【生きものたち】福間健二 #k2fact254
二十世紀、梨じゃないとしたら。リンゴ、杏、サクランボ、プラムが材料のパーリンカで、悪魔のタンゴ。みんな、欺されたくて踊った。欺されたと気づいても窓の外の月と星に嘘をつかせた。新しい服、丈が合わないのにぴったりだと寝返りを打って黄金街の夢に逃げ込んだ。(生きものたち1)#k2fact254
2020-04-09 09:30:46新宿のそれ、外国人が多いと納得しかけたが、ちがうステージだ。手品師は必死。盗んだ靴を履いてもいい。涙と鞭を許してもいい。客はタフ。イクことはイッて清潔なタオルを欲しがる、爪を長く伸ばした深夜の生きもの。でも、少女と猫を使うな。ぼくを同情する虫にするな。(生きものたち2)#k2fact254
2020-04-10 10:13:52朝の五時十分。一度起きてオシッコして、黒砂糖。戸棚に隠れている少女と猫に出ておいでと言うために。だれが意地悪なのか。戻れなくてもいいと思うと戻っている。黄金街。何度も終わりかけて本体をとりかえながらなおもそれであるというのも一種の手品だ。カラスが鳴く。(生きものたち3)#k2fact254
2020-04-11 09:51:00腿よりも。遠くを逃げていく靴。胸よりも。飲めない液体。腰のくびれよりも。真昼の汚れる紙。だれの苦虫兄弟の判断でも、そしてこの自信喪失の沼の何を見抜いているのでも、きっかけにはなる。まず魚のように動く。午後遅くにはもっとさかのぼってチョウの幼虫のように。(生きものたち4)#k2fact254
2020-04-12 10:06:43ひとりだけの痛みからそうじゃない痛みへの線が手放され、ベルやチャイムの鳴る地平にやっと冬の不安の最終回。四月なのに。産卵しているのに。自由になりたいのに。マンドリン弾く朔太郎が訊問される。早く迎えにきてくれよ、脱いだ小さな靴をブラブラさせる子どもたち。(生きものたち5)#k2fact254
2020-04-13 09:53:02未発達な、動きの遅い手で地面をならしながら、目は澄んでいた。話し相手はいないし、会いたいと思う人はいないし、自分の欠点はよくわかる。もう質問しないでください。でも、だれも質問していない。その手は硬いものに触れ、ためらってからそれを撫で、目は閉じられた。(生きものたち6)#k2fact254
2020-04-14 08:25:06彼女の気持ち。人間がきらいか。そうじゃないとしたいが、ここまで人間のやってきたことを考えたらその可能性は薄いと博士は言う。俯瞰ショットの真ん中、上にあるカメラを見上げて。十九世紀からあとだけでも。でも、彼もうつむく彼女もすべてを知っているわけではない。(生きものたち7)#k2fact254
2020-04-15 09:53:13博士。ぼくが勝手にそう呼ぶその人は、白と金色で飾った壁の影にむかって抗議の指を立てる。敏速ではないが、そしてほとんど人を愛さないが、卑怯ではない。アザラシが大好き。いま、暁方ミセイのウイルスちゃんを読むとどうなるのか。それは明日、とフレームの外へ。(生きものたち8)#k2fact254
2020-04-16 09:55:51「ひとをみんな食べてしまうんだ」と若い詩人はちゃんと言い、さらに語りかけた。「きみたちは」って。一方、ジンを飲みすぎた博士にかわって映画監督のゴダールだ。「それが何なのか私だってわからない。私たちと同じ生きもの。私たちのことを好きなのかもしれないよ」。(生きものたち9)#k2fact254
2020-04-17 08:44:14ゴダールの二十一世紀の、測りにくい体温。よみがえる黄金街と欺されたふりするなにかと同類。でも、新しい役割と生きる意味を求めて点滅のなかを通りぬけてくる。そういう彼女あるいは彼あるいはそれとのコミュニケーション。発信、この世のものじゃなくてもいい肉声で。(生きものたち10)#k2fact254
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