白蛇神のはなし

小咄。リッタさんが遠い日に読まれた本と、現在のリッタさんの感性によって記された、混ぜ物としての物語 であるようです
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リッタ @azurecornea

むかしむかしで始まるお話 まだ女の子は赤い着物の、鞠で遊んでいたほど昔 その村にはひとつ沼があって 守り神と呼ばれるものが棲んでいた 姿は大きな白い蛇に似て 村人たちは畏れて沼に近寄らなかった あるときひとりの少女が夢中で遊ぶうち、沼のそばまで来てしまう

2011-06-08 06:31:03
リッタ @azurecornea

ほうとあたりを見回すと、すでにたそがれた寂しさ 少女はにわかに不安になって も1度あたりを見回した すると背後にいつからいたのか のっぽの男が立っていた 男はとても親切だった 家まで送ってくれると云った 少女は男と手を繋ぎ いま抜けてきた林を歩く 男は昔話を語り

2011-06-08 06:35:36
リッタ @azurecornea

少女は彼に歌を教えた 少しかすれた男の声と 彼女の声とは風のざわざわいうのに溶けて 暗い道のりも怖くなかった やがて見覚えのある道に出て 少女はすっかり安心をした 繋いだ手の先を見上げると 男は泣きそうに微笑んだ もう少し一緒にいて欲しい、そんな風に少女に頼んだ

2011-06-08 06:39:15
リッタ @azurecornea

少女は男がかわいそうになりそれでももう暗かったので、またあしたねと指切りをした 男はきみがいとしくてならない、我慢するのが苦しいと言って 彼女を突然丸呑みにした 白い大蛇は更けゆく林をずるりずるりと帰っていった すまないすまないと涙をこぼし 何度も吐き戻そうとした

2011-06-08 06:43:15
リッタ @azurecornea

どんなに彼が身をくねらせても何も喉まで上がってこずに、白蛇は自分の腹の中 消化が進んでゆくのを感じた その間ずっと謝り続けた、そんなつもりではなかったのだと そばに転がる鞠さえ悲しい 見るも無惨な彼の涙は 沼の底へと沈んでいった そうして白蛇の腹の中にも

2011-06-08 06:48:15
リッタ @azurecornea

涌き出す涙も尽きる頃 遠くの声が彼を揺らした おまえは許されぬことをした あと百年、たった百年ひとりでいたらよかったものを おまえはそこにはいられない 山の向こうへ行くがいい 一度も振り返ってはならない、振り返れば本当に おまえは二度と救われることはないだろう

2011-06-08 06:51:08
リッタ @azurecornea

白蛇は何度もお礼を云った 新たに湧いた涙は苦く 彼の頬を焼くようだった そしてのろのろ動き出す 棲み慣れた冷たい沼の水 今は聞こえない小さな子らの笑い声 なぜあんなにも彼らは産まれてくるのだろうか 白蛇は気の遠くなるような時を あの村の沼で過ごしたが

2011-06-08 06:54:47
リッタ @azurecornea

答えは思いつかなかった 進み慣れぬぎざぎざの道は 彼の腹や尾を傷つけた 彼の這ったあとにはずっと 血の滲んだ色が残った またあしたね、と誰かの声を白蛇は聴いたような気がした 1度めは風鳴りにも聴こえ 2度めはまぼろしだとも思った 3度め彼は耐えきれなかった

2011-06-08 06:57:50
リッタ @azurecornea

そんなはずはないと知って それでも振り返らずにはおれず 白蛇は大きく首をもたげた もう見えなくなるほどに離れた かの村の方へまなざしを向け そしてそのとき彼のからだは石に変わった 人の骨にも似て白く、ざらつくような巨石となった やがてはそこに苔が生え

2011-06-08 07:01:34
リッタ @azurecornea

植物たちが根を張って ひとつの山の姿をなした その流曲を旅人たちは有難がって そばを通るとき頭を下げたが 足を踏み入れることはできなかった 中に入ろうとすると、にわかに木々が鳴り出して 足が地面に吸い付くように そこで固まってしまうのだった まるで石になったように

2011-06-08 07:07:32
リッタ @azurecornea

(朝のおはなしについて) あれは私が全て作ったお話ではなくもともとは、十年と少し前に繰り返し読んだ昔話です。 記憶がずいぶんおぼろげで、細かなところと終いの部分は勝手に書いてしまいましたが 大筋はそのままなのではないかと思います。

2011-06-08 19:41:47
リッタ @azurecornea

子ども向けの本でしたので いくつか挿し絵がついていて、黒にほど近い濃緑の中に光のような白い色が うねるように描かれていたと思います。

2011-06-08 19:43:21
リッタ @azurecornea

どなたかのまぶたの裏に少しでも彼らの姿が映ってくれたとしたなら、私からは 有難うございます と お伝えするばかりで います。 有難う ございます。

2011-06-08 19:45:28