文章のvoiceについて

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福嶋亮大@Tw放置中 @liang_da

他方、多和田葉子さんが来ていてさっきまで飲み会。ドイツの原発話と熊の話。あとは東北の歴史性について文学はもう一度考えるべきとか、そういう感じ。

2011-06-07 00:24:59
福嶋亮大@Tw放置中 @liang_da

ちなみに、多和田さんというと、ドイツでの経験もあって、日本人作家には珍しく小説の朗読をよくやっている方。それで思うに、日本における朗読の少なさってのは、文章のvoiceが弱い(あるいはvoiceにあまり価値を置かない)ってことと関わっていると思うのです。

2011-06-07 01:17:43
福嶋亮大@Tw放置中 @liang_da

池田純一さんが暫く前に「新潮」の連載で、アメリカの大学のライティング教室ではvoiceを宿すことをすごく重視すると書いていたけど、そういう風習は日本にはない。じゃあ、日本の小説にvoiceが一切ないかというとそうでもなくて…

2011-06-07 01:20:24
福嶋亮大@Tw放置中 @liang_da

実際、最近ひとに聞いて面白かったのは、ちかごろのラノベ作家はあらかじめ特定の声優を想定して、会話文を書いたりするらしい(笑)。つまり、アニメの声に侵食されてるわけです。とすれば、ラノベの会話には文化的な「voice」が鳴ってるってことですね。これはけっこう凄いのではないか。

2011-06-07 01:22:13
福嶋亮大@Tw放置中 @liang_da

ヨーロッパには古代ギリシアから雄弁術の伝統があって、それが今にいたるまで「声」や朗読の重視と結びついてる。他方、日本文学も、ラノベに到ってついにはからずもvoiceを手に入れてしまった…てことかもしれない。そんなことを最近考えてました(笑)。

2011-06-07 01:24:20