。
30
遺体 @Minority20

批評に関しては私はそもそもセカイ系とかサヴァイブ系とか決断主義とかそういう流行りの語彙をろくに理解してないからな…基本的に参入する資格を欠いてる感がある。

2010-05-20 05:17:34
kei_ex @kei_ex

@Minority20 いや、まあアニメ批評論壇とかで活躍するなら必要かもしれませんが、そもそも一般的な概念でもないですし、知らなくて問題ないと思います…。

2010-05-20 05:19:53
遺体 @Minority20

@kei_ex その意味では決断主義とか、デスノートとかギアス辺りが凄く気になっているんですけどね。(政治的なものや倫理的なものと結びつけられないか)でも流行ってる語り方はよく分かりません。誰か私好みの仕方で用語等を整理して教えてくださいw

2010-05-20 05:22:44
kei_ex @kei_ex

@Minority20 むむむ……今一番ふれてはいけない人に直球でふれますね……。宇野さん本人もシュミットとの関係もあまり触れないですし、どうなのでしょう…。東さんも宇野さんも政治哲学の公的/私的領域の話関してはローティの議論が前提になっている印象ではありますが…。

2010-05-20 05:31:42
遺体 @Minority20

@kei_ex いい機会なのでついでに無知を減らしておきたいのですが、改めてサブカル批評で流行っている「決断主義」とはどのようなものを言うのでしょうか。あと「サヴァイブ系」とか。デスノートとかギアスは前者なのですね?あ、これは樋口さんが答えてくださっても良いですw

2010-05-20 05:41:44
kei_ex @kei_ex

@Minority20 あっ、はい。宇野さんは宮台さんの影響を色濃く受けてはいますが…。ご本人の文章です。 http://www.geocities.jp/wakusei2nd/32a.html

2010-05-20 05:46:27

「デスノート」ヒットに見るゼロ年代の想像力

〜シンジ君からライト君へ〜

 たぶん今という時代を一番象徴している作品って、ベタですけど「デスノート」だと思うんですよ。
 90年代(正確には地下鉄サリン事件以降の90年代後半)は一言で言うと「引きこもりの時代」なんですね。「エヴァンゲリオン」の碇シンジ君みたいに、 「世の中のしくみが変わってきて何が正しいかわからない」から「間違いを犯すくらいなら、何もしないで引きこもる」という思想が蔓延した時代です。

 滝本竜彦の「世の中がロマン(生きる意味)を与えてくれないから引きこもる」という思想も、本田透の「人間関係なんて多かれ少なかれ傷つけ合うものなの だから、生身の異性にはアプローチせずに二次元に引きこもる」という思想もこのバリエーションなんですね。

 要するになんでも自分のせいではなく世界のせいにする思想です。「世界が複雑で不透明でよくわからないから、自分では努力しなくていい」という発想がこ こには蔓延している。
 でも、この思想はすぐに限界が見えてしまっていたんですね。だって人間、結局「何もしない」なんて宙吊り状態には耐えられないんです。

 村上春樹だってそうですよ。村上春樹というのはやっぱりすごい人で1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の時点で、既にこの 「95年の思想」に達しているんですね。あの結末はまさに「宙吊り上体を選ぶ」というものですから。でも、その村上だって10年経たずに宙吊りには耐えら れないという結論に達してさまざまな着地を試み始めるわけです。たとえば『ねじまき島クロニクル』では「歴史」という要素が顔を出してくる。

 村上のような例外を除けば、多くの人はゼロ年代前半にようやくこのことに気付き始めます。「世の中が複雑でよく分からない」状態は続いているのだけど、 かといって90年代のように「引きこもって」いるわけにはいかない。そこで「間違っているかもしてないけれど踏み出す」という「決断主義の時代」になるわ けです。これが『デスノート』の夜神月ですね。『新本格魔法少女りすか』のキズタカ少年や、『コードギアス』のルルーシュ、などもこのタイプです。現実世 界でも小泉純一郎とか、ホリエモンのようなタイプが人気者になる。

 このタイプの特徴は、別に自分たちが絶対的に真正なものを掲げているという信念がないことです。彼らは一様に、「自分が知っている真正さを広める」ので はなく、「自分が勝ち抜くことで自分の考えを真正なものとしようとする」タイプです。
 つまり「真正さ」はあらかじめあるのではなく、勝った者、生き抜いた者が事後的に築き上げる相対的なものだという認識が徹底してあるんです。

 ジャンプでいうと『幽遊白書』を比較して考えると分かりやすい。あれはこれまでの「ジャンプ式トーナメントシステム」に象徴される「これまでのしくみ」 が壊れてしまう物語です。対して『デスノート』は主人公が自分で考えた新しいしくみを暴力的に他人に押し付けようとして、失敗する物語です。
 つまり、「ルールが壊れてしまった」「よのなかの仕組みがかわった」ということを訴えるだけでエッジだった90年代に対して、ゼロ年代では既に「ルール がないなんて当たり前、大前提」になっている。その上で、何が出来るか、という段階に進んでいるんですね。

 で、僕がこの変化をどう考えているかというと、まあ何だってそうなんですが一長一短あると思います。いいですか、思想に「正しい」「正しくない」を求め るのはあまり賢いことではありません。時代の変化に合った「使える」思想か、「使えない」思想かで考えた方が建設的です。ですからどんな思想も作用と副作 用を洗い出してみることがまずは肝心だと思います。

 90年代の「引きこもり」思想は、「安易な結論に逃げ込まず、じっくり考えよう」という美点があります。小林よしのりの「脱正議論」や宮台真司の「終り なき日常を生きろ」ですね。でも、反面「世の中がちゃんとしていないから、引きこもる」といういじけパフォーマンスを生んでしまった。滝本竜彦や本田透で すね。
 ゼロ年代の「決断主義」は、逆に「とにかく踏み出そう」という短絡的な発想を蔓延させています。物事に慎重にアプローチすることを訴えていた評論家が、 「教科書を作る会」に関わったりカルスタ左翼になっちゃったりしていますし、ネットの世界はプチウヨとバカルスタだらけです。でも、その反面、「傷つけ あってもいいから積極的に人間関係を築いていこう」というポジティブな発想への回帰も見られます。河出系の若手文学や一部のドラマ脚本家などに顕著ですね。

 ですから、これからはゼロ年代の負の部分(決断主義)をどう克服し、他者を恐れない人間関係への回帰をどう押し進めていくか、ということが重要になって きます。
 ここで大事なのは「90年代に帰れ!」とかバカなことを言わないことです。もちろん、歴史から学ぶことは大事です。けれど、ここで「自分を信じて疑わな いライト君(ゼロ年代)より、自分が信じられず何もしないシンジ君(90年代)の方が好きだ」なんて言ってもまったく意味がないし、不毛な退行です。 90年代に、「80年代に帰れ!」といったバカな文化人たちがいかに無力だったか、思い出してみてください。

 今、求められているのは「自己実現のために積極的に踏み出すが、常に自分を疑い自己診断ツールを走らせる」というスタンス、つまり「自分を疑いながら前 に進む」という思想だと思います。

善良な市民さんの2006年総括から転載

遺体 @Minority20

@kei_ex そうなのですか。結構反響を呼んで…るのは事実なんでしょうが、支持は必ずしも伴っていないのかな?簡単に言うとどのような主張をしていて、どのような理由で嫌われているのでしょう。

2010-05-20 05:53:11
kei_ex @kei_ex

@Minority20 宇野さんが嫌われる理由はいくつもあげられますがw、そのひとつにE_Rubikさんが今かかれたように純粋な社会反映論、社会から物語が作り出されるのだという考え方への違和感があるとは重います。ただ、この点は宮台さんの映画批評とも近い。

2010-05-20 05:55:53
遺体 @Minority20

成程。リベラルとしては納得のいかない所もありますね。開き直りかよ、みたいな。 RT @zakutoha ポストモダンにおいては、価値観を正当化する根拠がないことをしりつつも「あえて」特定の価値観を選択するという決断を行い、その価値観の正当化のためにゲームを戦うというのが決断主義

2010-05-20 05:58:11
某Y @sukuraia

90年代後半~ゼロ年代前半がセカイ系でそれ以後が決断ですね。エヴァからハルヒってことで RT @Minority20: 90年代の引きこもってるっていうのが所謂セカイ系で、決断して行動するのはゼロ年代的な特徴という事になっているのですか?(無知)

2010-05-20 05:57:40
遺体 @Minority20

なんかこの界隈では本当に綺麗に整理されてるんですね。前から感心していましたが驚く程に綺麗に分類されたり区分されてそれが共通了解となっている感。逆にそのせいで部外者は入りにくかったり。 RT @sukuraia 90年代後半~ゼロ年代前半がセカイ系でそれ以後が決断。エヴァからハルヒ

2010-05-20 05:59:42
kei_ex @kei_ex

@Minority20 あっ、だったら宇野さんが出てきた経緯をご存知ないのですね…。宇野さんはもともとセカイ系の批判者として出てきました。東さんをセカイ系の擁護者と規定し、宇野さんが喧嘩を売るような形でメジャーデビューしてきました。

2010-05-20 06:01:04
遺体 @Minority20

@kei_ex 社会反映論というのは創作物は時代精神を反映するものだ、ないし、そうすべきものだ、みたいな考え方なのでしょうか。的外れかも知れませんがこれへの反感は、マルクス主義的下部構造論への反感に似ている気がしました。

2010-05-20 06:02:02
kei_ex @kei_ex

@Minority20 というよりも、その軸ですべて作品を切っていく、という乱暴さが批判されましたのだと思います。もっと丁寧に物語と向き合えよ、と。ただ、個人的にはこの種の乱暴さは江藤淳なんかも持っていたような印象があります(こんなこと言ったら怒られそうw)

2010-05-20 06:05:03
遺体 @Minority20

@kei_ex なるほど。という事はー…東氏のシンパとか、セカイ系が好きな人が反発していると単純に考えていいのかな。東氏はわりと宇野氏に優しくしているというか取り込もうとしている印象もありますけど。(意味も分からず遠目に見ていての印象)

2010-05-20 06:06:07
遺体 @Minority20

成程。でも部外者から見るとこの批判は宇野さん以外にも当てはまりそうに思えたりもします。綺麗に何系とか何年代とか分類されて前提さているんだけど、共有していない人には「そうなのかー?」みたいな。 @kei_ex その軸ですべて作品を切っていく乱暴さが批判されましたのだと思います。

2010-05-20 06:09:20
某Y @sukuraia

.@kei_ex というか、この手の強引さって大成した批評家には多いんじゃないですか。前もいったけどヒッキーから社会にって小林秀雄みたいwww

2010-05-20 06:11:11
kei_ex @kei_ex

@sukuraia そのとおりだと思いますけど、宇野さんを持ち上げるとどこから火花がとんでくるかわからないので怖いのですよ…w江藤淳ぐらいなら大丈夫かな…という姑息な計算がw

2010-05-20 06:18:33
遺体 @Minority20

デスノートは決断主義なんですよね。デスノートのキラはどういうサバイブ感を抱いていたんですか。彼は殺さなければ殺される状況にあったのですか?(やらねばやられるは比喩だろうが)

2010-05-20 06:19:41
遺体 @Minority20

なるほど。これ凄くピンと来た。腑に落ちました。 RT @zakutoha キラはサバイブ感の対処法としての決断主義者として出てきますね。特に殺されそうになったから、というわけではないです。現実の社会はサバイブ感にみちている(た?)とは思います。

2010-05-20 06:29:24
遺体 @Minority20

決断する事は政治的行為にも思える。というか一つの政治的決断なのではないか。決断主義とか呼ばれる作品は私から見ると政治的に見える事が多い。だから政治的作品だとか言ってみたりする。具体的にはギアスとかデスノート。

2010-05-20 06:26:06
遺体 @Minority20

セカイ系とか呼ばれている作品には政治が欠如しているのだろうか。無知なのでよく分からない。それはとても個人的なものであり、政治的傾向のある決断主義系とは異質という事になるのだろうか。(決断主義が政治的という想定が間違ってる可能性濃厚だが)

2010-05-20 06:27:15
kei_ex @kei_ex

@Minority20 セカイ系については前島さんの『セカイ系とは何か』で定義しなおされた印象はありますが、それ以前はセカイ系を説明する比ゆとして近景(日常)ー中景(社会)-遠景(セカイ、超越的なこと)のモデルのうち、近景と遠景が直接接し、社会が描かれてないと指摘されてました

2010-05-20 06:33:10
遺体 @Minority20

@kei_ex そういう定義は知っていて何度も読んで理解を試みたりしているのですが、あまりピンと来ないのですよね。セカイ系と言われる作品を見ても、本当に社会が抜け落ちているのかよく分かんなかったり。

2010-05-20 06:38:17
残りを読む(19)

コメント

遠野九重@『生産スキル』3巻 9/25(金)発売! @Six315 2011年6月7日
宇野さんを取り込もうとしている、というかもともとあずまん界隈の人物じゃないですか……
0