水木しげるが妖怪について語ることvol1

まとめました。
妖怪 水木しげる ネタ 研究
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旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
僕は読書家には違いないが、難しい本は著者本人のものよりも、解説本とかで読む方が多いんだけど、 それは書かれた当時の時代性が、いま読むには余分に思えたり、解説本の方が他の知識とも合わせてうまくまとめてくれてると思うからだが、 本人の本はやはり本人の「気」みたいなのはこもっていて→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→ちょうど、実際に目の前で見る絵画とか、実際に行く旅行のようなものとは思うけれど。 さて、いま僕は水木しげるとユングとアリストテレスの本を読んでいるのだが(どういう並びだ(笑) 今の目からすると、あれ、意外と分かってないんだなと思える記述もあり。
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
ユングの本人が語っている自伝を読むと、これはもう老境の時点のものなのだが、解説本でユングについて読んだ時に受ける、何でも分かってそうなイメージよりは、思ったよりは分かってなかったんだなと思うし、 水木しげるも妖怪について意外と確信がない…ただしこっちは60歳ぐらいの時の本で→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→80歳ぐらいの時の本を見ると自信は深まっているようなので研究が進んだらしい(笑)
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
これちょっと面白いと思うので、面倒だが自分で書き起こしておくか┐(´д`)┌ヤレヤレ
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
「水木しげるの妖怪事典」(1981年)と 「水木しげるの続妖怪事典」(1984年)より それにしても水木しげるの生年はネットではどれ見ても1922年になっているが、これらの本の著者略歴では1924年になってるのは何故だ(?_?)
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
以下、文字数の省略などのために原文から、文意が変わらない程度に文字を変えたり、文章を切ったり繋げたりはする。
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
魂というものがあるとすれば、それは死後どこに行くか、なにしろ誰も後をつけていった者もいないし、誰にも分かるように説明した人もいないようだ もっとも、心霊学とか霊魂の研究家などからは、有ると言われるわけだが、たいてい初めから「有る」と信じての研究だから→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→そこのところが初心者には入りにくいところだ。だからといって「無い」というには死後があまりにも寂しい 有るという証明がなくても、なんとなく有るということにしておくと、心が落ち着く 霊魂のあるなしはやはり死と関係があるわけで、有るとなれば死後も霊魂になって生きれる気がするから→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→なんだか限りなく生きれるような気がして、嬉しくなってしまうが… 生まれ変わる、ということもしばしば説く人がいるが、これとても生まれ変わらないよりはなんぼかマシな話である (ただ、水木しげるはスウェーデンボルグには詳しくてその漫画も描いてるので、知識はあるのである)
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
【妖怪の起源について】 昔は天狗とか河童とか、狸や狐などが何か人間の知らないことを知っていて教えるという話が多い 考えてみると猫なんかでもじーっと黙っているが何か人間の知らないことを知っているように見えなくもない →
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→深山などに行って奇妙な形の古木を見ると 「こいつ夜なにかに化けて出るのではないか」 といった気持ちになるがそういった気持ちが、木が化けたり、狸が知らないことを知っていたり、といった話を作らせるのだろう
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
☆←話が変わるときは頭にこれを付けよう もともと妖怪というのはその姿形を目撃したという人はごく少ない 騙されたとか奇妙な体験をしたといった話ばかりで、しかと形を見届けにくいものだから、狸が化かすとか、狐が化かすとか言われればそうとも受け取れる→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→狸の本場の徳島では、いたずら、化け方とか入れるといろいろなことが狸のせいにされるので、妖怪の話が少ない 自由自在に化けるし、狸憑きとして人にも取り憑くから、妖怪のやることを一手に引き受けた感がある 妖怪すべて狸のせいとするのも何か妖怪の本質を突いているような気もする
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
☆世の中に神や天女みたいなのがいて突然変異を起こして幸福にしてくれるようなことがあれば、何も宝くじなど買わなくても夢を楽しめるわけだ 天使や天女は福をもたらすから昔から妖怪の中には入れられないが、僕は不思議生物の一員として(妖怪事典に)入れた。やはり同族だと思う
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
☆田舎なぞで静かな夜とか嵐の日などに戸を叩かれると、何か人間でないものが来たように思うものだ それは田舎の特別な静けさと感じによるのだろう (ちなみに僕は、田舎に旅行に行って夜ひとりで歩いた時に見た、蛙が鳴いている水田の雰囲気から、その静けさと感じは分かる気がする)
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
☆誰もいないと思っている山の中で人に会うと驚くが、山姥といったようなものがささやかれていた時代には、山に婆さんがいただけでも腰が抜けるというものだろう 山の中を何か出ないかとビクビクしながら歩いていると、木の枝が風で折れても何かいるような気がする だから山にお化けが多いのだ
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
このように、60歳ぐらいの時の本を読むと、水木しげるも霊魂の存在に懐疑的であったり、妖怪の説明を人の恐怖心などに帰属させたりしているが、 80歳ぐらいの時のインタビューではもっと研究が進んだらしくて、霊界や妖怪に確信を持っているように思える(^_^;)
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
☆妖怪という形のないものを作家なり画家なりが描くと、だいたいの形や感じが似ているということは、やはりそこに何か、いるのではないかと思う 子供の頃から僕は何かを感じていたわけだが、後年、柳田国男の「妖怪談義」や鳥山石燕の画を見ると、子供の頃に感じたのと同じようなものを感じたので→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→大いに驚くと共に、妖怪はいると思うようになってしまった どうも目に見えるものは少ないようで、音とか、気ともいうべき不可解な「感じ」みたいなものが多い 従って僕は、原始の「神」もそういったものではなかったかといつも思っている→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→妖怪の中にも、神様と妖怪の中間に位する「妖怪神」とも言うべきものがかなりいるものだから、神社とか祭りの方に目が行く 妖怪事典に描いたものの姿形は僕が作ったが、あくまでも祖霊たちが「うん、それはよろしい」と言うような形にしておいた。OKの場合は心静かであるが→
旅にゃんころ猫の呼吸!猫柱(鈴木杏樹さん大好きな猫) @goldencat222
→ノーの場合は何となくドキドキして落ち着かない だいたい妖怪たちは形にされたがっているようで、その形もなるべく本当に近いものを好むようだ その妖怪というものは一体何だろうかというのが僕の一生の宿題のようなもので、僕はいつも、それを気にしながら生活している(これは60歳頃)

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