アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』1期 「ふたりの主人公」による秀逸なストーリーを分析&解説(ネタバレ有り)
- kyobyobyo2
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アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』1期のふたりの主人公、常守朱と狡噛慎也はどのようにストーリーを駆動させていたのか? 優れた近未来アクションであり、警察ものであり、ディストピアものでもある本作の、「バディもの」としての側面から物語の構造を分析してみる
2020-02-24 22:36:13魅力的なふたりの主人公について掘り下げる前に、ストーリーの全体像を把握しておきたい 今回は『新編集版』ではなく、全22話で構成されるオリジナル版で話を進める まずは例によって三幕構成を使い、1エピソードを1単位としてシリーズ全体を分解してみよう
2020-02-24 22:41:47第一幕:1話『犯罪係数』~8話『あとは、沈黙。』 第二幕:9話『楽園の果実』~18話『水に書いた約束』 第三幕:19話『透明な影』~22話『完璧な世界』 第一幕については2話『成しうる者』までとする解釈も有力だが、ED曲の導入の変化、箸休め的なエピソードの配置から、こちらの説を推したい
2020-02-24 22:49:49第一幕は、主人公ふたりに加え公安局の各キャラクターと舞台設定の描写に重点が置かれる 朱の配属初日の事件、ドローン事件、アバター事件、学園事件と、小事件の解決を繰り返す、伝統的な警察ものにありがちな連作短編的な構成だ 巧みなのは各事件の背景に、悪役槙島聖護の影を配置していることだ
2020-02-24 22:57:53槇島は朱と狡噛に次ぐ1期の重要キャラであり、この登場が遅れてしまうと視聴者はその存在に唐突感を抱くことになる 各事件の黒幕として、シリーズを通した悪役である槇島の紹介を無理なく組み込んだ構成は、定番ながら非常に高いストーリーテリングの技術を感じさせるものだ
2020-02-24 23:02:45導入としての第一幕では、主人公ふたりの抱えている問題点についても当然触れられることになる この問題点が、第二幕を構成する主要な葛藤の芽となり、第三幕で一気に解決されるクライマックスへと繋がることになる まずはクレジットの順位も先である「表の主人公」狡噛から見ていこう
2020-02-24 23:07:50元監視官の過去をもつ狡噛の問題点は、自らが執行官へと身を落とす原因でもある、部下・佐々山の殺害事件「標本事件」に関するトラウマだ このトラウマは序盤から常に仄めかされ続けているが、標本事件の再現である学園事件で詳しく描写される 槇島が黒幕としてクローズアップされるのもこの事件からだ
2020-02-24 23:14:44したがって主人公・狡噛慎也のストーリー上の役割は、悪役・槙島聖護との対決ということになる この構図は作品のオープニング場面で真っ先に提示され、「表」のストーリーを推進するためのエンジンとしての機能を果たしている
2020-02-24 23:18:05また、槇島は狡噛の「シャドウ」、つまり「影」「あり得たもう一つの姿」としての性格も強く描かれている 「似た者同士」と脇役の多くから評される点、オープニングムービーでの描写、クライマックスでの鏡を通した語り合いなどからも、制作陣はそれを強く意識していたことが窺われる
2020-02-24 23:22:12もう一人の主人公、常守朱の役割は、まずは視点人物としてのものだ 公安局における新人としての居心地の悪さ、疎外感、機器やシステムへの無知という性格は、近未来という舞台設定を視聴者が呑み込むまでの状況とリンクする これは同時に、視聴者が朱へ感情移入することの助けにもなる
2020-02-24 23:27:12朱の抱えている問題は、2話においての縢秀星との対話で明示され、以降もミッドポイントまでさりげなく描写され続ける 朱はありあまる素質と能力を持ちながら、それを何に活かせばいいのかを見つけられず、悩んでいる 公安局へ入ったのも、そのいわば「自分探し」にも似た消極的な理由からだ
2020-02-24 23:33:36抱えているのが同じ内面の問題であっても、狡噛はストーリーを推進させる役割を担っているのに対し、朱の問題点は作品に精神性をもたらすことに繋がっている 作品舞台では一握りの人間しか抱けない悩みだが、現代に生きる視聴者には非常に身近で共感しやすい話題だ 朱を魅力的に見せている一因でもある
2020-02-24 23:39:07同時に、これは視聴者に朱の大きな欠点を呑み込ませることにも繋がる この欠点は2話で縢が、そしてのちには六合塚弥生からも過去を思い返すかたちで語られる つまり「あんたは甘ちゃんだ」ということだ これもまた、現代に生きる視聴者が抱えている思いの一つだ
2020-02-24 23:45:08この「甘さ」という欠点は、本作のミッドポイントで炸裂し、朱を徹底的に痛めつける すなわち、槙島聖護による「親友・舩原ゆきの殺害」だ このミッドポイントでの描写と構図が、『PSYCHO-PASS』1期を並外れて優れた作品にした一因と言ってもいい 詳しく見ていこう
2020-02-24 23:51:02まずは、初めて対面する朱と槇島の構図だ 朱は十字路、つまり岐路に立っている ここでの選択が彼女の運命を決定し、そこからの後戻りができなくなることが示唆される そしてどのような道を選ぼうとも、それは決して槇島の道と交わることがない 槇島と交錯するのは、この場に不在の狡噛の役割だからだ pic.twitter.com/xnNoOWDqXZ
2020-02-24 23:55:05ドミネーターを構える朱に対し、槇島はここで明確に自らの動機を語る 曰く「僕は人の魂の輝きが見たい。それが本当に尊いものだと確かめたい」 朱と狡噛の属するシステム側、管理社会に対する強烈なアンチテーゼだ 槇島が魅力ある悪役として成立するのも、ここに視聴者が共感するポイントがあるからだ
2020-02-24 23:59:04親友の命を助ける代償として、槇島は「人の魂の輝き」つまり「自由意志による決断」を朱に要求する 自分の手にしていた猟銃を朱に与え、それで「殺人者」となって親友を救うか、あるいはあくまで「法の番犬」として親友を見捨てるか、という選択肢だ 避けてきた積極的な決断を、朱は強制的に迫られる pic.twitter.com/G4AQJtA2gj
2020-02-25 00:08:33朱は、どちらも選ぶことができなかった 運任せで闇雲に猟銃を撃ち、当然2発とも外してしまう 手に残るのは役立たずの鉄屑、ドミネーターだけだ 朱の「甘さ」、そして「能力不足」が露呈する 自らの命を懸けて決断を迫った槇島にとっても、非常に不満が残る行為だ 当然の罰として、彼はゆきの命を奪う
2020-02-25 00:14:36これまでは監視官として、どこか事件を外側から見ているようであった朱は、この敗北に打ちのめされる 狡噛は朱の姿に過去の自分を重ね合わせ、槇島との対決への意志を強くする この後の展開でブレーキが効かず、狡噛がシステムの外側にまで行ってしまう強い動機づけになっている
2020-02-25 00:20:31一方の朱だが、主人公として立ち直る必要がある この描き方も非常に秀逸だ 彼女は、「法の番人」としての道を踏み外していく狡噛の轍を踏むのではなく、あくまで「法」にこだわり続ける道を選ぶ システムに盲従するのではなく、自らの意志で
2020-02-25 00:24:42暴動事件、そして厚生省での対決を通して、朱は槇島から再度の問いを突きつけられる 「殺人者」となるか、あるいは「法」を遵守するのか 朱は今度こそ、明確な決断をしてみせた キャラクターとしての成長を感じさせると同時に、狡噛とも道を違えていくことが示される
2020-02-25 00:29:14槇島の逃亡と狡噛の失踪に加え、縢の死と宜野座伸元の消耗により、朱は能力面における成長も要求され、第三幕の活躍で見事に応えてみせる 槇島との対決にこだわり続けた狡噛を追い、それを超えていくような成長を見せる朱の姿に、『PSYCHO-PASS』1期のストーリーの爽快感が詰まっている
2020-02-25 00:34:47ここまで視聴者は、朱というキャラクターの眼を通してもう一人の主人公・狡噛を見つめてきている クライマックスではこれがひっくり返り、「タフになるとは思っちゃいたが…」としみじみ語る狡噛に同調することになる 心地よい逆転の構図だ
2020-02-25 00:41:56『PSYCHO-PASS』1期のストーリーが優れているのは、最後まで「甘さ」を見せないことだ 道を踏み外した狡噛が公安局に戻ることはなく、朱は親友に加えて同僚を救うことができなかった傷までも負うことになる だが確実に何かを手にした朱の姿に、視聴者は強い希望を見出すことだろう
2020-02-25 00:46:30