連作小話「世間虚仮」

オチにどれだけ説得力があるだろうか。まことに心もとない。それでも俺は書く、書き続ける。まさに業でんな。
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土曜日 @doyoubi

#twnovel 「乗らない手はないわよ、これ」麻美が言う。坊主にならないかという途方も無い話がやってきて久しぶりに帰京。麻美とも一年ぶりだ。「私、調べたの。どんな寺か評判はどうか」手回しのいい事だ。「坊さん一人でやっているのね。跡継ぎ無し、ということは浩一が跡継ぎよ」そうか。

2011-05-31 18:01:20
土曜日 @doyoubi

#twnovel 俺が坊主になるなんて全く想定外だけれど、とにかく帰京。麻美にメールしておいたら一年ぶりのベッドイン。麻美は相変わらず積極的。「あのお寺の奥様になれるんだったら結婚してあげてもいいわよ。明日の坊さんとの面会はうまくやってね」エラソーに命令口調なんだよなあ、こいつ。

2011-06-01 07:09:10
土曜日 @doyoubi

#twnovel 「初めまして、白雲です」坊さんはにこやかに笑っている。五十過ぎの男盛り、いい体格をしているなあ。「お母様には色々お世話になっています。お父様を亡くされてあなたも苦労されたでしょう。そのあたり今日はじっくりお話を伺えれば有難いです」おいおい、もう面接モードかよ。

2011-06-02 08:02:16
土曜日 @doyoubi

#twnovel 僕の事情を話す前に、何故こんな話が起こったのかを僕は知りたいです。母からはこちらのお寺が跡継ぎに困っていて僕に話が来たと聞いてますが、ほんとですか。面識もない僕に跡継ぎなんて唐突すぎて面食らっています。僕は仏教なんか、あ、失礼、全く興味も関心もないんですよ。

2011-06-03 07:26:22
土曜日 @doyoubi

#twnovel 「成程、そうでんな」坊主は一息入れてから話し始めた。「お母さんからあなたの話は聞いてました。お父さんが亡くなったので大学進学を諦めて銀行に就職するなんて、なんと親孝行やなあと感心しましたで。そんな人ならこの寺を引き継いでくれるのんとちゃうやろかと思たんですわ」

2011-06-04 07:39:12
土曜日 @doyoubi

#twnovel 親孝行のつもりはなかったです。勉強が嫌いだったので父の他界をきっかけに就職しようと思っただけです。父は仕事オンリー、週末も付き合い理由のゴルフ、あと少しで役員というところで死んじゃいました。過労死みたいなもんです。父とは違う働き方、生き方を目指したのですが。

2011-06-05 07:29:20
土曜日 @doyoubi

#twnovel 入った銀行の仕事はきつかった。まさにセブンイレブンです。でも、給料は悪くなかったし土日は休めるから辛抱できなくはなかったけど、事件があって辞めました。あるトラブルの原因を僕のせいにしたんです、先輩が。悲しかったのはみんな黙って見てるだけだったこと。砂漠でした。

2011-06-06 07:22:56
土曜日 @doyoubi

#twnovel 「大変な経験でしたなあ」坊主は微笑しつつ言う。「でも、人間みんなエゴでっせ。その程度のことは世の中、結構、あります」そうなんだよな、確かに。俺の甘さに気づいたのはフリーター暮らしになってから。みんな自分のことだけで必死。あんないい給料貰える所をなんで辞めたのか。

2011-06-07 06:58:02
土曜日 @doyoubi

#twnovel 「三年ぐらいはみっちり修行してもらいます。炊事掃除洗濯全部やってもらいます。お経の読み方もまずは自分で苦労しなはれ。わては基本的になんにも面倒見ないと思ってもろた方がよろし」えーっ、何だそりゃ。体のいい女中ではないか。「そうそう、給料も休みも当然におまへん」

2011-06-08 07:28:40
土曜日 @doyoubi

#twnovel 「無休無給かあ、逢えないのが辛いなあ。でもここは辛抱よ。なにせ、あの寺を貰えるんだから」麻美が俺の体に密着しながら言う。坊主との面談が終わって麻美との逢瀬、いつものラブホの一室だ。「ねーえ、私我慢するよ、浩一も辛抱よ」あっけらかんと言う。ほんとに我慢するんかよ。

2011-06-09 07:12:09
土曜日 @doyoubi

#twnovel 「それからねえ、浩一には悪いけど、浩一のお母さん、坊さんと出来てるんじゃない?そうでなかったらこんな話が浩一に来る筈がないわ。お母さんがおねだりしたのよ。女の勘でそう思うわ」ああ麻美め、口にだしてしまいやがった。俺もひょっとしてと思っていたけど、多分そうだな。

2011-06-10 07:32:22
土曜日 @doyoubi

#twnovel まだマンションのローンも残っているし、母のパートの収入だけでは苦しいのは当たり前。そこに持って来て俺が銀行辞めたもんなあ。母も色々考えたのだろう。だから、この話、受けようかと思っているよ。母のためもあるけど、麻美、おまえのためにもな。俺、坊主に合ってるかも。

2011-06-11 08:04:11
土曜日 @doyoubi

#twnovel こうして坊主修行。修行といっても掃除洗濯炊事、お経も教えてくれない。食わせてくれるだけで無給無休。生理休暇を要求しようかと思ったけど頼み事するのは癪なので止めた。こうなったら意地だ。俺は三年間我慢を通したぞ、麻美がその間どうしてたか知らない。知りたくもない。

2011-06-12 08:45:42
土曜日 @doyoubi

#twnovel そんな修行のある日、坊主に質問してみた。「仏の道を一言で述べよ」。坊主はニタッとして「世間虚仮」とだけ答えた。それ以上は自分で考えろだってさ。ググって聖徳太子の言葉と知ったが、はて、なんのことやら。でも何故か気になってお経の際にはこの言葉も内心唱えることにした。

2011-06-13 16:09:45
土曜日 @doyoubi

#twnovel 修行期間が終わって俺は麻美と結婚、母と白雲とは結婚せずマンションで同棲(他の女とは切れてないような)。白雲が俺を養子にしたので母はそこそこ納得したようだ。麻美は今、寺に保育園を開設するべく役所その他を奔走中。交渉事は好きで得意な女だ。生き生きとしているよ。

2011-06-14 08:22:54
土曜日 @doyoubi

#twnovel ある日、登校中の小学生に自動車が突っ込んで二人が死亡。顔見知りだった女の子の葬儀で俺が読経、唱えている間に「世間虚仮」が胸に迫ってきた。かりそめの人生だからこそ精一杯生きなくっちゃ、そう思うと涙が滲んできた。他人に気取られぬよう俺は眼を閉じて懸命に読経した。 了

2011-06-15 09:13:19