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映画『アイリッシュマン』狂猫病による感想&解説 ペギーと「魚」(ネタバレ有り)

マーティン・スコセッシ監督作品『アイリッシュマン』についてのレビューです。 作品のポイント、構成などについて解説しています。 例の謎会話「魚」についても解明!?  ※大いにネタバレを含みますので未見の方は注意
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狂猫病 @kyobyobyo2

緊張感のあるクライマックスでこの会話がカットされていないことには、多くの観客が違和感を覚えるだろう この一連のシーンではカメラワークも異様で、後部座席にて神妙な表情で会話に耳を澄ませているフランクのクローズアップが、いかにも意味ありげに挿入される

2020-01-27 21:18:00
狂猫病 @kyobyobyo2

会話の意図を読み解く上で、まずジミーの養子チャッキーに着目してみよう 演じるのはジェシー・プレモンス、「ブレイキング・バッド」で大ブレイクした新進気鋭の俳優だ この新世代の注目株が演じるチャッキーという役柄、なんととんでもないことに、ストーリーの本筋にほとんど絡むことがない

2020-01-27 21:22:18
狂猫病 @kyobyobyo2

チャッキーが作中で大きくクローズアップされるのは2回、法廷にて(玩具の銃で)ジミーを襲撃した男を執拗に殴打するシーン、そしてこの「ジミー殺害計画」に運転手役として加担するシーンだ フランクの独白にもあるが、彼は計画の詳細を知らされないまま片棒を担がされ、懲役刑も受けることになった

2020-01-27 21:26:18
狂猫病 @kyobyobyo2

彼は作中屈指の「愚かしい人間」として非常にわかりやすく描かれている あれほど命懸けで守ろうとした大恩ある養父の殺害計画に呑気な顔で参加したのみならず、自分からジミーに声をかける協力ぶりだ おそらくはラッセル&トニー・プロ一味に騙され、ジミーを油断させる駒として参加させられたのだろう

2020-01-27 21:33:03
狂猫病 @kyobyobyo2

チャッキーは計画の詳細を知らない おそらく「フランクらとともに養父をレストランの前で拾い、指定された家まで送れ」とだけ伝えられていたはずだ それが殺害計画の一端だとは夢にも思わなかっただろう 言うまでもなく、この構図は本作の随所に見られるものだ

2020-01-27 21:35:43
狂猫病 @kyobyobyo2

わかりやすい説明はジョーイ・ギャロ暗殺におけるフランクの独白だろう 作戦に参加する者には「多くの情報は与えられない」、自分の役割をただ従順にこなすのみだ 穴を掘れ、と言われたらただ掘ればいい 魚を買ってこい、と言われたらただ買ってくればいい それだけのことだ

2020-01-27 21:42:57
狂猫病 @kyobyobyo2

他ならぬフランク自身が、ジミー殺害計画においてこの構図に取り込まれている 結婚式出席のためのデトロイト行き、ついでに集金業務だったはずが、いつの間にか親友暗殺のキーパートを担当させられるはめになっている サリー・バグズやチャッキーの参加は当然のように知らされていない

2020-01-27 21:47:16
狂猫病 @kyobyobyo2

「車中の魚」が何を意味しているかは、もう明白だろう 自分の買った魚の名前すら答えられないチャッキーに、サリーは苛立ちを隠さず言う 「理解したいだけだ」 「人に理由を尋ねられたら、説明できるようにしておきたいと思うだろ」

2020-01-27 21:56:37
狂猫病 @kyobyobyo2

フランクはこの会話を真剣に聞くほかない 当然だ 彼は殺害実行のあと自宅に帰り、娘のペギーからまさに「なぜ?」と尋ねられることになる そしてまともな答えを返すことができない 知るべきものを知らず、見るべきものが見えていない愚かしさにおいて、フランクとチャッキーは同等だ

2020-01-27 22:01:05
狂猫病 @kyobyobyo2

サリー自身の死も、その愚かしさによってもたらされる FBIに呼び出されたという重大事実を責任持って組織へ伝えられる人物に話を通しておかなかったがために、あっさりと粛清されてしまう もちろんこれには、指令を出したラッセルの愚かしさによるものも大きい

2020-01-27 22:05:18
狂猫病 @kyobyobyo2

あらゆる陰謀の糸を引いていたラッセルは、いとも簡単に囮捜査の罠にかかって破滅させられる マフィア社会において圧倒的な能力を持つ彼ですら、自分の預かり知らぬところで進行している謀議は知りようがないのだ

2020-01-27 22:09:40
狂猫病 @kyobyobyo2

ジミー・ホッファの愚かしさには、多くの観客がやきもきさせられたことだろう 彼はマフィア組織を利用する立場でありながらマフィアと対立し、挙句の果てには弱みを握っているのはこちらだ、などと居丈高に反り返る なんとか親友を救おうとするフランクにも「そんなことにはならんさ」などと言い放つ

2020-01-27 22:13:22
狂猫病 @kyobyobyo2

登場するマフィアの多くに死亡年月日と死因が示されるのも愚かしさの強調だ 暴力の世界で生きてきた報いとして、彼のほとんどが幸福に天寿を全うすることができていない 数少ない例外もいるようだが、まさに宝くじ並みの幸運だろう

2020-01-27 22:17:17
狂猫病 @kyobyobyo2

暴力社会に本来縁のないはずの、公正公平であるべき判事ですら、この作品内では愚かしく描かれる 盗みを働いたのが明白なフランクに有罪判決を下すどころか、検察側に憤ろしく警告して訴訟を棄却してしまう

2020-01-27 22:20:27
狂猫病 @kyobyobyo2

愚かしさにおいては性別は問われない 父親に暴力を行使させている張本人のジミーを敬愛するペギーの愚かしさについては既に述べた 彼女の幼少期の、ジミーを称える作文発表にはフランクだけでなく観客も皮肉の笑いを浮かべることだろう

2020-01-27 22:23:52
狂猫病 @kyobyobyo2

フランクの妻は肺癌になったのちも、死の寸前まで煙草を吸い続けていたようだ 死がそこにあると心の奥底ではわかっていても、人間は墓穴を掘り続けるのをやめることができない 他にできることといえば、せいぜい立派な棺を買い、埋葬場所を予約しておくぐらいのことだ

2020-01-27 22:28:49
狂猫病 @kyobyobyo2

「アイリッシュマン」の世界は人間の愚かしさで構築されている この悲劇的な作品の結末に清涼感があるのは何故かと、以前に書いた 理由はおそらくこうだ 「愚かしい登場人物たちによって演じられる悲劇は、喜劇にしかなりえない」

2020-01-27 22:31:47
狂猫病 @kyobyobyo2

物語の終盤、フランクは司祭に告解する 彼らは声を揃えて祈る 「We ask you to help us see ourselves as you see us」 (あなたの目に映っているように私達の姿を見せてください)

2020-01-27 22:39:16
狂猫病 @kyobyobyo2

買った魚の名前すら答えられないチャッキーを観客は嗤う 嗤いながら自らのための墓穴を掘り続けていることに、どれほどの人が気がついているのだろうか

2020-01-27 22:45:09