読点の多寡が文章の読みやすさ/見栄えに与える影響って?

杉江松恋が読点に関する自分ルールをツイートしてみたら、いろいろな方が反応してくださった(もしかすると関係ないツイートも混ざっているかも。そうしたらごめんなさい)。おもしろいので、基本的に、発言者別で、まとめてみる。ツイートでも書いたけど私自身は読点を減らしたいという欲求があって普段は少なめの文章を書いています。編集に関して何か問題があったら@from41tohomaniaに連絡ください。
人文 文章
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杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
@Schunag 山下洋輔が童謡を演奏した曲がありますね。「ウミハアラウミム・コウハサドヨ」と切れ目を故意にずらして予想外の昂揚感をもたらすやつ。ああいうことを文章を書くときにやるとおもしろいのではないかな、と思うのです。リズムで刻むだけだと、ちょっと物足りないときなどに。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
文章における「ブレス」が「読点」なのだけど、これを読み取りの指標として使う場合と、意味上の区切りだけを示す場合と、音読のための区切りで使う場合がある。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
読み取りの指標というのはそこで区切りがないと誤読の可能性があるとき。「母ははらはらしながら見守っていた」みたいな文章に、「母は」、「はらはらしながら見守っていた」と読点を入れる場合。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
意味上の区切りというのは、「~の」などで連なる文章を、細かく分節するためのもの。「父の形見の彫刻の施された小箱」は「父の形見の」、「彫刻の施された小箱」に切らないと文節が連なりすぎる(いや、そんな文章を書いちゃダメだけど)。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
音読のための区切りというのは、文字通りそこで筆者がブレスをしているのだろうな、と思わせるような読点で、故・都筑道夫はそういう用途で使っていたように思う。意味上のものと考えると、頻繁すぎるのである。たぶ読点で、自分のリズムを、こしらえていた、のだと思う。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
私は「できるなら読点を使いたくない派」なので校正者からよく読点を補われる(この一文でカギカッコの後を「なので」にしたのは「で」で受けると読点が必要な気がしたからである)。数年前までは非常にこだわっていて、意味上に必要にならない限り読点を絶対に使わなかった。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
それは日本語が漢字とひらがなとカタカナで構成されているという特性を巧く利用すれば敢えて読点を打たなくても読解には支障がないと思っていたからである。読点で導かなければ誤読される文章は未熟なのではないか。そういう思いもあった(今も読点を使わないためにあえて句点を打った)。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
今は以前ほどのこだわりはなく、必要に応じて読点を打つようにしている。あまり肩肘を張らずに、読点まあよし、という態度に鞍替えしたのである。そのうちまた変わるかもしれない。今のところは一回りして普通の文章に戻してある。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania
横書きと縦書きの違いが影響している可能性もある。横書きで日本語の文章を書いた場合、読点を補わないと読みにくいような気がするのだが、どうだろう。同じ分量の文章を縦にしてみると不思議と気にならない、ということがあるのだ。最近は自分の文章が横書き表記されることが増えた。
米光一成noteで表現道場マガジン @yonemitsu
読点のツイート @from41tohomania に共感。ぼくもできる限り読点をうちたくない派。というかいつも読点のためだけにする推敲で読点の位置を全部修正する。修正していやこれは規則通りすぎるからちょっと油断したふうにここに読点入れようとかやる。もうちょっと気楽に書けよ俺。
米光一成noteで表現道場マガジン @yonemitsu
そして最近また読点を消す方向に揺れてるのはWEB上で文章を書くことが多いからでWEBってユーザーによってレイアウト変わるため読点を使うことで文字組がへんになること多発なので読点どころか句点も使いたくなるという罠。
米光一成noteで表現道場マガジン @yonemitsu
だが、しかし読点がないものも読みにくい感じがするのでそれをしても文字組が壊れないであろう文章の前半には読点をうつというのがへんなクセになってたりするのだけど読点どころか文章の組み立ても変わってきちゃうという罠。罠じゃないか。
米光一成noteで表現道場マガジン @yonemitsu
改行と一行空きの使い方が全く変わったWEBのおかげで。
米光一成noteで表現道場マガジン @yonemitsu
読点がなくても誤読しない文章を書くべきだと思っているので、誤読を避けるための読点を打つぐらいなら文章を書き直します俺は。というのが前提もしくは理想として、ある。
米光一成noteで表現道場マガジン @yonemitsu
ああなんかもうリフローにあわせた新しい記入ルールを作ってもいいよねぇ。 @wakufactory
OE Waku 𛄊𛀬 @wakufactory
@yonemitsu スペースを 読点より 頻度を 高くいれれば 英文のように スペース調整での 文字組が 美しく できるかも。
OE Waku 𛄊𛀬 @wakufactory
リフロー時代の 日本語表記として 読点を使わず かな漢字混じりを スペースで 分かち書き するというのは どうか。スペースを 行送りとかの 基準にする。 #denshi
OE Waku 𛄊𛀬 @wakufactory
@yonemitsu 日本語は 改行できる 場所が そもそも わからないから スペースで それを 明示的に 指定するのは どうかと おもったんですが なんか たどたどしい 文章に みえるだけ かも。
OGAWA Miki @miki_mo
@yonemitsu たしかに新しい表記法 or 気にするな or 読点つかわなくてもわかる文章っていう結論になりますね。ぼくもひらがな連続には抵抗があるので、読点に頼りたいんですが…。 こだわれば、画像データとかPDFみたいにリフローじゃないものを組み合わせたりとかはありそう。
OGAWA Miki @miki_mo
@yonemitsu なるほど。正直そういった枠組みとかシステムの話はつらいので、放置します^^; 読点使わなくてもわかる文章、というのは面白そうなので、機会があればブログとかで挑戦してみます。Twitterにもさりげなく混ぜたりとか!
千街晶之 @sengaiakiyuki
@from41tohomania 横書きと縦書きの差は意識したことがありませんが、一行が何文字かによって読点を増減することはあります。一行の字数が多い時は読点を入れた方が読みやすくなる印象があるので(字数が少ない場合、改行そのものが読点の代わりの役目を果たしているというか)。
大矢博子 @ohyeah1101
@from41tohomania 読点の位置は意味のみならずレイアウトによっても、或いは効果を狙うためにも色々考えます。が、まえに読点の位置を変えられてゲラが出てきたことがあり(ゲラに朱ではなく既に変えたものでゲラが出てきた)、そのとき初めて編集さんに「抗議の電話」をしました。
大矢博子 @ohyeah1101
@sengaiakiyuki @from41tohomania 1行の文字数が少ないときは、その媒体の禁則処理が追い出しなのかぶらさがりなのかによって見た感じが大きく変わってくるので気を使います。版元の内規で漢字がひらかれてしまって、そこから後ろの見た目が予想外に崩れた経験がw
@omugikomugi
@from41tohomania 以前、高村薫さんに、新聞の12字折り返しは句読点と改行を増やし、日本語を破壊すると叱られて何も言い返せなかった。最低でも15字、理想は25字以上の折り返しだろうと私も思う。
@omugikomugi
新聞掲載の文章をそのまんま単行本化すると、ページの下半分が真っ白になる。
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コメント

キリギリスおじさん @ikariharu 2011年6月9日
「日本語の作文技術」はよかった
Jose @longopenroads 2011年6月9日
意味の連続性を分断するような読点の使用に出会うと読む気が失せますね。台本の読点がおかしいのか、テレビのナレーションなんかでも妙な区切りが気になることがあります。音読が上手な人は構文に対する意識も高いのではないでしょうか。
@nososuba 2011年6月10日
音と意味が連動すれば良いんですけど、難しいですよね。読点で思い出すのは須賀敦子さん。この人の書く文章は本当に読点だらけで、せっかちな僕には読みづらいのだけど、落ち着いた時に眺めると非常に味わい深い。
汀こるもの@五位鷺の姫君 @korumono 2011年6月10日
読点かあ。ネットでは好きなように打ってるけど縦書き小説ではなるべく減らす。若い登場人物の早口さを表現したくて。また俺はリズムを重視して一見変なところで文章を切るため、校閲さんによく句読点を補われてしまう。
汀こるもの@五位鷺の姫君 @korumono 2011年6月10日
バイトで書いている小説以外の文章は、最終的に文字じゃなくて音になるので読みやすさ重視で読点多め。随分違う。それに「縦書きじゃない小説」「普段あんまり本を読まない人向け」も読点多めにしてみた。
汀こるもの@五位鷺の姫君 @korumono 2011年6月10日
うーん。リーダビリティ重視だと他にも、「なるべくひらがなに開く」から「読者層のボキャブラリーを考慮」まで入るからなあ。語り出すときりがなくなる予感!
Jose @longopenroads 2011年6月10日
日本語の文章で句読点を使用するようになってから現在まで、だいたい150年くらいでしょうか。詩歌なんかだと改行や連の切り替え、スペースによる区切りといったものをガシガシ使えるので、そのぶん読点も句点も少なくなる傾向ですね。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania 2011年6月10日
二次的なレスポンスと見られるものまで含めてかなり追加。思ったよりも読点打たない派が多く見えるが、元のまとめをそういう傾向の人間が書いたからだと思う。
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2011年6月10日
ネットでは極力入れず、報告文書ではちょいちょい入れる感じかなぁ。個人的には、読まれる状況というか社会的文脈によっても意味合いが違ってきますね>読点
Akira MIYAMOTO @boyasan 2011年6月10日
分かち書きとか漢字をへらすとかはずっと意識してるけど、「読点なくても読みやすい」ていう視点は持ったことなかったなあ~ 横書きの場合の行の高さ(のことなんていうんだったっけ?)の詰まり具合にもよるし、文章をIAとして考えると、作文技術で補うのは難しい気がするな
kiriake😑 @kiriake 2011年6月10日
いつも句読点を打つような文章を書くけど、どこで打つのかっていうのは気にしたことがないなぁ。まぁ自分なりのルールみたいなものはあるんだろうけど、そこまで意識したことはなかった。面白い。
杉江松恋 新刊『博麗霊夢、お大事に』 @from41tohomania 2011年6月11日
もうちょっと追加してみました。「過呼吸か」で笑った。
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2011年6月11日
句読点入んないと気持ち悪いってのは分からないでもないけど、これは完全に生理なので入れない人・スペースのみの人も気にならんです※個人的感想です
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2011年6月11日
特にふたば・したらばみたいな掲示板文化出身の人は句読点使わない傾向が強い気がするなー※個人的印象です
@nososuba 2011年6月12日
「読点とリズム」の話について。読点で具体的には「コンマ何秒」の停止を想定しているのか、或いは「コンマ何秒以上」なら読点を打つに値すると考えているのか。この辺はちょっと気になるところではあります。
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