JSF事件の虚像と実像 - 深田萌絵氏の発言に対する疑念

深田萌絵氏がブログやSNSなどで語っているJSF事件のうち、台湾で発生したとされるいくつかの事象について、これまでに挙がっている疑念を整理しました。
12

お知らせ

2021年4月に深田萌絵・后健慈両氏が事件に関する主張を変更したこと、新たな検証情報が得られたことを踏まえて、現在本記事の加筆修正および新たなまとめ記事を執筆を行っています。新記事については遅くても7月中には公開できるかと思います。(2021-05-11)

2021年1月現在、深田萌絵氏のTwitterアカウント(@Fukadamoe)は規約違反(個人情報の投稿)のために凍結されており、togetterでもツイートの添付画像が正常に表示されない状態になっています。同じ画像を挿入して対処していますが、若干閲覧しづらくなっていますので、よろしければ下記のブログ版の方を一度お試しください。(2021-01-16)

JSF事件の虚像と実像 - 深田萌絵氏の発言に対する疑念


はじめに

Revatron株式会社のCTO后健慈氏が同社の社長を務める深田萌絵氏(本名・浅田麻衣子)に語ったところによると、この事件はかつて台湾で実際に起きたものであるらしい。事件の証拠や証人は全て隠滅されているそうで、しかも后健慈氏自身は表舞台でこの事件について発言することはないため、私たちは深田氏の発言と彼女が公開するいくつかの資料などによってしかこの事件の全容を知ることができない。

これから少し詳しく見ていくが、深田氏のこの事件についての発言には一部整合性がとれていないように思われる箇所がある。ただ、「后健慈氏が台湾で軍事技術で奪われた」という部分については2020年5月現在に至るまでおおよそ一貫しており、このことが彼女が后健慈氏を「天才エンジニア」と称することであったり、また彼女が著書『日本のIT産業が中国に盗まれている』などで展開している自説であったりの大きな根拠の1つになっているのだろうと思われる。

ある人は私にこう問うかもしれない。

「証人も証拠もない上に一貫性もない?そんな根も葉もない話を検証して何の意味があるのか?」

そこで、私の一番の関心がこの事件そのものよりも、深田氏がどうして「そんな根も葉もない」と思えるような話を頑なに信じ、公共の空間で「あの人は人殺しだ」、「あの人はスパイだ」などと触れ回っているのかにあるということを最初に前置きしておきたい。今からここで書くのはあくまでそれを調べていくうちに得られた副産物に過ぎない。

深田氏がこの事件に関する発言を始めたのはおそらく2015年頃のことだと思われる。2020年5月現在でも少ない手がかりから事件の検証を続け、疑問を呈している方たちがいるが、深田氏や出版社からは未だに回答が得られていないのが現状であるらしい。この抄録が事件の真相が明らかになることを望んでいる方たちの一助となることを願っている。

追記(2021年5月11日)
2021年4月、米IRSから脱税の疑いをかけられたのち、体調を崩して米国に帰国していたらしい后健慈氏がYoutubeに登場し、自ら事件について語っている。


登場人物・組織・その他の用語

深田萌絵(本名:浅田麻衣子)
「深田萌絵チャンネル」を運営するYoutuber
Revatron株式会社代表取締役社長
 
后健慈/Jason Ho
Revatron CTO(技術長)台湾系米国人
※ 当初深田氏はブログ等で「マイケル・コー」、「王源慈」と呼んでいた。
Revatron: Jason Ho 代表プロフィール 
   
徐秀瑩
后健慈氏と共にMai Logic Inc、亞圖科技などを経営。
Company Directory: MAI LOGIC INC.
永旺未上市: 亞圖科技股份有限公司

 
Mai Logic Inc(米国 1992-2014)
Manta: Mai Logic Inc
OS news: EXCLUSIVE: Terra Soft Presents Full YDL & Hardware Solution for PPC
※ 2002年頃に「Mentor Arc Inc」から社名変更したと見られる
 
亞圖科技股份有限公司/Atum(台湾 1998-2005)
台灣新新創產業網: 亞圖科技
 
 
JSF計画(Joint Strike Fighter:統合打撃戦闘機)
米国の次世代戦闘機開発計画。Lockheed Martin社のF-35が採用された。

Kaiser Electronics
JSF計画に参加し、F-35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムをMai Logicと「共同開発」する米国の企業。

TSMC
亞圖からチップの製造を受託した台湾のファウンドリ。

虹晶科技
亞圖からチップのフォトマスク作成を受託した台湾のデザインサービス会社。

華邦電子
焦一族が経営する華新グループの台湾企業。

焦佑鈞
華邦電子の社長。
※深田氏の記述中では「焦鈞」という誤表記が散見される

中芯國際
中国のファウンドリ(半導体デバイスを生産する工場のこと)。


深田萌絵氏の発言からの事件像

まず、深田萌絵氏のこれまでの発言からJSF事件がどのような事件だったのかを少し整理してみることにする。発言の時期によって少なくとも5つの世界線があるように思われるので、それぞれA、B、Cに書き分けた。整合性が取れていないと思われる部分については色を付けて示した。(発言のソースについてはこの抄録の最後に付けることにする)
 
 
0. Mai Logicは1996年にJSF計画に参加し、Kaiser ElectronicsとF-35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムを共同開発した。
 
 
A-1. 馬英九台北市長がマシンガンを持った中国スパイや台湾マフィアに亞圖のオフィスを襲撃させ、設計情報は盗まれた。后健慈氏もまた投獄された

A-2. Mai Logicの共同開発先であるKaiser Electronicsは「中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、后健慈氏の会社が危機的状況にある。サポートしてほしい」と陳水扁総統宛にメールを送った。
 
A-3. 后健慈氏は獄中で暗殺されそうになったところを王金平立法院長(国会の議長に相当)に救い出された。2005年にFBIの保護を受けて米国に渡ったあと、被害者保護プログラムで名前を変え、米国籍を取得し、姿を消した。開発チームからは一度外された。
 
A-4. 台湾政府は「これは台湾史上最悪の人権侵害だ」と発表した。陳水扁総統は事件の解明に挑んだが、馬英九によって投獄され、治療も受けられないまま廃人になった。これによりFBIも捜査を打ち切った。

A-5. チップの設計情報は馬英九市長が中国共産党に密売し、人民解放軍に流れた。馬英九市長はそれによって得た金で国民党内の序列を5位から1位に上げ、総統になった。
 
B-1. 后健慈氏は新唐科技の米国支社長から商談に招かれ台湾にやってきたが、焦佑鈞氏によって刑事告訴されており、空港に着いてすぐ理由のない逮捕状で逮捕され、投獄された。焦佑鈞氏は台湾調査局にすべての設計資料を押収させた。それらが返却されることはなかった。

B-2. 2003年、亞圖は虹晶にチップ製造を発注したが、製品はできず、虹晶は「亞圖の設計に問題がある」として亞圖に対して訴訟を起こし、亞圖の資産を差押える手続きに乗り出した。

B-3. Mai Logicの共同開発先であるKaiser Electronicsは「不適切な妨害が入ってチップのサンプル製造が遅れている。適切な対応をしてほしい」と陳水扁総統宛にメールを送ったが、陳水扁総統はマフィアを恐れて介入しなかった

B-4. 米国に渡った后健慈氏は2006年に虹晶に対して1億ドルの損害賠償を求める反訴を起こした。

 
C-1. 焦佑鈞氏は后健慈の技術のマーケット機会を「すごい」と言って、亞圖に1,500万元を投資したのちにTSMC経由で技術を盗んだ。

C-2.その事実を隠蔽するために「技術が無かったから金を返せ」と告訴したが、虚偽告訴と見なされて却下された。


色分けした部分を簡単にまとめると次のようになる。
 
A. マフィアやスパイにオフィスを襲撃され設計を盗まれた。后健慈氏は馬英九台北市長によって投獄された。Kaiser Electronicsは「中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、后健慈氏の会社が危機的状況にある」とメール。設計は馬英九市長が中国へ密売、人民解放軍に流れた。陳水扁総統が事件の解明に挑んだが投獄された。(2015-2016)
 
B. 焦佑鈞氏に刑事告訴され、空港で理由なしの逮捕状で逮捕、投獄された。Kaiser Electronicsは「不適切な妨害が入ってチップのサンプル製造が遅れている」とメール。焦佑鈞氏が台湾調査局に押収させた設計は馬英九市長が焦佑鈞氏へ密売した。陳水扁総統は介入しなかった。(2016-2019)
 
C. 焦佑鈞氏は亞圖に投資をしたあと、TSMC経由で設計を盗んだ。焦佑鈞氏の告訴は虚偽告訴と見なされ棄却された。(2020)

この事件の肝要である「設計情報は誰にどのように盗まれ、どこに流れたのか」をはじめ、「刑事告訴された/虚偽告訴として棄却された」、「陳水扁総統が介入した/しない」、Kaiser Electronicsの手紙の内容が「后健慈氏の会社が危機的状況にある/サンプル製造が遅れている」など、発言の内容に一貫性が見られない。「虚偽告訴として棄却されたのなら后健慈氏は投獄されなかったのではないだろうか?」という疑念も生じる。

追記(2021年5月11日)
2021年4月にはさらに主張が変更されている。事件について語り始めて6年経ってまた主張が変更され、「全て隠滅された」と言っていたはずの事件資料が追加で公開される。それまで一度も名前の出ていなかった会社が突然事件の相関図に加えられる。それ以前の主張との矛盾については何も説明されない。こういったことが何を意味するのかはさっぱり分からないが、杜撰な印象を受ける。


1. 台湾政府の発表はあったか?

深田萌絵 Moe Fukada @Fukadamoe

焦祐鈞は、台湾の司法機関から諜報機関まで影響力を持っていることで有名だった。CTOは獄中で暗殺されかけたところ、当時の行政院長王金平に救われて米当局の保護下に入った。 台湾政府は、これが「台湾史上最悪の人権侵害だ」と発表した。 #焦佑鈞 #青幇

2019-12-17 08:42:23

 
深田萌絵氏が言うように政府が「台湾史上最悪の人権侵害」と公式に発表するほどの大きな事件であれば、必ずネット上に何かしら記録が残っているのではないかと思う。例え台湾で検閲・削除を受けたとしても、海外で報じられたり論じられたりした記録は残るはずだが、そういったものは見つからない。

そもそも台湾で箝口令のようなものが敷かれているのであれば、台湾に暮らす人々の間でその事件は「語ってはいけないもの」として存在を認識されているはずだが、少なくとも筆者はこれまでにそういう話を一度も聞いたことがないし、当時政府が「台湾史上最悪の〜」というセンセーショナルな発表をしたということも記憶にない。


2. 投獄されたか?

深田萌絵 Moe Fukada @Fukadamoe

新唐科技米国支社長に台湾での商談に招かれたCTOを空港で待ち受けていたのは台北警察だった。焦がCTOを刑事告訴し、理由なしの逮捕状でCTOは投獄された。焦は台湾調査局にアトム社の社内にある全ての設計資料を押収させ、それら資料は二度と返却されることはなかった。 #焦佑鈞 #青幇

2019-12-17 08:40:06

新唐科技は2008年に華邦電子からロジックIC事業を継承する形で分社化された企業であり、后健慈氏が米国に渡る2005年以前にその「米国支社長」が登場するのは時系列がおかしい。「新唐科技米国支社長に台湾での商談に招かれた」というのはおそらく深田萌絵氏の創作だろうと思われる。
 

直後、彼の台湾オフィスは中国スパイに襲撃され、馬英九によってマイケルは投獄された。獄中で暗殺されそうなところ、現台湾立法院長王金平に助けられて米国へ亡命。FBIの保護下に入ったのだ。
深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月09日)

 
「空港で理由無しの逮捕状で逮捕」以外の何らかの方法で投獄されたものと仮定して、ここで客観資料として、公司法(会社法)違反で刑事起訴された后健慈氏に対する2016年の判決文を提示する。
 

 
LAWSQ: 臺灣士林地方法院 105年度訴緝字24號

被告后健慈係位於臺北市○○路000 巷○00○00號7 樓亞圖科技股份有限公司負責人,於民國88年5 月間因公司資金短缺,欲以現金增資方式籌措資金,乃於88年6 月1 日召開董事會決議每股溢價新臺幣(下同)15元發行新股,惟迄增資基準日(88年7 月6 日)僅向瑞華投資公司募得7,500 萬元,未達應募金額目標。后健慈為達增資目的,明知公司應收的股款,股東未實際繳納,不得以申請文件表明收足,竟於88年7 月6 日向「華非建設」、「華非貿易」等公司調借7,050 萬元存入彰銀信義分行帳戶內,嗣取得資金證明後,隨即於7 月8 日原款匯回,再委託會計師向臺北市政府建設局申請增資登記獲准,因認被告涉犯修正前公司法第9 條第3 項之罪嫌(起訴書誤載為公司法第9 條第3 項,業經檢察官於92年12月3 日提出補充理由書〈一〉更正)等語。
 
(中略)
  
本件犯罪終了日為88年7月8 日,經臺灣士林地方法院檢察署檢察官於90年6 月11日開始偵查,並於92年2 月16日聲請簡易判決處刑,92年3 月11日繫屬於本院,嗣因被告逃匿,經本院於94年8 月25日以94年士院刑大緝字第213 號通緝書發布通緝在案,致審判之程序不能繼續。復依同法第83條第1 項、第3 項規定,及參照司法院29年院字第1963號解釋,本案追訴權之時效期間應加計因通緝而停止之2 年6 月期間,共計為12年6 月。惟自檢察官於90年6 月11日開始偵查,扣除檢察官於92年2 月16日提起公訴迄案件於同年3 月11日繫屬於本院期間後,追訴權時效完成日應為105 年2 月29日,故本件追訴權時效已經完成且被告迄未歸案。揆諸前開說明,爰不經言詞辯論,逕為免訴之諭知。

 
判決文には次のようにある。
 

1999年5月、亞圖は資金ショートから新株発行による増資を決定したが、期間中に7,500万元しか集まらなかった。目標金額に達成せず、株主の買付代金も未決済だったため、亞圖は華非建設、華非貿易などから一時的に7,050万元を借り入れ、増資について虚偽登記を行った。

2001年に地方法院(地方裁判所)の検察が捜査開始、2003年2月に簡易判決を申請。同年3月に士林地方法院に係属。被告が逃匿したため、2005年8月に指名手配となったが、2016年2月に時効が成立した
 

果たして「すでに入獄中で出廷できず、指名手配になった」などといったことが起こり得るだろうか。


3. 虚偽告訴はあったか?

深田萌絵 Moe Fukada @Fukadamoe

パナソニック買収の焦佑鈞がF35の開発者を虚偽告訴したときの台湾警察での調書。 「投資するよ」 と投資して安心させ、技術を奪った後に「技術がなかったから金返せ」と、虚偽告訴して技術泥棒をしてきました。 中山科学研究院の陳友武の技術も焦が盗みました。 pic.twitter.com/L5ak9ZrXhR

2020-01-03 06:37:28
拡大
拡大

 
深田萌絵氏は后健慈氏が焦佑鈞氏から告訴されたこと、それが虚偽告訴として棄却されたことの証拠として、2000年に台北市調查處が焦佑鈞氏に対して行ったという聞き取り調査の記録を提示している。だが、この調査記録からそうした事実を読み取ることはできない

興味深いのはこの調査が行われたのが前節で述べた亞圖の虚偽登記の1年後で、この調査の1年後に検察が事件の捜査を開始していることだが、この調査と虚偽登記の事件が関係しているのかどうかについてもやはりこの2枚の調査記録からは見て取ることができない。

では、調査記録には何が書かれているのか。
 

問:你是否願意接受本處(台北市調查處)人員訪談?
答:願意。
問:經歷与現職?
答:我自民國76年即但任華邦电子股份有限公司董事長,並經營該公司迄今。
問:你有無投資「亞圖科技股份有限公司」?詳情?
答:有,我係以華邦电子公司転投資之「瑞華投資股份有限公司」●●亞圖公司88年增資時投資新台幣(下同)一千五百萬元,佔該公司股份百分之五點九。原由本公司於与美IBM公司合作時得知后健慈所經營之美國MAI公司擁有本公司所欠缺的IC產品技術,並經IBM公司介紹,計劃与MAI公司合作,協商期間后某告稱該IC產品技術發展尚未屬重要,其另有一有關电腦安全系統相關技術之發明方係电腦科技之大突破,要求與本公司合作,公司內部乃呈至我處該判,經我与后某接觸,認為

(印影で解読できなかった2字は●●で表した)

 
華邦の焦佑鈞氏は1999年に亞圖が増資した際、1,500万元を投資した。IBMと提携した際、自社に欠けているIC製品技術を持つMAI(Mentor Arc Inc:Mai Logic Incの前身)を経営する后健慈氏のことを知り、IBMの紹介でMAIと提携を計画した。協商期間中に后健慈氏から「IC製品の技術発展は重要ではない。現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある」として、亞圖との提携を求められた

最後の一行の前半部分は「社内で私のところに話を上げて判断する」といった意味かと思われる。後半部分は文が途中で終わっており、深田氏が提示していない3枚目に続いているようである。

つまりこの2枚の調査記録には、焦佑鈞氏が亞圖に投資したかどうか、投資に至るまでの経緯(の途中まで)しか書かれていない。告訴のための調査であるとすれば、どのような被害を受けたのかが書かれるはずだが、肝心のその部分がこの2枚からは分からない。この調査がどういった目的で行われたものなのかも分からない。どうして深田氏はこの調査記録の続きを提示しないのだろうか。

そして、またもう1つの疑念が生じる。深田氏の主張に従ってこれが技術を盗んだことを隠すための告訴の調査記録であるとすれば、后健慈氏が技術を盗まれたのはこの調査が行われた2000年5月以前でなければいけないはずである。では、どうして亞圖は2003年に虹晶に対してチップの製造を依頼できているのだろうか


1 ・・ 8 次へ