小林多喜二の死亡記事(第5版)

2015年に作成したまとめの第5版。例によって、小林多喜二の死亡記事などをまとめてみた。1933(昭和8)当時の人々も、多喜二の死に不審な点があることを新聞記事から読み取るのは可能であったと思われる。
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凡例

・テキスト引用の際に旧字旧仮名を新字新仮名に改め、送り仮名を適宜補った。傍点は省略した。
・強調のため、フォントのサイズと色を変更した箇所がある。
・小林多喜二が虐殺された1933(昭和8)年当時、新聞の夕刊は日付が翌日付だった。よって、同じ日付であれば朝刊よりも夕刊が先に発行されたことになる。

まとめ 小林多喜二の死亡記事 小林多喜二の死亡記事などをまとめてみた。時事新報や赤旗の記事を読みたい方はこちらのサイトを参照→http://roudouundoumeiji.com/rekisi-13.html 21517 pv 191 79 users 37
まとめ 小林多喜二の死亡記事(新版) 先日作成したまとめ(togetter.com/li/780127 )の新版である。 4732 pv 48 2 users 5
まとめ 小林多喜二の死亡記事(第3版) 昨年作成したまとめの第3版。 15858 pv 193 48 users 87
まとめ 小林多喜二の死亡記事(第4版) おととしに作ったまとめの第4版。 3996 pv 18

多喜二死す

1933年2月20日、小林多喜二は特高警察に逮捕され、3時間に及ぶ警察の拷問により同日死去。多喜二の死は、翌21日に新聞やラジオで報道された。公式発表では、死因は「心臓麻痺」であった。

谷山義彦 @jemappellety

「小林多喜二氏築地署で急逝 該当連絡中捕らわる」(『東京朝日新聞』1933年2月22日付夕刊2面)。「築地署で急逝」ではなく「築地署での拷問により急逝」が正しい。 pic.twitter.com/d3uGZD8dTE

2020-02-20 12:16:33
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谷山義彦 @jemappellety

「プロ作家の驍将小林多喜二氏怪死 街頭検挙後心臓麻痺」(『時事新報』1933年2月22日付夕刊2面)。時事新報も心臓麻痺で亡くなったと報じているものの、見出しが「怪死」になっている点が興味深い。 pic.twitter.com/WHwCONWZXJ

2020-02-21 14:12:51
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「プロ作家」は「プロレタリア作家」の略で、「驍将」は「ぎょうしょう」と読む。

谷山義彦 @jemappellety

「プロ文壇の小林(多喜二)氏また警察で急死 きのう山王で街頭連絡中築地署で捕まった許り」(『報知新聞』1933年2月22日付夕刊2面)。見出しの「また」が意味するものは何であろうか。 pic.twitter.com/9WQ9wSMspw

2020-02-20 12:46:51
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許り=ばかり。報知新聞の記者は、岩田義道(前年の1932年、警察の拷問により虐殺)に続いて多喜二もまた急死した、と伝えたかったのか。

谷山義彦 @jemappellety

「プロ作家小林多喜二氏検挙されて急死 赤坂で街頭連絡中捕らわれ取り調べ中心臓麻痺」(『都新聞』1933年2月22日付朝刊13面)。警察幹部による詳細な談話が載っている。事前に口裏を合わせたと思われる。 pic.twitter.com/vmDOSI2YDX

2020-02-20 13:22:24
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以上の4紙と国民新聞と中外商業新報は、見出しと本文に敬称が付いている。国民と中外の記事を読みたい方は、第4版を参照。

谷山義彦 @jemappellety

「格闘して逮捕され小林多喜二氏急死」(『読売新聞』1933年2月22日付夕刊2面)。 pic.twitter.com/ZGC5dQtjFe

2020-02-20 12:37:06
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上の読売新聞の記事は見出しに敬称が付いているが、本文は敬称が付いている箇所とそうでない箇所がある。

谷山義彦 @jemappellety

「共産党再建活躍のプロ作家小林急死 街頭連絡中捕らわれ心臓麻痺」(『東京日日新聞』1933年2月22日付夕刊2面)。他紙と異なり、東日には見出しと本文に敬称が付いていない。 pic.twitter.com/NYtwrPAgVl

2020-02-21 12:00:52
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谷山義彦 @jemappellety

おまけ。赤旗の記事を読みたい方は、以下のサイトを参照。roudouundoumeiji.com/rekisi-13.html

2020-02-21 14:44:27

多喜二死してなおも弾圧さる

小林多喜二の通夜と告別式、そして追悼集会「労農葬」などの様子を伝える記事を引用する。

谷山義彦 @jemappellety

「変わり果てた我が子と老母・涙の対面 故小林氏へ同志が通夜」(『読売新聞』1933年2月22日付朝刊7面)。小林多喜二の遺体は母セキや仲間の大宅壮一らが引き取り、21日に自宅で通夜が行われた。 pic.twitter.com/dzzsFWq5BW

2020-02-20 13:46:18
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谷山義彦 @jemappellety

「死骸に縋って嘆く母親」(『都新聞』1933年2月22日付朝刊13面)。小林多喜二の母セキが、息子の遺体に「抱きついて半狂乱の如く泣き悲しみ、数回卒倒した」ことを伝えている。 pic.twitter.com/GnVgKmz0Ng

2020-02-20 13:53:35
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セキが多喜二の遺体を抱きしめる写真が遺されている。『新潮日本文学アルバム 小林多喜二』(新潮社)を参照。

谷山義彦 @jemappellety

「老母半狂乱 病院で涙の対面」(『東京朝日新聞』1933年2月22日付朝刊11面)。小林多喜二は「母思いだった」との由。 pic.twitter.com/lhyXDAb9P1

2020-02-20 13:59:23
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先に引用した時事新報の記事に載っている大宅壮一の談話や1933年2月22日付の報知新聞朝刊の記事(7面。画像は省略)と合わせて読む限りでは、多喜二が母思いだったことは広く知られていたのであろう。

谷山義彦 @jemappellety

「相次ぐ急死事件 左翼に大衝動 小林多喜二問題に作家同盟警察側に抗議せん」(『東京朝日新聞』1933年2月22日付朝刊11面)。多喜二の死がプロレタリア作家の陣営に大きな衝撃を与えたことが窺われる。 pic.twitter.com/iwdcNQGGnJ

2020-02-20 14:17:27
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上の記事本文に「(多喜二の)死因に官憲の暴行うんぬんの説がある」と書かれている。

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コメント

kusano @t_kusano 2020年2月21日
公務員が「おまえの考え方がけしからん」と言って殺してしまうなんて、とても文明国のやることとは思えない。日本もほんの少し前まではこんな未開の野蛮なところだったんだねえ。
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かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2020年2月21日
しれっと「手当の甲斐がなくて残念」とか言ってて普通にクソだな。
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海◆eoxyl9RE @umi_eoxyl9RE 2020年2月21日
小学校の漫画日本史の近代には小林多喜二獄死はだいたい載ってたけど、最近はどうなんだろうな。
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フルバ @furubakou1 2020年2月23日
イブセマスジィイイイイ!
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谷山義彦 @jemappellety 2020年2月29日
まとめを更新。解説文に加筆をした。読み取る→新聞記事から読み取る
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