村上隆「黒田清輝へのオマージュ」

美術評論家である椹木野衣が村上隆の「黒田清輝へのオマージュ」を絶賛。それに対し@qualquelle氏が呟いたまとめ。
アート
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RT @noieu: 村上隆「黒田清輝へのオマージュ。」展(カイカイキキ・ギャラリー)より離脱。傑作! そして問題作。ロンドン、ガゴシアンでの展示を目前に9日、10日限定の緊急展示。必見。
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QT @noieu: スーパーフラットが「奇想の系譜」とアニメ絵の接続だとしたら今回は「洋画=ヌード」への変換。しかも日本画の修復技術でフィニッシュして海外に出すというアクロバット!
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RT @noieu: そのフラットさがどの角度から見ても完璧。すごい代物ですよ。大変な渦中に日本で見ることができるチャンスを作ってくれて、本当に感謝です。QT @takashipom: @noieu 結局はスーパーフラット的なる落としどころ、というのが、村上隆という設定なんだなと
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RT @noieu: とにかくこれは急いで見に走った方がいいよ、19時まで。
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RT @noieu: 村上隆 @takashipom はこの「黒田清輝へのオマージュ。」で、近代における日本画と洋画の分裂をオタク文化を芯に再統合し、しかもそれをアートとして西欧近代に送り返すという「4種混合画」を、驚くほど高い次元で完成させている。
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RT @noieu: かつて藤田嗣治はエコール・ド・パリの時代に世界の頂点をきわめたが、その原動力となったのは自力で編み出した真の意味での「日本画」(=領域的には近代以前の日本美術と西洋画の統合、技法的には墨絵と油画の統合)だった。
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QT @noieu: 村上隆「黒田清輝へのオマージュ。」と藤田嗣治「五人の裸婦」(1923)を比較したとき、前者は実に4種(日本画、洋画、アート、オタク)を包含して尚、工芸品のような精緻に達している。 これが真の意味での「日本画」なのではないか。偉業だ。
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椹木野衣の村上隆への熱烈な賛辞は相当に粗雑であって、日本近代美術史への無知も疑われる。後刻コメントしたい。
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村上隆『黒田清輝へのオマージュ。「智・感・情」』http://gallery-kaikaikiki.com/2011/06/notice20110606/
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先ずは黒田清輝『智・感・情』を良く見よう。椹木野衣 @noieu が絶賛する村上隆 @takashipom の作品は、実は黒田の達成を極めて素朴になぞったものでしかない。1899年の黒田作品は、それだけアヴァンギャルドであり、多義的なものであった。幾つかの基礎知識を抑えたい。
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『智・感・情』の裸婦たちがくっきりした輪郭線で象られている事は、明らかに東洋絵画(鉄線描)を意識していた。金地(箔地とも言われる)という緊密かつ平滑な下地への油彩の試みも、同じく東洋絵画の平面性と装飾性の大胆な導入であり、以上の2点は藤田嗣治を遥かに先取りしていたと言って良い。
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裸婦3人が横に並ぶのは仏教美術の三尊形式を踏まえているが、その一々が寓意像であって、西洋絵画の格率にも則っている。
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『時事新報』明治30年12月12日の記事には、「智、感、情の文字は少しく当字に似たる、当初画家の三派なる理想、印象、写実の意を表さんとして筆を執りたるものに外ならず」という黒田のコメントが見える。
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即ち、「智」はidealisme(≒新古典主義)、「情」はrealisme(写実主義)、「感」はimpressionnisme(印象主義)という見立て。
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私見ながら、黒田はアルフレッド・バーJrに先立って、西洋美術史を段階発展論に沿って寓意し、前二者の止揚形態としての「感」を中央(本尊)に据え、この新段階に日本美術の文脈において参与しようという野心を表明しているのではないか。
qual quelle @qualquelle
だから、椹木の言う「日本画と洋画の統合」だとか、「墨絵と油画の統合」とかいうのは、村上作品を透かして黒田作品を見ているのでしかないと思う。
qual quelle @qualquelle
ついでに言えば、「オタク文化を芯に」というローカリティの問題も、「日本人が油彩画を描く事」「日本女性の裸体を描く事」の滑稽さを過激さに折り返した事で、既に黒田が実現したものを出てはいないと考える。
qual quelle @qualquelle
黒田清輝『智・感・情』は、1900年パリ万博に出品され、銀賞という高位の賞を受けている。日本の油彩画として最も早い時期に、最も高い国際的な評価を得た作品である事も特筆されるべきであろう。
qual quelle @qualquelle
『智・感・情』に関しては、三輪秀夫「黒田清輝筆『智・感・情』をめぐって」『美術研究』328号(1984)、若桑みどり 『隠された視線』(1997)、高階絵里加『異界の海』(2000)の三著が重要、かつ極めて面白い。
qual quelle @qualquelle
いわゆる「現代美術」よりも、日本近代美術史の方がよほどラディカルであると思う。
qual quelle @qualquelle
そんな訳で、村上のやった事は、黒田への「オマージュ」というようなものではなく、一世紀を隔てての「援用」に過ぎず、せいぜいChim↑Pom程度のものでしかない。
qual quelle @qualquelle
そこまで村上が無邪気ではないとしたら、むしろ「盗用」であり、婦女幼童の無知につけ込んでの「詐術」という事だろうか。ならばシミュレーショニズムここに極まるだが。
qual quelle @qualquelle
今回の村上作品は、椹木の言う「真の意味」ならぬ「ただの意味」での「日本画」でしかない。それは村上の「日本回帰」(自閉化)を示すものであって、恐らく今後の彼は凱旋帰国後の藤田嗣治と同様に、一種の「戦争画」へと向うだろう。そこで実現されるであろう異様にこそ、僕は期待する。
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