黄金郷
【ポオ訳詩】「黄金郷」 立派な装備で 勇ましい騎士が 日なたに陰に 長旅のさなか 歌いながら 黄金郷を探しゆく。 ところが年老け―― この騎士も破れかぶれ―― やがて心に影が 射す、どうにも 見当たらぬからだ、 黄金郷なる土地などは。 pic.twitter.com/Ns9HptYD6k
2020-01-23 23:02:39そして力も とうとう尽きたとき ふと出くわす、さすらう影―― 「影よ」と問う 「どこにあるというのか―― この黄金郷なる地は?」 「月詠の 山々を越えて 影の谷をくだり 破れかぶれに駆けるのだ」 とその影は返す―― 「黄金郷を探すというなら!」 (挿絵:エドマンド・デュラック)
2020-01-23 23:14:01(「黄金郷」は1849年発表。前年のカリフォルニア・ゴールドラッシュが背景にあって、ポオもその波に乗りたかったとか、いやこれはポオの文人になるのが諦められない気持ちの表れだとか、色んな説があるそうな……)
2020-01-23 23:19:10不安ノ谷
【ポオ訳詩】「不安ノ谷」 むかし晴々と静かな小谷があった そこに人の住まうことはなし みな信じて戦に出向いたのだ 穏やかな目をした星々が 夜ごと居並ぶ空色の塔から 花畑の上から見守ってくれると 日がなだらりと寝そべる 赤の陽射しのあいだにあっても。 pic.twitter.com/YOoVWkOZKZ
2020-01-25 00:49:50いまは訪う者みな口にする その哀しみの谷では不安になると。 あらゆるものが落ち着かない あらゆるものが空気を乱して ふしぎな黙(しじま)も崩れてしまう。 ああ木をそよがせる風もないのに 木はわななく、霧の群島を 取り巻く凍える海のように!
2020-01-25 00:56:35ああ雲を流す風もないのに 雲はたなびく、不穏な空を そわそわと、朝(あした)から夕べまで、 下には一面の菫が広がり さまざまな人の双眸(まなこ)のよう―― 下では一面の百合がゆれ 名もなき墓の並ぶさなか滴っている!
2020-01-25 01:06:15一面ゆれて――そのかぐわしい葉先から とこしえの雫が露と落ちる。 一面滴り――その華奢な茎から 絶え間ない涙が珠とこぼれる。 (挿絵:エドマンド・デュラック)
2020-01-25 01:10:17(「不安ノ谷」は、「幻影宮」と同じくポオお得意の異界詩のひとつ。1831年初出では「ニーシュの谷」で、遠くなのか近いのかわからないどこかにあってシリア民話に基づくとか縁起があるのですが、推敲で冒頭と結尾をばっさりカット、つかみがたい異界性を強調して改題しました。)
2020-01-25 01:18:18海没都市
【ポオ訳詩】「海没都市」 見よ! 死が玉座に佇んでいる そこは人知れぬひそやかな都市 仄暗い西方の深い窪地にあり 善人悪人聖人極悪人みな 永遠の眠りについている。 その地の神殿宮殿そして塔 (時に蝕まれながら揺るぎない塔!)は われらの知る何とも似ていない。 pic.twitter.com/yp8aMjnKgi
2020-01-25 20:29:46周囲には、上昇気流にも忘れられ なすすべなく空のもと 悒々たる水面が広がっている。 清らかな天空から射す光もなく その街は長らく夜の時のまま、 されど海の蛍が灯りとなり そっと円塔を照らし上げる―― ほのかな灯が頂塔へとふうわっと 円蓋へと――尖塔へと――王の間へと――
2020-01-25 20:46:00寺院へと――廃都然した城壁へと―― 蔦の彫刻と石の花のある 長らく忘れられた影なす憩いの場へと―― そしてあまたの見事な神殿へと、 その小壁の花輪装飾に絡まるのは 月琴、菫、草の蔓。 なすすべなく空のもと 悒々たる水面が広がっている。 そこでは角櫓と影が溶け合い 何もかもが宙に浮かぶかのよう
2020-01-25 20:56:38かたや街に突き出た塔からは 死が巨人のごとく見下ろしている。 がらんの寺院と開け放しの墓地とが 明滅する波間にその口を覗かせる。 だがダイヤの目をした偶像など 豪奢なものはそこに見えぬ―― 華やかな宝石まとう死人もまた 墓から波を招いたりせぬ、 なぜならさざ波では巻き込めぬ、ああ!
2020-01-25 21:09:10その硝子のごとき荒野には―― 凹凸がないから風に乗って はるかなる幸いの海にもゆけず―― 起伏もないから風に乗って なお恐ろしい静寂の海へと行き当れまい。 だが見よ! 空気の乱れを! 波だ――そこには動きがある! あたかも塔がわずかに沈みながら かき分け、ゆるい水流ができるかのよう――
2020-01-25 21:25:25さながら塔頂が天空の薄膜に わずかな穴を作るかのように。 今や波間にはほのかな赤い灯があり―― 時もかすかに浅く息をしている―― そして地鳴りもなくこれから 下へ下へその街が落ちゆく定めでも 地獄はいずれ千の玉座から立ち上がり その都に敬礼してみせよう。 (挿絵:エドマンド・デュラック) pic.twitter.com/2POXRwXKax
2020-01-25 21:36:07(「海没都市」は、昨夜の「不安ノ谷」と対をなす詩。1831年の初出型「滅亡都市」は明らかに聖書にある死海のソドムとゴモラだとわかる筆致ですが、こちらも改稿でカット、場所を不特定にして、巧みに異界詩に作り変えています。)
2020-01-25 21:40:49妖精界
【ポオ訳詩】「妖精界」 仄暗い谷――影なす湖―― そして靄のかかったような森―― 捉えがたいそのかたち、それも あちこち露や雫にまみれているから。 大きな月が幾つもそこでは満ち欠け―― くり――かえし――くりかえし―― 夜のひと刹那ごと―― とこしえに変転する地―― pic.twitter.com/jSQbvDfPbE
2020-01-26 23:56:00そこでは星影さえも消えてしまう 青白い顔した月たちの吐く息のために。 月時計にして十二のころ 他より朧(おぼろ)なものひとつが (畢竟するにそのひとつが 最適なものだとわかるのだが) 降りてくる――静かに――下へと その中心を、突き出た山の 頂上に合わせながら、
2020-01-27 00:09:24さなか、その周辺が広く ふわりゆるりと覆われていく そこここの村落も丘々も どこであろうと―― 未踏の森も――水面も―― 羽ばたいている精霊たちも―― まどろんでいるものたちもみな―― すっかり包み込まれてしまうのだ 光の迷宮のなかへと――
2020-01-27 00:41:04すると、何とも深く! おお深く! そのあふれる眠気へと。 あくる朝、みなが目覚めると その月影の覆いは 天空へと浮かび上がり 勢い増してつむじ風も巻き起こる。 その月はもう二度と同じ 用途に使われることはない―― すなわち天幕には―― どうも途方もない大天幕だが。
2020-01-27 00:54:08ともあれ月から剥がれた粉が 雨のように降り注いでゆく さながら月の欠片でできた蝶の群れ 地にあって天空に焦がれながら またも降り落ちてゆき (けして想いの叶わぬものたち!) 破片をひとつ運んでくる その震える翼に乗せて。 (挿絵:エドマンド・デュラック)
2020-01-27 01:16:18(「妖精界」は1829年発表。1831年に改稿版がありますが平凡な恋の歌になってしまって本人も破棄。ほぼ初出型に近いものが復活して詩集に再録されました。)
2020-01-27 01:32:02