【悲しきワルツ】福間健二 #k2fact245
十六歳の少年との、冬の散歩。毎晩遅く家に帰って叱られている。好きなだけ映画を見て、好きなだけノートに言葉を書いていたい。その望み、叶うだろう。亡くなった作家の家の前で牛乳屋さんに会う。雨風にさらされて元のかたちがわからなくなった人形がきみを見ている。(悲しきワルツ1)#k2fact245
2020-01-10 08:53:46十六歳。まともに稼いだことがない。眠っていると音楽が流れてきて、踊り子たちが現われる。音楽はゆっくりとした三拍子。踊り子の人種はさまざま。自分も踊りに参加してやたらにキスをされるが、気がつくとひとりで踊っている。くたくた。きみではない人が見ている夢だ。(悲しきワルツ2)#k2fact245
2020-01-11 10:44:01おなじ音楽で、別な夢。ひとりの女の子に会いたくて歩きまわる。湿った壁と汚れた窓の、東京のなかの外国。入りなさいと言われた部屋には見たところ一ダースくらいの女性がいる。椅子や床やベッドの上に。会いたい子はいないけど、まいったな。あそこがかたくなっている。(悲しきワルツ3)#k2fact245
2020-01-12 09:02:09気づかれないように深呼吸。きれいな歯をした女性がクスッと笑う。そんなに簡単に気づかれるものなのか。きれいな目の女性も笑いをこらえている。どうぞとすすめられた一般論のテーブルのみかんは因島のみかん。いただきます。食べたら止まるはずの音楽。ほら、止まった。(悲しきワルツ4)#k2fact245
2020-01-13 14:26:55きれいな歯、きれいな目、きれいな耳、きれいな指。いいこともしてくれるが、密告したり、カンニングしたり、乱暴な字で読みにくい謎をかけたりもするってこと。きのう知ったばかりだ。因島のおいしいみかん、三つ目。甘くても会いたい人に会えない社会、水がふえている。(悲しきワルツ5)#k2fact245
2020-01-14 08:43:44みかんだって、一般論では片付かない事情がある。一個ずつ、一個のなかでも一房ずつ。どれだけ食べたら別の夢に出るのだろう。ちがう。皮をむかずに中の房の数を当てたらよ。その声、いつかの声だ。歩くときは、アゴと耳から動くの。手でなにかいいことするときもね。(悲しきワルツ6)#k2fact245
2020-01-15 09:35:05ベッドの上。毛布にくるまって脚だけ出している。きれいな脚。三拍子、こういうときもアゴと耳から。魚の動き、脊椎動物はそれが基本。思い出したけど、みかんもうないけど、みんな消える。だれかが扉を三回叩いて。死神じゃない。十七歳のヨシモトくん。怖いのはおなじ。(悲しきワルツ7)#k2fact245
2020-01-16 09:31:58階段のはじめの一歩、右足か左足か。どっちかじゃないと不安になったり、あいさつする初老の男の胸に言葉をあふれさせる。とめどなく、そんな十七歳。どう純粋で、どこにも戻れないきみの、どう先輩なのか。死神の場合なら、またあの音楽。悲しきワルツ、シベリウスだ。(悲しきワルツ8)#k2fact245
2020-01-17 09:29:15姿をあらわさない。会いたかった女の子も、どう「死が訪れる」か、をわかろうとするヨシモトくんも、そしてこれはいいのだが、死神もまだ。残ったのは、シベリウスに似た男。薄くなった頭を丸めて印象を変えようとしているが、ひげと大酒は元のまま。膝がふるえている。(悲しきワルツ9)#k2fact245
2020-01-18 09:32:50この膝、考えたら、眠れない山にのぼった十六歳のころからだ。悲しきワルツ、ひとりで踊るのに飽きるとロケットが発射して、だれもいない宇宙。ロケットも自分、乗っているのも自分。スイートシックスティーン。大丈夫、帰ってくることになる。ぼろぼろになってだけど。(悲しきワルツ10)#k2fact245
2020-01-19 08:24:38