武田綾乃『響け!ユーフォニアム』ショートストーリー

『響け!ユーフォニアム』の作者・武田綾乃先生による、ツイッター上でのショートストーリーをまとめました。随時更新。
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武田綾乃 @ayanotakeda

この時期の音楽室には大きなツリーが現れる。 「久美子も書く?」 葉月と緑輝が持っていたのは油性ペンだ。丸いオーナメントに『全国金賞』と書かれている。 「いやいや七夕じゃないんだから」 「では頂上のお星様をどうぞ!」 緑輝が星飾りを差し出してくる。メリークリスマス、と隣で葉月が笑った。

2022-12-24 00:00:01
武田綾乃 @ayanotakeda

冬が近付いているのか、外は寒かった。コンビニを出てすぐ、優子は手袋を装着する。隣にいる夏紀が肉まんを食べながら言った。 「寒がり過ぎ」 「私、繊細なところあるから」 呆れたように目を細め、夏紀は「ほら」と肉まんをこちらに差し出す。優子は当然のように口を開けた。手が使えなかったので。

2022-11-20 18:02:00
武田綾乃 @ayanotakeda

深夜。コンビニのデザート棚には、エクレアが二つだけ残っていた。アイツの分も買うか、と夏紀はカゴに放り込む。 突発的に開催される宅飲みに、お泊まり会なんて可愛い言葉は不似合いだ。 『まだ?』 スマホを見ると、優子から短いメッセージが届いていた。『待ちきれないんだ?』と返信してやった。

2022-09-21 23:00:50
武田綾乃 @ayanotakeda

濡れた地面に、みぞれのスカートの裾がうっすら映り込んでいる。雲が流され、空は晴れやかな青さを取り戻していた。 湿気を含んだ熱気に雨の名残を感じながら、優子は振り返って彼女を見る。 「ねぇ、パフェ食べに行かない?」 別に、パフェじゃなくても良かった。みぞれが喜んでくれるなら、何でも。

2022-07-05 17:43:24
武田綾乃 @ayanotakeda

「四月一日だって」 隣を歩くあすかにそう言うと、「昨日UFOを見たんだった!」と笑いながら返された。私は制服のスカートを軽く掴む。 「嘘が雑だね」 「嘘とは限らないでしょ? 秘密を教えるくらい香織のことが好きなんだよ」 「それも嘘?」 透明なレンズの奥で、あすかは目を細める。 「さあね」

2022-04-01 12:00:02
武田綾乃 @ayanotakeda

「じゃじゃーん!」 泥団子のような物体。それを、さつきはチョコトリュフだと自慢している。 美玲は自分の手元にあるチョコを見た。一緒に作っていたはずなのに、明らかに見た目が違う。 「……趣のある形だね」 そう言った美鈴の口に、さつきが強引にチョコを突っ込む。味だけは良かった。味だけは。

2022-02-14 18:52:10
武田綾乃 @ayanotakeda

「演奏会?」 「そう。日曜、一緒にどう?」 そう言って、前を歩く麗奈がこちらを振り返った。お茶を飲んでいた久美子は慌てて自身の口元を拭う。 「行く行く。おめかしした麗奈も見たいし」 「またそんな馬鹿なこと言って」 再び前を向く麗奈の、その頬は少し赤い。思わず笑うと肘で軽く小突かれた。

2021-12-15 18:00:00
武田綾乃 @ayanotakeda

早朝。カーテン越しに感じる空気は、昨日より青の気配がずっと濃い。冬が近付いてる、と夏紀は冷えた鼻をスンと鳴らした。暗いと寂しいは少し似ていて、だけど冷たいと痛いほど似てはいない。 制服を手に取り、自身の胸元に押し当ててみる。いくらか背伸びしても、まだ十分似合っていた。 (11月15日)

2021-11-15 06:16:00
武田綾乃 @ayanotakeda

雨が降っている。 みぞれはさしている傘を傾けた。弾けた雨粒が地面へと滴り落ちる。通学路を歩く沢山の学生たち。その群れの中に、みぞれは見覚えのある後ろ姿を見付けた。 あ、希美だ。 そう思い、だけど出掛かった声を呑み込んだ。確信の持てないものに、手を伸ばすのが怖かった。 (七月二日)

2021-07-02 17:21:44
武田綾乃 @ayanotakeda

長い黒髪を指で梳く。後ろでまとめ、麗奈は受けとったばかりのヘアクリップを装着する。一部始終を見守っていた緑輝が満足そうに頷いた。 「すっごく可愛い!」 彼女の言葉は真っ直ぐすぎて、ついたじろいでしまう。軽く眉をひそめた麗奈に対し、「可愛い!」と相手は何故かさらに嬉しそうな顔をした。

2021-05-15 17:28:37
武田綾乃 @ayanotakeda

嘘を吐いてみたい。皆が喜ぶようなやつを。だけど考えている内にどれも陳腐に思えて、美玲は結局口を噤む。隣にいるさつきは元気だ。 「みっちゃん」 「何」 「んふふ、一緒にいれて嬉しいってだけ!」 そう言って、さつきが腕に抱き着いてくる。今日くらい嘘を吐けばいいのにと思った。 (四月一日)

2021-04-01 12:00:01
武田綾乃 @ayanotakeda

「いい匂いがする」 思わず顔を近付けた久美子に、麗奈はハンドクリームを塗り込む手を止めた。 「お母さんがくれたの、桜のやつ」 「へぇ」 「お裾分けしてあげる」 そう言って、麗奈は久美子の指を強く握った。その手は少し冷たかった。 「春の匂いだ」 思わず笑うと、麗奈は満足そうに目を細めた。

2021-03-24 17:00:01
武田綾乃 @ayanotakeda

目が覚めてすぐに冷蔵庫を開けた。 プラスチック製の保存容器には手製のチョコブラウニーが入っている。親指と人差し指で摘み上げ、口へ放り込む。甘さが舌にまとわりつく。 香織が作ったやつか、とあすかは指先についたチョコを舐め取りながら思った。甘すぎる。だが、あすかはそれが嫌いではない。

2020-12-25 14:54:13
武田綾乃 @ayanotakeda

紫色のピックが、自身の指と指の間で存在を強く主張している。 「次、何弾く?」 ギターを構えたまま夏紀がこちらを見る。カラオケルームは狭く、全ての音がよく響いた。優子はじっと夏紀を見返す。 「新しい曲がいい」 返答に、夏紀は機嫌よさげに目を細めた。 「じゃ、まだ皆が知らないやつにしよ」

2020-12-04 18:00:02
武田綾乃 @ayanotakeda

「この寒い中アイスぅ?」 口を尖らせる優子の横で、夏紀が平然とアイスキャンディーを食べ進めている。少し前までは四人で帰ることが当たり前だったのに、部活を引退してから『当たり前』は随分減った。 「希美も食べる?」 「食べる」 噛り付くと、歯の奥がキンと冷えた。まっさらな冬の味がした。

2020-12-03 18:00:00
武田綾乃 @ayanotakeda

鮮やかな緑色をした炭酸の海が、ガラスの中に閉じ込められている。漂うアイスクリームをみぞれは匙を使って沈めた。表面が溶けて、柔らかに形が崩れる。 「飽きない?」 正面に座る夏紀が呆れ顔でこちらを眺めている。人工的な甘さを舌の上で転がして、みぞれは迷いなく頷いた。 「うん。ずっと好き」

2020-12-02 18:00:01
武田綾乃 @ayanotakeda

「先輩はどちらがいいです?」 「何が?」 「甘やかすか甘やかされるか」 こちらを上目遣いに見つめながら、奏は棒付きのキャンディーを自身の唇に軽く押し当てる。 「奏ちゃんはどっちがいいの」 尋ねた久美子に、彼女は艶やかな笑みを浮かべてみせた。 「どちらも。強欲なので」 「だと思ったよ」

2020-10-31 21:20:40
武田綾乃 @ayanotakeda

先程まで甘いシロップに浸かっていた白桃がまな板の上に横たわっている。柔らかなそれを、香織は包丁で小さく割いた。纏わり付くシロップのせいで指先が光っていた。 「サングリア作るの?」 不意にあすかが後ろから手元を覗き込んで来る。その頬が、静かに緩む気配がした。 「香織のそれ、結構好き」

2020-09-03 17:39:21
武田綾乃 @ayanotakeda

強烈な日差しに目が眩む。世界が白く輝いて見えるのは、真っ黒な道路からの照り返しのせいだ。額に滲む透明な汗を久美子は手で軽く拭った。 視線の先で、青のワンピースが翻る。麗奈、待たせてごめん。そう久美子が口にするより先に、待ち合わせ相手は悪戯っぽく笑って言った。 「誕生日おめでとう!」

2020-08-21 13:52:49
武田綾乃 @ayanotakeda

頬杖を突いてテレビを眺める。番組に興味があるはずもなく、梓は持て余した夜を口の中で咀嚼する。 休みは苦手だ。何もしないのはもっと苦手。 「早く部活に行きたい」 溢れた声の切実さに、梓は苦笑した。あみかが同じ台詞を言ったなら、もっと能天気な響きになるのかもしれなかった。 (夏休み・立華)

2020-08-02 20:50:04
武田綾乃 @ayanotakeda

奏に見せたい。そう思うのは、例えばダスティピンクのマニキュアを完璧に塗れた時。 誕生日に奏から貰ったマニキュアは、容器も中身も全てが可愛かった。そしてそれを塗った自分の爪も、やっぱり可愛い。 自撮り画像を奏に送りつけ、梨々花は満足げに頷いた。 「可愛いのおすそわけ!」 (六月三十日)

2020-06-30 22:53:26
武田綾乃 @ayanotakeda

待ち合わせは嫌いじゃない。特に、相手があの子ならば。 それでも十五分前は早すぎた、と麗奈は独りごちた。祭りの気配を纏った夜が、伸ばした脚に絡みついた。 「ごめん、待った?」 駅の階段から久美子の足音が近付いてくる。緩む口元を隠し、麗奈は素知らぬ顔で答えた。 「今来たとこ」 (六月五日)

2020-06-05 17:45:10
武田綾乃 @ayanotakeda

早朝の学校は自由だ。窓から手を伸ばしたって、誰にも怒られない。ひんやりとした朝の空気は、吸い込んだ途端に肺の中で鮮やかなスカイブルーに色付く。世界は美しい。そう、私はずっと信じている。 あぁ、早く楽器が吹きたい。昂ぶる感情を抑えきれぬまま、私は音楽室の鍵を開けた。 (ある日の希美)

2020-04-21 21:01:09
武田綾乃 @ayanotakeda

視界の隅で、制服のスカートが翻った。夏紀が急に立ち止まったせいだ。腕を伸ばし、彼女はいきなり優子のポケットに手を突っ込んだ。 「なにすんの!」 慌てて中を探ると、入っていたのは紫色のピックだった。 「はっぴーばーすでー」 そう茶化すように告げる夏紀は、相変わらず照れ隠しが下手だった。

2020-04-15 16:58:02
武田綾乃 @ayanotakeda

「先輩はもうOGなんですね」 そう奏は静かに言った。上目遣いのまま、彼女は完璧な笑みを唇に乗せる。 「毎日会えないなんて、寂しさで胸が張り裂けそうです」 「アンタさ、今日が何の日か知っててやってるでしょ」 呆れ顔の夏紀に、奏は平然と言ってのけた。 「嘘偽りのない言葉ですよ」 (四月一日)

2020-04-01 10:14:18