映画『アイリッシュマン』狂猫病による感想&解説その3 隠された重要人物(ネタバレ有り)

マーティン・スコセッシ監督作品『アイリッシュマン』についてのレビューです。 作品のポイント、構成などについて解説しています。 今回は、とある隠れ重要キャラクターについて、主人公フランクの性格とともに掘り下げます。  ※大いにネタバレを含みますので未見の方は注意
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狂猫病 @kyobyobyo2

マーティン・スコセッシは『アイリッシュマン』制作について「とにかくキャラクターの邪魔をしないようにした」と語った 本作はストーリー先行型の物語ではなく、キャラクターそのものが主題となる作品だ キャラクターを描くためにすべてのストーリーが作られている、と言ってもいい

2020-01-29 22:26:25
狂猫病 @kyobyobyo2

キャラクターを描くとは、キャラクターの変化を描くことだ 本作中で最も大きな変化を遂げる人物は誰か? もちろん主人公のフランク・シーランだ 「アイリッシュマン」のストーリーは、フランクの劇的な変化を観客に伝えるために構築されている

2020-01-29 22:30:01
狂猫病 @kyobyobyo2

つまりストーリーの構造を読み解くことで、フランクの変化を読み解くことができる ストーリーの構造を解析する上で最も有用なツールは「三幕構成」だ これにしたがって物語を分解することで、作品の全体像を俯瞰することが可能になる (参考)三幕構成 - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89…

2020-01-29 22:35:51
狂猫病 @kyobyobyo2

まずは作品を三幕に分解する 解釈によって諸説あるだろうが、とりあえず以下のように分けた ①第一幕:老人ホームのオープニング(0分) ~ ボウリング場でのフランクとラッセル一家(46分) ②第二幕:ジミー・ホッファからの電話(46分) ~ ジミーの遺体の焼却(175分)

2020-01-29 22:42:08
狂猫病 @kyobyobyo2

③第三幕:フランクの公判(175分) ~ 老人ホーム自室でのエンディング(199分) それぞれの章で語られる内容は次の通り ①フランクは何者であるか ②ジミーにまつわるフランクの葛藤 ③フランクが何者に変化したのか

2020-01-29 22:46:46
狂猫病 @kyobyobyo2

三幕構成の分割を以下のように修正 ①第一幕:老人ホームのオープニング(0分) ~ ボウリング場でのフランクとラッセル一家(46分) ②第二幕:ジミー・ホッファからの電話(46分) ~ 洗車場でのフランク(180分)

2020-01-30 21:27:04
狂猫病 @kyobyobyo2

③第三幕:刑務所でのボッチャに興じるフランクとラッセル(180分) ~ 老人ホーム自室でのエンディング(199分) こちらのほうが、ボウリング場のシーンとボッチャのシーンで対比になっていてわかりやすい

2020-01-30 21:28:57
狂猫病 @kyobyobyo2

ちなみに境目となるシーンには前後どちらの幕に入れるべきなのか微妙なものもあるが、大まかに解釈する上ではあまり問題ではない 重要なのは、「ジミー・ホッファに関する葛藤を通じ、主人公フランク・シーランが大きくその性質を変化させた」という物語構造を理解することだ

2020-01-29 22:51:09
狂猫病 @kyobyobyo2

そして三幕構成で物語を分解する上で大事なのが、しっかりと「ミッドポイント」を見定めることだ 「ミッドポイント」は物語の中間点、折返し地点である ストーリーを放物線としてイメージした際の頂点、つまり上昇が終わり、加速しながらの下降に移るタイミングと言っていい

2020-01-29 22:56:24
狂猫病 @kyobyobyo2

『アイリッシュマン』のミッドポイントは、「フランクによるジョーイ・ギャロ殺害」だ これは意外に聞こえるだろうか ジョーイは第二幕の重要要素であるジミーに一切絡まず、ストーリーにおいても登場した直後すぐに退場してしまうキャラクターでしかない

2020-01-29 23:02:08
狂猫病 @kyobyobyo2

しかしこのジョーイ・ギャロという人物の役割と、主人公フランクが彼を殺害した事件の真意、この両方を読み解くことが『アイリッシュマン』という作品の重要なテーマを炙り出す手がかりとなる だがまずは、フランクの性格を分析することからだ

2020-01-29 23:12:54
狂猫病 @kyobyobyo2

フランクの最も特異な性格、その「二面性」には多くの観客が気づいていることだろう 日常的に柔和な笑顔と穏健な物腰といった印象の彼には、全く別の顔がある 暴力の行使に一切のためらいを見せない、職人的な「ペンキ塗り」としての顔だ

2020-01-29 23:22:53
狂猫病 @kyobyobyo2

この二面性の解釈は、マフィア映画というジャンルを見慣れている人間であればそれほど難しいものではないだろう マイケル・コルレオーネの「ファミリーを侮辱することは許さん」という台詞に代表される、「内と外」への顔の使い分けだ

2020-01-29 23:29:05
狂猫病 @kyobyobyo2

フランクは、自分が属するコミュニティの内側にいる人間に対しては常に穏やかに接する 家族を激しく叱責したり体罰をくわえたりすることはなく、友人や同僚には笑顔を絶やさず言い争いは避ける 揉め事をなんとか丸く収めようと真っ先に仲裁に入る姿は、作中で幾度も目にすることができる

2020-01-29 23:34:36
狂猫病 @kyobyobyo2

外部に対しては、まず自分の仕事としての暴力の行使を坦々と行う姿が目に浮かぶだろう 無用な気負いや虚勢はフランクには必要ない 職人として、冷静な判断と技術が先に立っている しかし、激する場面が全く無いわけではない

2020-01-29 23:40:33
狂猫病 @kyobyobyo2

属するコミュニティを攻撃された場合の反撃や怒りは強烈だ 食料品店の店主は、過失で商品を荒らしてしまったペギーを小突いただけで、顔面を蹴り上げられ、手を踏み潰された 兄を当選させた恩を忘れてマフィアを追及したロバート・ケネディには珍しく口汚く罵っている

2020-01-29 23:46:46
狂猫病 @kyobyobyo2

親友のジミーであっても、家族への侮辱は許容しがたいようだ 「マザーファッカー」という悪態をジミーが二度にわたって吐いた際には、憤慨のあまり退室している お前が悪罵の対象になるわけがない、と必死に釈明するジミーにフランクは、ならばそう言え、他の連中と一緒にするなと怒りが収まらなかった

2020-01-29 23:52:42
狂猫病 @kyobyobyo2

そして身内を売る「ネズミ」にも嫌悪を隠さない 盗みの共犯を決して吐こうとはしなかったことからわかるように、これは物語以前からのフランクの信条であるようだ ウォーターゲート事件で訴追を免れるために仲間を売ったジョン・ディーンに対しても、明らかに冷淡だ

2020-01-30 00:01:41
狂猫病 @kyobyobyo2

ちなみにこうした「内と外」での態度の違いというのは、前妻との離婚の原因になった可能性がかなり高い フランクは前妻に暴力を振るうことは決してなかったろうが、近所での評判は最悪で家族への風当たりも強かっただろう 新妻リーニーに出会った頃には夫婦仲が冷めきっていたことが予想できる

2020-01-30 00:05:15
狂猫病 @kyobyobyo2

さて、ジョーイ・ギャロに話を戻そう 作中で彼の背景に対する説明は最小限のものでしかないが、スローモーション映像も利用した非常にスタイリッシュな技術をスコセッシは駆使している ジョーイは、主筋にあたるマフィア幹部を誘拐したのみならず、その後を引き継いだボスを黒人に射殺させた男なのだ

2020-01-30 00:13:49
狂猫病 @kyobyobyo2

このシーン、言葉による説明がほとんどされていないので背景の理解は非常に難しい スローで頭部を銃撃されているのはジョゼフ・コロンボ、裏切り者のジョーイ一派と激しく抗争しつつ、イタリア系への公民権運動を盛んに行っていた人物だ この運動のバッジを作中で付けているのが、ラッセルである

2020-01-30 00:19:00
狂猫病 @kyobyobyo2

ラッセルはシチリア出身、これはコロンボとジョーイの主筋であるジョゼフ・プロファチの出身と重なっている つまり同郷であるプロファチの跡目を継いだコロンボの公民権運動を、ラッセルは支援していたということだ 策謀家のラッセルにとっては、表での評判も重要だったということもあるだろう

2020-01-30 00:22:55
狂猫病 @kyobyobyo2

ラッセルがジョーイに苦々しい視線を向けていた理由、ジョーイがラッセルのバッジにケチをつけた理由がこれでわかるだろう ラッセルの苦々しさは、フランクも共有しているはずだ 独白の端々にもそれは表れている

2020-01-30 00:25:25
狂猫病 @kyobyobyo2

ジョーイは凶暴な男として知られ、世間からは「クレイジー・ジョー」とも呼ばれていた ジョーイが手にかけた人間の数は40にも及ぶという つまり彼もまた、フランクと同じように優れた「ペンキ塗り」職人なのだ

2020-01-30 00:31:19
狂猫病 @kyobyobyo2

優れた「ペンキ塗り」にして、勢力拡大の野望を隠さず、必要ならば身内にまで手をかけることを厭わぬ男、それが「クレイジー・ジョー」だ 伝統的なマフィアの仁義の世界で生きてきた、物静かなフランクと完全に対になっているのが見えてきただろうか

2020-01-30 00:35:38