「中田敦彦のYouTube大学」の諸問題: 古代ギリシア史の視点から

「YouTube大学」のなかの、とりわけ古代ギリシアに関わる解説に関して、補足説明・史料提示・誤謬の指摘を行いました。
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

パブリックヒストリー案件かな。 >某世界史動画

2020-01-13 23:20:31
アザラシ提督 @yskmas_k_66

藤森さんのツッコミが必要だ。(違

2020-01-14 02:19:22

 パブリックヒストリーについては、まずはハント, L. (長谷川貴彦訳)『なぜ歴史を学ぶのか』岩波書店 2019年 22〜26頁をご参照ください。
 理論と実践例を検討・紹介したものに、菅豊・北條勝貴(編)『パブリック・ヒストリー入門』勉誠出版 2019年。私が動画を見て危惧したのは、まさにこの本の48〜59頁「パブリックヒストリーが直面する課題」を受けてのものです。
 この他、岡本充弘『過去と歴史』御茶の水書房 2018年と、歴史学研究会(編)『歴史を社会に活かす』東京大学出版会 2017年も参考になりましょう。

アレクサンドロス大王について

アザラシ提督 @yskmas_k_66

youtube.com/watch?v=LaODJ_… アレクサンドロスが軍隊の中に家族を同伴させなかったという話(動画の1分50秒〜2分20秒)について。 ・そもそも、アレクサンドロスの軍の中にも女性や子どもはいました(アッリアノス『東征記』6.25.5;他方ちょっとあやしい記述に、プルタルコス『アレクサンドロス伝』42)。

2020-01-14 02:24:34
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

・また、アレクサンドロス自身、遠征中にオクシュアルテスの娘ロクサネと結婚していますし、プトレマイオスには愛人のタイスがいました。 ・マケドニアに家族を残している兵士は確かにいました。遠征一年目の冬、新婚の兵士をマケドニアに帰還させたこともありましたが(アッリアノス1.24.1-2.)……

2020-01-14 02:27:42
アザラシ提督 @yskmas_k_66

……その一方で側近と、ペルシア人・メディア人有力者の女性との集団結婚式(プルタルコス『アレクサンドロス伝』70など)行なったり、現地妻の追認(アッリアノス『東征記』7.4.8.)をするなど、軍隊の中に「家族」はごくごく当たり前に存在しました。

2020-01-14 02:31:37

 アレクサンドロスに関わる人物は、古典文献から明らかになっているだけでも800名を越えます。そうした人々について一人一人調べたのがWaldemar HeckelのWho's Who in the Age of Alexander (Malden, 2006)です。
 この人物研究の中には、ツイートで言及したロクサネ(pp. 241-242)やタイス(p. 262)も含まれています。彼女たちだけでなく、名前を残さなかった女性たち(pp. 274-278)についても触れられています。

アザラシ提督 @yskmas_k_66

youtube.com/watch?v=LaODJ_… アレクサンドロスが敵艦隊との海上の戦いではなく、補給を絶つ作戦に出たこと(2分20秒〜2分45秒)について。 ・多分これはミレトス攻略のことを言っています(アッリアノス『東征記』1.19.8.)。

2020-01-14 02:33:03
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

・ただし、海戦に先立ってアレクサンドロスが将軍を説得した経緯については、だいぶアレンジしています。実際のところアレクサンドロスは、自軍であるマケドニア艦隊が敵に比べて訓練不足だと判断していました(アッリアノス『東征記』1.18.6-9.)。

2020-01-14 02:34:35
アザラシ提督 @yskmas_k_66

・ちなみに、その後アレクサンドロスはテュロス攻略の際、マケドニアに恭順した艦隊を使用しています(アッリアノス『東征記』2.17以下)。

2020-01-14 02:37:08
アザラシ提督 @yskmas_k_66

youtube.com/watch?v=LaODJ_… あと、アレクサンドロスはインドで病死していません(3分50秒)。死んだ場所はバビロン。

2020-01-14 02:37:50
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

youtube.com/watch?v=LaODJ_… ……とまぁ、ツッコミを入れてきたわけですが、アレクサンドロスを「日本で言えば尾崎豊みたいなもの」(4分)と表現したのは、正直、なるほどと思いました。

2020-01-14 02:44:55
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

確かに、アレクサンドロスは死後、ある種の憧れや模倣の対象になりました。 中世ヨーロッパでは、アレクサンドロス・ロマンスという物語群が生まれ、その物語内で大王は空を飛んだり、潜水球で海に潜ったりしました。なるほど「伝説」ですね。 pic.twitter.com/uU1SoNUn95

2020-01-14 02:55:24
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・潜水球で海に潜ったり:「[大きな蟹の]甲羅のなかには、貴重な七個の真珠があった。いまだどんな者もこのような真珠を見たことはありませんでした。これを見たわたし[アレクサンドロス]は、近づきにくい海の底に真珠があるものと考え、大きな鉄製の檻を作らせ、檻には、1ペーキュス半(約70センチメートル)の幅の大きなガラス製の壺をおきました。海底にもぐってそこになにがあるのか知りたいと思い、壺の底には人間の手が出はいりできるだけの穴をあけさせました…(中略)…。このようなものをわたしは作らせ、さらに308オルギュイア(約554.4メートル)の鎖を用意し、鎖の振動のないうちは自分を引きあげることのないように銘じておきました…(中略)…。
 不可能なことをためして見ようと思って、これらすべてを整えてから、ガラスの壺にはいった…(中略)…308ペーキュス(約138.6メートル)の深さにもぐったが、多種多様な魚の群れが自分のまわりを泳いでいました」
(伝カリステネス『アレクサンドロス大王物語』2巻38節、訳書142〜146頁)

・空を飛んだり:「[わたしは]鳥二羽をつかまえさせた。巨大な白い鳥で、力が強いのですが気性はおとなしかったのです。われわれを見ても逃げようとはしません。数人の兵士が鳥の首にまたがると、兵士たちを乗せたまま飛びたってしまいました。動物の死骸を常食としていたので、死んだ馬を探してはこの種の鳥がたくさんの群をなしてわれわれのもとに集まっていたのです。そのうち二羽を捕らえて三日のあいだ肉を与えないでおきました。三日目にくびきに似た木組みを作らせこれを鳥の首にゆわえつけ、そのあとすぐに、ざるに似た牛皮の籠を用意させました。わたしは、長さ7ペーキュス(約3.15メートル)ほどの、先端に馬の肝を付けた槍を手にしてこの籠に乗り込んだ。鳥は肝を食べようとたちまち飛びました。わたしも鳥といっしょに空中高く舞いあがり、天の近くまで届いたと思うほどでした」
(伝カリステネス『アレクサンドロス大王物語』2巻41節、訳書151〜154頁)

 これらは言うまでもなく創作です。アレクサンドロス没後600年ほど経った紀元後4世紀くらいまでには、こうした物語が、アレクサンドロスの遠征に参加した従軍作家のカリステネスの名に帰される形で執筆されたようです。
 このほか、「騎士道」を体現する王として描かれたもの、奇妙な動植物と金銀財宝が溢れる世界を旅するもの、アッシリアの女王セミラミスとの恋物語(!?)を描くものなど、古代からの知的伝統と中世人の想像力によって攪拌される形で、アレクサンドロスは「伝説」になりました。
 彼の「伝説」はヨーロッパ——フランス、ドイツ、イタリア以外にも、スカンディナヴィア、ブリテン島、イベリア半島——のみならず、アラビア語圏・シリア語圏・コプト語圏の文学文化の中にも見受けられます。
 14世紀のイングランドの詩人チョーサーは『カンタベリー物語』の中で、修道僧に「アレクサンダーの物語は非常に知られているので、思慮のある人なら、誰も彼の運命の幾分か、また、すべてを聞いておられるでしょう」と評させますが、その背景には上述したような文学の系譜がありました。

【アレクサンドロス・ロマンス関連ブックガイド】
・伝カリステネス(橋本隆夫訳)『アレクサンドロス大王物語』国文社 2000年
・ガルテールス・デ・カステリオーネ(瀬谷幸男訳)『アレクサンドロス大王の歌』南雲堂フェニックス 2005年
・池上俊一訳『西洋中世奇譚集成 東方の脅威』講談社学術文庫 2009年
・Moennig, U., Die Erzählung von Alexander und Semiramis, Berlin & New York, 2004.
・Zuwiyya, D. (ed.), A Companion to Alexander Literature in the Middle Ages, Leiden & Boston, 2011.
・チョーサー(桝井迪夫訳)『完訳 カンタベリー物語(全3巻)』岩波文庫 1995年

アザラシ提督 @yskmas_k_66

(アレクサンドロスがらみのツッコミ終わり。些か疲れた。カエサルと帝王切開って聞こえてきた気がしますが、あとは任せた)

2020-01-14 03:03:06
アザラシ提督 @yskmas_k_66

20分の動画をチェックしてモグラ叩きするのは、心身共に余裕がないとできないような気が。そして何よりも批判する人の時間を食ってしまう。 仮にきちんと批判をしたとしても、100万再生された動画に比するものを作れるかというと、うーん。

2020-01-14 03:10:18
アザラシ提督 @yskmas_k_66

"面白さ"や"分かりやすさ"は歴史叙述で否定されるものではありません。 ただ、なんというか、歴史が(受験や教養のための)商品として消費されてるようには感じました。もちろん、動画の内容が視聴者に一面的に受容されてるようではないみたいだけれども。 twitter.com/yskmas_k_66/st…

2020-01-14 03:31:18
アザラシ提督 @yskmas_k_66

この辺の問題はジェローム・デ・グルートの本に色々書いたあったと思う。 de Groot, J., Consuming History: Historians and Heritage in Contemporary Popular Culture, 2nd. ed., Abingdon, 2016. amazon.co.jp/dp/1138905321/…

2020-01-14 03:33:18

【アレクサンドロス大王関連ブックガイド】
 アレクサンドロスについては良質な一般向け書籍が出版されています。アレクサンドロスという人物とその時代、彼の作った帝国について現在最もバランス良く叙述しているのが、森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』(講談社 2007年; 講談社学術文庫 2016年)でしょう。中世〜近現代における受容・利用を含め、コンパクトに叙述したのが、澤田典子『アレクサンドロス大王』(山川出版社 2013年)。多くの図版や古典文献抄訳・関連史料提示を行うのが、ブリアンの『アレクサンダー大王』(福田素子訳、創元社 1991年)。同じ著者による『アレクサンドロス大王』(田村孝訳、文庫クセジュ 2003年)は、オリエント世界の枠組みの中でアレクサンドロスを理解しようとするもの。昨年出版された、ボーデンの『アレクサンドロス大王』(佐藤昇訳、刀水書房 2019年)は、アレクサンドロスに関わる碑文史料の翻訳や、残されている史料の問題に踏み込んだ著作です。
 外国語の著作では、まず、CartledgeのAlexander the Greatという、彼の生涯に焦点を当てた評伝を挙げておきましょう。Roismanが編集したBrill's Companion to Alexander the Greatは、彼に関わる史料、その治世と遠征、その後の芸術・哲学に及ぼした影響についても扱う論文集です。 

〈①古典文献〉
●一連のツイートで言及したもの。
・アッリアノス (大牟田章訳)『アレクサンドロス大王東征記(全2巻)』岩波文庫 2001年
・プルタルコス (森谷公俊訳)『新訳アレクサンドロス大王伝』河出書房新社 2017年
・ポンペイウス・トログス (合阪学訳)『地中海世界史』京都大学学術出版会 1998年

●ツイートで言及しなかったけれど、大事なもの。
・クルティウス・ルフス (谷栄一郎・上村健二訳)『アレクサンドロス大王伝』京都大学学術出版会 2003年
・ディオドロス・シクロス (森谷公俊訳)「『歴史叢書』第17巻 「アレクサンドロス大王の歴史」訳及び註」『帝京史学』24, 25, 27, 31巻 2009〜2016年

〈②日本語の著作、一般向け〉
・澤田典子『アレクサンドロス大王』山川出版社 2013年
・ブリアン, P. (福田素子訳)『アレクサンダー大王』創元社 1991年
・ブリアン, P. (田村孝訳)『アレクサンドロス大王』、文庫クセジュ 2003年
・ボーデン, H. (佐藤昇訳)『アレクサンドロス大王』刀水書房 2019年
・森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話(興亡の世界史01)』講談社 2007年

〈③外国語の著作〉
・Cartledge, P., Alexander the Great, New York, 2005.
・Roisman, J. (ed.), Brill's Companion to Alexander the Great, Leiden & Boston, 2003.

キュクロプス

アザラシ提督 @yskmas_k_66

某動画シリーズのギリシア神話解説回は、誤りというよりは、コメディ的な表現に重きを置きすぎるような話を“作って”しまったり、説明不足が目立ちますね。 youtube.com/watch?v=0a5zl0…

2020-01-18 16:56:38
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

気になった点や、信憑性を損ねている点を挙げていきましょう。 ……それでは皆様、お手元の岩波文庫版・松平千秋訳『オデュッセイア』上巻、228頁をご覧ください。 amazon.co.jp/dp/4003210247/…

2020-01-18 17:00:51
アザラシ提督 @yskmas_k_66

1:10〜。ポリュペモスは「閉じ込める」という目的を持っていたわけではありません。入口を巨石で塞いだ後にオデュッセウス一行が洞窟にいたのに気づいただけ。

2020-01-18 17:04:39
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