【19世紀中葉の英仏建艦競争と三代広重】

世界初の近代的建艦競争の展開を、「スクリュー推進戦列艦」というユニークな艦種を主役に、技術進歩や軍事・外交の面から概観します。 そして、三代広重の浮世絵との意外な関係を解き明かします。
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HIROKI HONJO @sdkfz01

【19世紀中葉の英仏建艦競争と三代広重】 1850年代から60年代にかけて、英仏両国は激しい海軍拡張競争を展開しました。当時は産業革命の進展に伴い、蒸気機関や鉄製船体などの新技術が軍艦建造に導入された一大画期に当たり、両国の角逐は世界初の近代的建艦競争とされています。 pic.twitter.com/eC6Nxepmxl

2020-05-16 17:10:10
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しかしながら、軍艦の進歩は木造帆船から鉄製蒸気船へと、分かり易い一本道を歩んだわけではありません。 過渡期ゆえの様々な、そして魅力的(?)な試行錯誤があるのです。 本稿ではその象徴である「蒸気戦列艦」の盛衰にスポットを当てながら、英仏抗争の諸相を素描します。 pic.twitter.com/3A8VLZ8x3J

2020-05-16 17:10:47
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19世紀中葉の建艦競争と三代広重にどんな関係があるのか? それは最後のお楽しみです。 ちなみに彼は東海道五十三次で有名な浮世絵師、歌川広重の孫弟子に当たり、幕末・維新期に西洋文明の所産を描写する「横浜浮世絵」の名手として名を馳せました。 pic.twitter.com/0uijeE7zKs

2020-05-16 17:11:19
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さて、19世紀における海軍の軍事技術上の革新というと、アヘン戦争で活躍した世界初の鉄製蒸気軍艦「ネメシス」(英国東インド会社所属、画像右端)を思い浮かべる方も多くいらっしゃるでしょう。 pic.twitter.com/EJxFr5DZKt

2020-05-16 17:11:57
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しかし乍ら、この時代には、なお旧態依然たる木製帆走式の戦列艦が海軍の主力を占めていた事実は案外知られていません。実際、アヘン戦争から10年を経た1852年、海洋覇権国家たる大英帝国は73隻、第二の海軍国フランスは45隻もの旧式戦列艦を莫大なコストをかけて維持していたのです。 pic.twitter.com/eMpfRBnan5

2020-05-16 17:12:32
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戦列艦と言えば、17世紀にガレオン船の発展型として登場して以来、長気に渡り海の女王として君臨した後、1805年のトラファルガー海戦(画像)で有終の美を飾り、歴史の表舞台を去ったはず…私も以前はそう思っていました。 pic.twitter.com/pkml2YCKrp

2020-05-16 17:13:09
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これは、ターナーが1838年に発表した絵画「解体されるため最後の停泊地に曳かれゆく武勲艦テメレール」において、トラファルガーで活躍した戦列艦の終の姿を描いたことも一因でしょう。蒸気船に曳航される廃艦の様子は、時代の移り変わりを鮮烈に表現しています。 pic.twitter.com/uO3MZaMTQk

2020-05-16 17:13:47
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しかし、実際にはこの時代、木造帆走の戦列艦はバリバリ現役だったのです。 当時の二大強国にしてなお、かかる状況にあったことは特筆に値します。 尤も、これは両国海軍の頑迷固陋にのみ求められるものではなく、一定の合理性を有するものであったことは付言しておかねばなりません。 pic.twitter.com/mf7a7sWWZR

2020-05-16 17:14:27
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まず蒸気機関による推進については、1840年代まで外輪が主流でしたが、これは船腹の中央部に巨大な装置を取り付けねばならず、また機関の重みで否応なく喫水線が上昇するため、備砲の大幅な減少は不可避だったのです。 pic.twitter.com/9w9x5Bd9k7

2020-05-16 17:15:08
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実際、英国海軍は1845年に実験的外輪フリゲート「テリブル」(画像)を建造していますが、同艦は3,100トンという戦列艦並みの巨躯を有していたにもかかわらず、その砲門数は僅か19門に過ぎません。これに対し、同サイズの帆走戦列艦は80門を搭載できたのです。 pic.twitter.com/lJwqBNgOs6

2020-05-16 17:15:51
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また、外輪は船体の外側に露出しているため、戦闘時には敵の砲火によって容易に破壊・無力化されてしまうことは明白でした。

2020-05-16 17:16:25
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鉄製船体についても、深刻な懸念材料がありました。それは、当時の製鉄産業の水準の低さです。シーメンス法の普及により鋼の大量生産が実現するのは1870年代以降。1840年代から1850年代半ばにかけて工業的に供給された錬鉄は衝撃に弱く、 pic.twitter.com/wBJFMVsSlc

2020-05-16 17:17:06
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砲弾が命中すると船体が裂けて破片が広範囲に飛散し、乗員を殺傷する恐れがあったのです 。一方、従来から用いられている木材は頑丈な割に、軽く扱い易く、戦闘中に損傷個所を応急修理することも可能でした。

2020-05-16 17:17:38
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英国では軍艦の建材として鉄を採用するかが政治問題となり、繰り返し試験が行われましたが、結果がはっきりとしないままに、1850年の議会委員会は軍艦建造には鉄は不適格であるとの結論を下します。 pic.twitter.com/StthQfGT4d

2020-05-16 17:18:29
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なお、民間では大型の鉄船が建造されるようになっていましたが、これは軍艦程の強度を要求されないことと、深刻な環境制約により良質な木材の確保に限界が生じたためと考えられます。 画像は鉄製蒸気船「ヒマラヤ」。英国が建造した当時世界最大の客船で、1853年進水、排水量4,700トン。 pic.twitter.com/cOw6XZCLc4

2020-05-16 17:19:15
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かかる事情から、列国海軍では蒸気機関と鉄製船体の採用は基本的には小型艦に限られ、これらの軍艦は19世紀半ばにおいては水深の浅い海域が広く、また河川での使用頻度も高い東アジアを主たる活躍の場としていました 。

2020-05-16 17:19:51
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ネメシスが排水量660トン、備砲2門に過ぎない小型艦であり、英国海軍ではなく、東インド会社によって建造・運用されたのには、このような背景があったのです。 同艦は清国海軍を容易く打ち破りましたが、北大西洋に展開する巨大な木造帆走戦列艦に抗することはもとより想定の範囲外でした。 pic.twitter.com/fSOt7T6dr8

2020-05-16 17:20:39
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当時の木造帆走戦列艦の戦闘価値を示す端的な事例が存在します。米国東インド艦隊長官、マシュー・ペリー提督は、日本への艦隊派遣を計画するにあたって、本国に戦列艦「ヴァーモント」を自らの指揮下に加えるよう要請したのです。 pic.twitter.com/wZ8N4H5zps

2020-05-16 17:21:31
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予算上の理由によりこの求めは海軍上層部の容れるところとはなりませんでしたが、仮に実現していれば1853年に浦賀沖に現れたアメリカ海軍の戦力は、史実より遥かに強力なものになっていたでしょう。 pic.twitter.com/iXUSl3qKq6

2020-05-16 17:22:19
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何となれば、当時世界最大級の蒸気軍艦2隻(サスケハナ、ミシシッピ)を擁する4隻の「黒船」艦隊は合計で63門の砲を有していたのに対し、ヴァーモントは単艦で74門を装備していたからです 。 pic.twitter.com/QkGcGq3qjq

2020-05-16 17:23:19
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しかし、技術の絶えざる進歩は、海軍の主力たる戦列艦の在り方にも大きな影響を及ぼすことになります。 契機となったのは、スクリューの実用化と、コンパクトで大出力の新式蒸気機関の登場でした。

2020-05-16 17:24:03
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これにより従来の蒸気軍艦の致命的な欠陥である砲門数の減少と、外部に露出した外輪の脆弱性が解消され、巨大な戦列艦を動力推進によって自在に航行させることが可能となったのです。ここに本稿の主役である蒸気戦列艦が誕生しました。 pic.twitter.com/fN6k7dhDMM

2020-05-16 17:24:51
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先鞭をつけたのはフランスでした。主力艦の数で英国の後塵を拝していた同国は、この新しい艦種が従来の帆走戦列艦を一挙に陳腐化される存在であることを見抜き、1850年に蒸気戦列艦「ナポレオン」を世界に先駈けて進水させたのです 。 pic.twitter.com/t7Cr1l25QW

2020-05-16 17:25:42
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同艦は2層の砲列甲板に90門もの砲を備える排水量5,040トンの巨艦であるにも拘わらず 、公称900馬力の機関出力を誇り、無風状態の下でも12ノットの高速で航行することが出来ました。その性能は、列国の海軍関係者を驚愕させます。

2020-05-16 17:26:39
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英国は海上におけるヘゲモニーを死守すべく、間髪を置かずにこれに追随。1852年には同国初の蒸気戦列艦「アガメムノン」を進水させるとともに、比較的新しい帆走戦列艦に続々と改装を施し、蒸気機関を搭載したのです。 pic.twitter.com/bcsjv8wGqf

2020-05-16 17:27:28
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コメント

ヘイローキャット @Halo_nyanko 2020年5月17日
シップオブザラインを戦列艦って訳したのは神訳だと思う
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九十九 @hakqq 2020年5月17日
これをほぼやらずに済んだのは本邦にとっては幸運だったか
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