映画『ミスティック・リバー』ストーリー構造と隠されたテーマを分析&解説(ネタバレ有り)
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クリント・イーストウッド監督作品『ミスティック・リバー』には、印象的なモチーフが多数散りばめられている 癒えない傷、吸血鬼、十字架、自動車、大人になれない子供、小児性愛、因果、川…… こうしたモチーフ群の効果によって、本作は明快なストーリーでありながら驚くほどの奥行きがある
2020-04-17 23:02:06そして同時に、モチーフによって作品の抽象性は高められ、テーマがストーリー内部へと隠蔽されることにも繋がっている 『ミスティック・リバー』が「わかりにくい」とされる一因だ モチーフという細部からでなく、どのようなストーリーテリングがなされているかという視点で、テーマを解釈してみよう
2020-04-17 23:12:44まずは三幕構成でストーリーを分割する 『ミスティック・リバー』はクレジット部分を除くと、約133分の本編時間となっている 第一幕:路上で遊ぶ少年たち 連れ去り(0分)~ ケイティーの他殺体発見(34分) 第二幕前半:死体安置所 ジミーとアナベス(34分)~ デイブの容疑が持ち上がる(65分)
2020-04-17 23:19:29ミッドポイント:復讐を誓うジミー(66分ごろ) 第二幕後半:ジミー宅への聞き込み(68分)~ セレステの告白(100分) 第三幕:ブレンダンへの尋問(100分)~ パレード(133分) 各幕の比率は完全な1:2:1で、ミッドポイントもほぼ中央、シーンの対称性も明確になっている
2020-04-17 23:24:30上記のストーリー構造においてまず目立つのは、各幕の切り替わりのほとんどにジミーが絡んでいることだ 三人の主人公の中で最も主体的な行動をとるのがジミーであり、彼は常にストーリーの中心にいる しかし犯罪者としての過去が後半まで隠されているため、観客の感情移入はやや難しい
2020-04-17 23:34:45観客が自分の立場を重ねやすいのはショーンのほうだろう 彼は大学進学にあたって街を離れており、事件の発生によってジミーやデイブたちに再び接近することとなる 刑事という立場でもあることから、視点人物としての役割が強い つまり本作は、ショーンから見たジミーの物語、という解釈が可能だ
2020-04-17 23:40:58問題は、第三の主人公であるデイブが、どのような役割をストーリー上で担っているかだ 上記の構造を見ると気がつくかもしれないが、彼はオープニングを除いて、各幕の切り替わりの重要シーンのどこにもいない(第二幕後半の聞き込みシーン冒頭には姿を見せるが、ショーンとはすれ違いとなっている)
2020-04-17 23:50:00オープニングもデイブの連れ去り事件であったことを考えると、彼はストーリー進行に関わることができず、常に「不在」であったことがわかる そしてこの「不在」であることそのものが、デイブというキャラクターに与えられた最も重要なストーリー上の役割だ
2020-04-17 23:55:09ストーリー構造を分析すると立ち表れてくる「デイブの不在性」は、第二幕における「観客の興味」の移り変わりによっても確認することができる 第二幕前半:「誰がケイティーを殺したのか」 ミッドポイント:「ジミーは犯人を罰することができるのか」 第二幕後半:「デイブは殺人を犯したのか」
2020-04-18 00:03:17実際のところデイブは「ケイティー殺害事件」については、被害者の最後の目撃者であること以外ほぼ無関係だ 彼がしたことは行きずりの小児性愛者を殺害、死体を遺棄したことのみである にもかかわらず、デイブは妻セレステからケイティー殺害を疑われ、ジミーに密告までされてしまう
2020-04-18 00:26:38デイブが妻から疑われる理由は二つある 一つは小児性愛者を強盗に置き換えるという、あからさまであるうえに不可解な嘘をついたこと もう一つは彼自身が幼少時にトラウマを負ったという事実そのものだ セレステやジミーへと感情移入させられることで、観客はデイブへの疑惑を体験させられる
2020-04-18 00:33:20「ケイティー殺害事件」は「容疑者デイブ」のストーリーへと巧みに擦り替えられ、物語の焦点は「ジミーによる裁き」へと繋がり、あろうことかデイブ本人がその裁きを受け容れ、殺害されてしまうまでに至る 一方で事実だけを集め、冷静な観察者として行動するショーンは真犯人を突き止めている
2020-04-18 00:39:57主体的に行動するジミー、観察者ショーン、流されるデイブという三人の構図は、オープニングの路上での遊びから悪戯、連れ去り事件においてすでに表現されている この構図が再び提示されるのがエンディングのパレードの場面であり、同時にこれは本作のストーリーの帰結も示している
2020-04-18 00:44:36人違いの殺人を犯すという最悪の過誤をなしながら、ジミーによる復讐は妻アナベスから肯定される 家族のために主体的に行動するジミーの行き着く先は、復讐の連鎖が待つ犯罪の世界だ エゴイズムによって殺されたデイブの不在は、息子マイケルの失意と妻セレステの狂気じみた焦燥によって際立っている
2020-04-18 00:56:52観察者であるショーンは戻ってきた妻子に寄り添いながら、その二者の有様を冷静に見つめている ジミーに向けた無言の指鉄砲には、複数の解釈が可能だ それは刑事としての警告のようであり、あるいは旧友としての赦しのようにも映る しかし指を向けた際のショーンの無表情からは、別の意味も読み取れる
2020-04-18 01:06:15指鉄砲の背後にあるのは、『ミスティック・リバー』において人間の意志の主体性と対比的に描かれる、運命の力の強大さと残忍さだ これは本作のストーリー全体に、「因果」として散りばめられている
2020-04-18 01:11:48自分を密告し家族から引き離す原因となった強盗仲間を、出所したジミーは処刑する 時が流れて犯罪から足を洗うと、最愛の娘がその男の息子と恋仲になり駆け落ちしようとしたすえに、あろうことかその恋人の弟、かつての仲間と同じ名の少年によって殺害される
2020-04-18 01:15:22娘の復讐を誓いながらも、旧友デイブをその妻の密告によって誤解したまま、無実の罪で殺してしまう この複雑な因果の中で、ジミーは自らが信じていた「主体性の正義」がいかに危ういものであったかを思い知ったはずだ
2020-04-18 01:20:16アナベスが「あなたは王なのよ」とジミーを肯定するのは、この「主体性の正義」が絶対であると背中を押し、家族を庇護させるためだ ショーンがどこまでこうした背景を見通していたかは不明だが、観察者である彼は直感的に、ジミーから「主体性」という名のエゴイズムを感じ取ったのではないか
2020-04-18 01:25:45指鉄砲は、「警告」というより「予言」として捉えるべきではないだろうか いつか「運命」に撃ち抜かれるぞ、という意味の予言だ ジミーは肩をすくめてみせる この強大な流れの中で他にどうすりゃいいんだよ、とでも言いたげな表情で
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