漫画版ナウシカ考察、土鬼神聖皇帝編+補遺

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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

漫画版ナウシカの魅力はその重厚なストーリーに加え、登場人物の造形―とりわけ敵役の書き込みの深さにある。今回はその中でも土鬼神聖皇帝ミラルパ・ナムリスの兄弟の苦悩と焦燥に焦点を当ててみたい。この二人を通して、ヴ王とは違った君主或いは人としての宿業が見えてくるのだ。 #ナウシカ pic.twitter.com/n273q9LeQK

2020-04-24 21:25:56
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ミラルパ編

しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

まず皇弟ミラルパから。2巻終盤から登場するミラルパは超常の力を駆使して土鬼帝国に百年近く君臨し、教団官僚組織「僧会」を通じ恐怖政治を敷いている。彼はナウシカを帝国の脅威と見なしつけ狙い、その底知れぬ不気味さはナウシカをして「生きている闇」と形容される。 pic.twitter.com/lOtNtOc2y3

2020-04-24 21:26:22
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そんなミラルパの「苦悩」が現れるのは4巻である。ナウシカ殺害に失敗し、肉体の劣化が進む中、対トルメキア戦も芳しくないミラルパは、腐海の軍事利用を目論む。必死に諌止する側近チヤルカに苦し気にミラルパは答える。「我が苦しみは帝国の苦しみだ」「私に民を想う慈悲の心がないと思うか」と。 pic.twitter.com/qChq82O5fD

2020-04-24 21:27:04
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それはまるで自分に言い聞かせるような吐露であった。実はここ迄、ミラルパが個人的欲望―贅沢や好色に溺れた様子は一切ない。求めるのは常に帝国の安泰と民の安寧である。それが現実には圧政と狂気に満ちていたのは皮肉な話であるが。

2020-04-24 21:27:30
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更に皮肉なことに、兄ナムリスによれば、若き日のミラルパはナウシカそっくりの「慈悲深い本物の名君であった」が、20年もすると「愚かなままの土民をやがて憎むようになった」という(それでも20年もったのは凄いと思うが)。 pic.twitter.com/RMzlhg0e8T

2020-04-24 21:28:01
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土鬼帝国は部族連合国家であり、皇帝を以てしても部族間抗争が絶えず、疫病や飢餓が恒常的な厳しい社会である。若きミラルパはこの現実の壁に突き当たり、そこから「僧会」による民衆教化が始まる。それを象徴するように、教団のシンボルには巨大な目が描かれる。民を啓蒙する―転じて監視する目が。 pic.twitter.com/ul34VGZ4uH

2020-04-24 21:30:20
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だがその教化も、民衆の混乱を助長するだけであった。従来の信仰と奇妙な混淆を遂げた教義は民衆を無気力にさせ、大海嘯から立ち直る力すら失わせていた。チヤルカは焦燥に駆られる。「僧会は人民に何をしてきたのだ。虚無をはびこらせただけなのか」―恐らくそれは亡きミラルパの焦燥でもあった。 pic.twitter.com/so6KX3o0RJ

2020-04-24 21:33:23
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どんなにあがいても自らの理想に誰もついて来ず、思い描いた理想が少しも実現できないどころか混乱ばかり広がる。それこそがミラルパの皇帝としての、或いは人としての焦燥であり、ナウシカも見抜いた「弱さ」であった。霊体になりナウシカを探しながら見つからずすすり泣く。哀れそのものである。 pic.twitter.com/a8QsjNZ1sG

2020-04-24 21:33:55
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兄ナムリスにも弟の焦燥―或いは専制支配に潜む欺瞞は見抜かれていた(といって弟を労いもしないが)。民衆を教化啓蒙するとシャカリキになりながら、その実誰より「老いと死」に雁字搦めになっているではないか、と。啓蒙が(非合理的存在としての)神話に暴力性を持って転化していく残酷な過程である pic.twitter.com/o3funmJqz0

2020-04-24 21:35:16
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恐らくミラルパの焦燥の根源は父の死に様にある。ただ「人間を救いたい」と願い、初代神聖皇帝となった父は、肉体の延命・移植手術に失敗し、ミラルパの目の前で肉体を崩壊させながらなす術なく死ぬ。「父のようになるのはイヤだ!」それがミラルパを遮二無二駆り立て、そして虚無に叩き落した。 pic.twitter.com/d9f9MbdYbB

2020-04-24 21:35:46
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最期にミラルパは薬液槽で療養中に、兄ナムリスにより暗殺される。なお暫くミラルパの霊体は現世に留まるが、最早彼が執着するのは怨敵ナウシカだけである(結局はそのナウシカの導きで「成仏」するのだが)。そこに生前彼があれ程執着した帝国への想いはもう読み取れない。

2020-04-24 21:36:20
しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

事実上、ミラルパの死とともに土鬼帝国は瓦解していたのだが、「我が苦しみは帝国の苦しみ」とするほど帝国と自己を同一視していたミラルパにとって、自身の死とともに帝国もまた、彼の意識からは消滅してしまったのかもしれない。それを薄情と見るか、救いと見るべきかは難しいところだが。 pic.twitter.com/ExGbGAuYug

2020-04-24 21:36:55
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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

そしてそんなミラルパにも、否そんな宿業の人だからこそ慕う者も多くいた。チヤルカ然り、ミラルパの敵討ちを試みて空しく散った無名の家臣然りである。これもまた彼にとっては救いとなろうか。兄ナムリスの亡くなった時とは非常に、残酷なまでに対照的な描写である。 pic.twitter.com/RcHk4iIt23

2020-04-24 21:37:41
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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

と、懲りもせずまた長々とミラルパについて語ってしまいました。ミラルパは、単純な悪役というより、苦悩深い宿業の君主として好きなキャラです。ストイックに帝国と自己を同一化して政務に励む姿勢は、個人的にはビザンツ帝国のバシレイオス2世を連想します。 ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90… #ビザンツ pic.twitter.com/KEi1qHyXdb

2020-04-24 21:40:59
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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

そんなバシレイオス2世の苦悩については拙稿「Uncyclopedia Byzantium」収録の小論「バシレイオス2世は名君か?」でまとめてみましたので、もしよければ下記BOOTHから是非(以上宣伝)。それでは、次回こそナムリス編を! shirochichi.booth.pm

2020-04-24 21:42:20
理表 @Rihyo37

帝国と自己を同一視し、個人的欲望に溺れることなく、帝国の安寧と臣民の教化を願い、膨大な問題と政務に対し奮闘する皇帝。 されど彼の行動そのものが帝国の混乱に拍車をかけ、彼の死後事実上帝国は瓦解する、というのは、ムガル帝国のアウラングゼーブ帝を思い出しました。 ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2… twitter.com/shirochichi070…

2020-04-24 21:58:54
しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

@Rihyo37 確かに、ミラルパを見ているとアウラングゼーブ帝を思い出す部分がありますね。個人的ストイックさ・勤勉さ・誠実さが必ずしも皆の幸福に繋がらない点は、哀愁を誘います(民の側としてはたまったものではないかもしれませんが)。

2020-04-24 22:02:40
理表 @Rihyo37

『金・女真の歴史とユーラシア東方』読んでいたら、海陵王は朝廷の重臣たちが高僧に帰依してその下座に座っている(仏法が王権に優越する)ことに憤慨し、高僧に杖刑二百、重臣に杖刑二十を加えたのだとか。 海陵王には仏道に仕える者に対するマイナスの感情があったようで、ナムリスと共通していた。

2020-04-27 16:43:48

ナムリス編

しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

一昨日からの #ナウシカ シリーズ、21時ころからナムリス編投下予定です。長年の妄想がこれでやっと出力できる… pic.twitter.com/u6do1PxET5

2020-04-25 20:17:23
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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

さて、予告通り神聖皇「兄」ナムリスについてである。彼の登場は漫画5巻から7巻冒頭までと弟ミラルパに比べれば短いが、その存在感は弟と同等、敵役としての強烈さで言えば弟を上回るとすら言える。そんなナムリスの特質を示すキーワードが「不変性」と「快楽主義」である。 #ナウシカ pic.twitter.com/IDFzIkrU8c

2020-04-25 21:00:07
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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

まず「不変性」について、これは二つの意味がある。一つはその性格・考え方がナウシカ(やその他の人物)から、影響を受けなかったという意味での、強固なアイデンティティである。ナムリスの行動原理は終始一貫しており、死の瞬間までブレない。恐るべき強靭さである。 pic.twitter.com/bCKG0nxnzC

2020-04-25 21:00:37
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しろちち@C103日曜西け28b委託 @shirochichi0707

その強靭さは、裏返せば他人への無関心でもある。実際、ナムリスはユパの博識と度量を称賛する一方で平然と彼をヒドラの穴倉に幽閉し、弟の元臣下への忠義を称えながらその亡骸はさっさと捨ててしまう。ナムリスにとって、あるヒトの瞬間瞬間の行為は面白くても、そのヒト自身はどうでもいいのだ。 pic.twitter.com/B0EtZBsESr

2020-04-25 21:01:29
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