「ドラえもん」の笑いの構造とは?漫画の笑いの手法についての個人的考察

「ドラえもん」の笑いのメカニズムを個人的に分析しました。あくまで個人的な分析なので信憑性は疑わしいです。ご了承下さい
ドラえもん ストーリーテリング 藤子・F・不二雄 笑い 創作論 マンガ
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
「藤子・F・不二雄マンガの、テンポの良さは異常」という話 togetter.com/li/1459489 こちらの記事に触発されて。 過去に個人的に分析した「#ドラえもん の笑いの構造」についてツイートしてみたいと思います。 pic.twitter.com/r5OZ26iLrv
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
この一連のツイートはあくまで「私個人の私的分析」で、全ての事象がそうであるということではなく「単に私がそう思うだけ」です。 全ての笑いがこの理論で説明出来る訳ではないし、合っているかどうかも不明です。信憑性は保証出来ません。 「こういう考え方もある」程度に受け止めて下さい。
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
さて、「笑い」の発生メカニズムに関しては歴史上あらゆる分野で研究が行われていて様々な理論があり、書籍も沢山出版されていますが、それらを全部挙げるのは私にはムリですし概観を挙げるのも面倒なので、手っ取り早く関係のあるものだけ挙げたいと思います。 pic.twitter.com/jRin6UYMZ1
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
本来ならF先生がお好きだった落語を引用出来ればよいのでしょうが、当方落語には全く精通しておりませんのでこのツイートでは触れられません。ご了承下さい。
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
・優越感の理論 ・不一致解決理論 ・ベルクソンの機械理論 漫画の笑いは大抵この三つで説明出来ます。 これ以降「笑い」と書く場合は基本的に作劇における笑いを指します。
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
そもそも「笑う」「笑える」という現象について。 大まかに言えば「ある者がある対象を観察した結果」です。「おかしみ」とか「滑稽」とか言ったりもします。 では「滑稽だ」「おかしいな」という状態は具体的にどういうことなのでしょうか?
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
「おかしい」という言葉には滑稽な意味と「通常の状態と違う=おかしい」という意味があります。 「笑い」のおかしみは、この「通常の状態と違う」ということが大きく関係しています。 pic.twitter.com/uBxMyUDqIp
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「滑稽な状態」というのは『社会的規範の行動から逸脱している状態』と言い換えることが出来ます。 例えば「眼鏡眼鏡……」と眼鏡を探している人の、頭の上に眼鏡がある状態。これはよくある「おかしい状態」ですよね。 pic.twitter.com/yUtKGP4mqo
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【補足】
「社会規範からの逸脱」というのは「反社会的態度」や「非常識な行動」に近いものがあります。
例えば『頭の上に眼鏡を置くことを法律で義務付けられた国の人』から見れば、この状態は何ら「おかしくない」わけです。
おかしみ、笑いの成立には社会規範や常識も関わってきますが、今回の論旨では特に大きな意味は持ちません。
「のび太やジャイアンが非常識な言動を取る」「ひみつ道具によってコミュニティがイレギュラーな状態に陥る」程度のことと捉えて問題ありません。

齋藤 雄志 @Yuusisaitou
このシチュエーションには二者が居ます 「眼鏡を探している人」「それを見てる人」 です。笑いというのは基本的に何かを解釈した時に発生する現象です。「主体と客体の関係」と言い換えることが出来ます。 pic.twitter.com/f0PLYmWJfH
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
このシチュの場合、笑えるのは「見てるほう」だけです。眼鏡を探してる当人にとっては単に切実に困ってる状況です。 一つ目の「優越感の理論」はこの状態のことを指します。笑いは基本的に何かに対して自分が優位に立てている状況だと。「生存本能的な安堵の心理」と関連付ける研究者も居ます。 pic.twitter.com/68KsoeO1R4
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次に「不一致解決理論」ですが、これはわかりやすく言えば「ズレ」です。 何かの状態が、本来想定される状態とズレているそのことに『気づいた時の心理』です。 pic.twitter.com/ur6WMzhtZF
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
これは「物事の展開」と言うことも出来ます。 例えば「眼鏡を探している人」を見てる対象から観察出来る情報が、この画像の情報だけだったら笑えるでしょうか? この状態から察せられるのはただ単に「眼鏡を探して困ってる人」で、特におかしいところはないですよね。 pic.twitter.com/9oAiNqm9ap
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
ところが視野が広がってその人の頭上に眼鏡があることがわかる。灯台下暗しとはこのこと。ここで観察者は「ある疑問が解決する」わけです。 これが「不一致解決理論」です。「ナルホド理論」とでも言っていいかもしれません。プロセス理解の知的な笑いです。 pic.twitter.com/e3g2qHiUhX
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この場合「何がズレているか」というと、「眼鏡を探して地面を探る」という行為と、「でも頭の上にある」という事実がかみ合っていないということ。
この矛盾した現象同士が同居している状態を「おかしい(でも理屈はわかる)」と理解した時に「一致する」
これが「不一致解決」という現象です。

齋藤 雄志 @Yuusisaitou
この例はチャップリンの「悲劇はアップに、喜劇はロングに」も関わっています。 「眼鏡を探している人」という近視眼的情報しか得られない状態は「アップ」で、「頭の上に眼鏡がある」という全体像を見た時が「ロング」です。 笑いには『観察する対象との距離感』も関係してきます。 pic.twitter.com/vxnZehDxzW
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
チャップリンの理論は本来は「カメラが人物に寄ると観客もその人物に感情移入してしまい、当人が悲劇的状況にあると笑えなくなる」という旨のものですが、とりあえずここでは「カメラが引いた状態は笑える」くらいのことと思ってください。
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
更に「ベルクソンの機械理論」の説明を。 哲学者アンリ・ベルクソンが提唱した理論で、カンタンに言えば「ある状況に対して柔軟な発想や行動が取れず、ロボットみたいな行動を取ってる不自然さ」のこと。 例えば「壁にぶつかってるのにひたすら直進するロボ」のような状態です。 pic.twitter.com/HiXM14Qh3l
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
この状態が面白い理由は、「糸の見えた操り人形のような滑稽さ」と表現されることがあります。 これも主体と客体の関係です。何かを観察した時に得られる結果ですね。 「優越感の理論」も「不一致解決理論(ズレ)」も「機械理論」もそれぞれ部分的に被っています。それぞれが補い合っていると。 pic.twitter.com/wDH97Ka4Sk
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
それではドラえもん本編を見ながら分析していきます。 まず、一口に「不一致」と言っても細かなニュアンスがあります。私はそれに自分で名称を付けました。その名称と例を挙げていきます。 「これ同じじゃない?」「被ってない?」と思われる箇所もあるかと思いますが、あくまで個人的な分類ですので。
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
【反語的賛辞】 レトリック用語。「褒めてるようで貶している」というズレのこと。「皮肉」は大体これに当たる pic.twitter.com/ii8H4MkteF
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
【対義結合】 レトリック用語。相反する意味を同居させる手法。自発的に発足するからこそ価値のある「ファンクラブ」を、「製造する」という矛盾(ズレ) のび太の突拍子もない発想に多いですかね。 pic.twitter.com/QMD9IlnxRd
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
【認識の不一致】 あるトピックを真面目に話す両者のズレが笑いを誘う。 「表現の訂正」とも。ツッコミによくある形式ですね。 pic.twitter.com/npKdYL15wp
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
【すれ違い、食い違い】 ベルクソンは「複数系列の干渉によるすれ違いと称した。 劇のなかで、別々の勢力がそれぞれの思惑に沿って違う動きをする。その際のすれ違いや食い違いが、糸の見えたあやつり人形のようで滑稽だと。
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
これは「機械理論」にも相対します。ある属性を持った人物が、定形通りの行動を取って状況に適応出来ないさま。そうした人物達のすれ違いが滑稽さを生む。 ドラえもんではかなりよく使われる手法です。というか大体のコメディにはこの構造が用いられています。
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コメント

さどはらめぐる @M__Sadohara 2020年1月28日
もっとプリミティブな話をすると、ヒトの笑いは「緊張感からの解放」以外には起こりません。これはチンパンジーの表情研究を基にしたお話ですが、チンパンジーの「笑い」の表情は「怒り」「警戒」「威嚇」などの極度の緊張状態のそれに非常に近いのです。なので、ヒトを笑わせるためにはそれがマンガだろうが漫才だろうが表現手段に関係なく「事前に緊張状態を作る」ことが絶対条件となります
さどはらめぐる @M__Sadohara 2020年1月28日
また、「笑い」は現状認識のずれの程度問題を内包します。私たちが「当然」と思っているものからどの程度ズレを生じさせれば「滑稽」になるかは個人差こそあれ、程度によって「滑稽」→「羨望」→「憐憫」と変化することは変わりません。例えば、デブでも少しのデブなら滑稽ですが、その体格を生かして力士など特技として生かせば羨望され、あまりにもデブで健康を崩して死ねば「憐憫」の情を引き起こします。
さどはらめぐる @M__Sadohara 2020年1月28日
つまり、人為的に「笑い」を造るには一定の基準点のようなものが必要になります。芸能界では「一流の芸人は一流の常識人である」という言い方をすることがありますが、この基準点は不変のものではなく、その地域や文化、時代や世相によって絶えず変化するものです。この「空気のようにつかみどころのない」笑いの基準点を絶えず意識できないと、継続的に笑いを引き起こすことはできないのです
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