- hachisu716
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⑫魔法使いの弟子 「せんせ! ぱちりーせんせ!」 幼い少女が、どこから持ってきたのか、図書館の奥から小さな踏み台を運んできて、ようやく背の届いたテーブルへと、うんせと顔を出す。 「なあに。わたしはあなたの先生じゃないわ」
2020-03-14 15:04:23大魔女パチュリーは、紫水晶(アメシスト)の眸を向けながら、表情のない顔でゆっくりと答える。 少女はめげずに、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて、テーブルを支えた腕で揺らした。 「まほー! おしえて!」 何度目かの願い事に、パチュリーはじっと少女の黄金(きん)の眸を覗き込む。
2020-03-14 15:05:14「……魔法使いになれるのは、感情をコントロールできて、好奇心が旺盛で、そして生きることより勉学と探究が好きな、変人で、賢い者だけ」 ゆっくりと囁きながら、きょとんとこちらを見る少女の、薔薇色の柔らかな頬に、指で触れる。 「あなたは……どうやら好奇心は旺盛なようだけど」
2020-03-14 15:08:12云いながら、親指でそっと頬を押す。捏ねたてのパン生地のような膨らみだ。 「……わたしは云ったわ。それは出来ないと。断ったことを覚えてもいられない子が、果たして賢き者と云えるのかしら」 ぱちぱちとまばたきを繰り返す少女の案外愉しい感触の頬を、もう一度指で押す。
2020-03-14 15:11:26「……それに、わたしの名前はパチュリー・ノーレッジ。パチリー、ではない。いいこと? スペルは魔女の要。名前は魔女の力。師の名前も発音できない者に、魔女が務まると考える?」 言われて、少女の顔が少し曇る。 「んー、ぱっ……ぱ……ち、りぃ……」 ぱちうり。ぱっちう。ぱちい、……ぅ。
2020-03-14 15:15:55どうやらこの子どもは、日本語でいう、ヤ行の発音がままならないらしい。舌がもつれて、うまく動かないようだ。 「ぱち、ぱちう……あう」 必死で繰り返す少女をしばらく眺めてから、パチュリーは少女の口唇に、そっと指を当てた。
2020-03-14 15:19:49「いい? 〈chi〉と〈u〉を、繰り返し云ってみて。一緒に云わなくていい。ゆっくり分けて、ひと文字ずつ、云ってご覧なさい」 「……ち。……う」 ち。う。ち、う。ち。う。 ち……う。 繰り返す少女の口唇に、パチュリーが触れたまま。 「そう。そのまま。繰り返して」
2020-03-14 15:24:41「ち、う。ち。う。ち、う。ち……────、ぅ?」 う、のタイミングで、見計らったパチュリーがそっと口唇を少し強く押した。う、の音が小さくなり、少し窄まる。 まばたきをしながら見上げる少女に、パチュリーは同じことを繰り返して答える。 「続けて?」
2020-03-14 15:29:22「ち、……ぅ……ちぃ……ん、ふふっ。ちー……ぅ……ちー……ぅ」 口唇を押されるのがくすぐったいのか、時折少女がくすくすと笑い声を漏らす。 「繰り返す」 「ちー……ぅー……んんー……ちーぅー……ちー? ちぅー?」 「もう一度。スラーをかけて、少し繋げる」 「ちぅー……ちぅーぅ……」
2020-03-14 15:32:48「ちぅー……ち……ちぃぅー……ち、ぅゅー……ちぃ、ぅー?」 だんだんと〈chu〉の発音に近づいてくる。飽きずに熱心に続ける少女に、パチュリーは少女がやめたいと言い出すまでは付き合い続ける。 「ち、ぃぅ、ちぅっ………………ちゅぅ」 最後の発音にはっとして、少女がパチュリーを見上げる。
2020-03-14 15:36:39パチュリーは、目許を和らげて初めて微笑んだ。 「もう一度?」 「ち、……ちぃ……ちぅ……ちぅ!」 「慌てない。落ち着いて。ゆっくりと教えたことをなぞる。もう一度」 「……ち……ぅ……ちぅ……ちぃぅ……ちゅ……」 もう一度はっとして、何か言いたげにパチュリーを見上げた後、
2020-03-14 15:39:14何も言わずに、もう一度〈chi〉と〈u〉を繰り返す。 「ちゅ……ち、……ちゅ……ちゅ、……ちゅ!」 ぱあっと花開くように顔を輝かせる少女に、パチュリーがもう一度微笑む。 「……わたしの名前は?」 「ぱっ……ぱちゅ、りー……ぱ、……ぱちゅりー、……のーれっじ!」
2020-03-14 15:41:50言えた自分が嬉しくて、その場でまたぴょんぴょんと弾みながら、自分の口唇を両手で覆う。くすくすと笑う。 「ぱ……ぱちゅり……ぱちゅりー。ぱちゅりー!」 発音できる自分を確認して、少女はもう一度にっこりと笑って魔女を見上げた。 「ぱちゅりーせんせ!」
2020-03-14 15:44:24「……先生ではないけど」 溜息をつきながら、正しく名を呼ばれた大魔女は答える。 「スペルを唱える、素質はひとつ、クリアしたかしら」 ぱっと眸を輝かせる少女に、パチュリーは初めて、彼女の名前を訊ねた。
2020-03-14 15:47:31「……というようなことがあってさ」 大図書館。 魔理沙は頭をかきながら、暇を潰しに遊びに来ていたレミリアに話しかける。 「なるほどね。あの頃あんよが上手になったばかりのおこちゃまが、ぱちゅりーぱちゅりーと連呼してたのは、そういうことだったか」
2020-03-14 15:50:45「ずっと口唇を触ってただろ。だから、あっこれが魔法かって。言えなかった言葉が言えるようになって、魔法にかけられたみたいで、嬉しかったんだよなあ」 「あの頃の魔理沙は困ったちびちゃんだったよ。トイレに行くまでに迷ってべそかいて。スカートたくし上げながら走り回ったっけ」
2020-03-14 15:52:59クスクスと笑うレミリアに、魔理沙が赤くなる。 「その話はやめてくれよ……さすがにもう封印してくれ」 「可愛かったよ。うちの咲夜も、おかげで同じ年頃の友達が出来た。ちびすけが増えて、パチュリーの反応も見物だったし」
2020-03-14 15:56:59豪奢な椅子に奥まで腰掛けて、届かない足をプラプラとさせたレミリアが、ニッと尖った小さな牙を覗かせながら笑った。 「……それで? プロポーズはいつするの?」 「ばっ……!」 かっと赤くなった魔理沙が、レミリアの口を塞ぐ。 慌ててきょろきょろと辺りを見回すと。
2020-03-14 15:58:59大魔女パチュリー・ノーレッジは、新たな本を持ってゆっくりとこちらへと歩いてくるところだった。 口を塞がれたままのレミリアは、機嫌よく足をプラプラとさせている。 「……プロポーズ?」 珍しい魔女の笑み顔に、また魔理沙が赤くなる。 「あ、……ちが……っ。……っと」
2020-03-14 16:01:22もごもごと言い淀む魔理沙に、大魔女は微笑んで、ゆっくりとおのれの口唇に指を持ってきた。 「……うまく云えないのなら。また発音のお勉強をしてあげましょうか?」 「あ、……ぅ……」 ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしている魔理沙に、パチュリーと、レミリアも笑う。
2020-03-14 16:05:20「大丈夫? この子、ベッドでもちゃんと名前を云えているの?」 魔理沙の隙をついて掌から逃れたレミリアが、からかうように訊ねる。 「なっ…………!?」 また言葉に詰まって、ぎょっとしてレミリアを見る魔理沙に、パチュリーは肩を竦めて。 「……うまく呼べないときは、こうして」
2020-03-14 16:08:39歩み寄って、魔理沙の口唇に、指でそっと触れる。 「……上手になるまで、レッスンね」 「ぅわーーーーっ!!!」 今度はわたわたとパチュリーの口を塞ごうとする魔理沙に、レミリアがけらけらと笑った。 「駄目だよ、魔理沙。夜の睦言(スペル)は、ちゃんと恋人の耳許に唱えなきゃ」
2020-03-14 16:11:54こうして。 いつか魔法使いの弟子が、魔法使いの番(つがい)と呼べるようになるまでには、幾分かの時と、夜と、夜のスペルの練習とを要するのだった。 おわり
2020-03-14 16:14:25魔法使いの弟子 | ハチ #pixiv pixiv.net/novel/show.php… タグでやったやつをまとめました。 大魔女パチュリーとちっちゃい頃の魔理沙。
2020-03-17 12:29:21魔理沙が小さい頃から紅魔館に入り浸っててパチュリーに弟子入りした世界線だと、魔理沙がパチュリーのこと「先生」って呼ぶのかあって思ったら楽しくなってきた
2020-03-22 14:28:25