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平柳育郎海軍大尉の休暇日誌まとめ(1)

 海軍兵学校70期で首席として恩賜の短剣を拝受した平柳育郎海軍大尉の休暇中の日記(生徒作業録)のまとめです。  昭和14年8月1日〜21日、夏季休暇分。 (1)休暇計画〜(5)旧師の言による教訓まで 川田要三著『ラバウルの星平柳海軍大尉』p119〜125より引用。
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

育郎さんの伝記を改めて見ていると、兵学校時代の休暇中に育郎さんが書いた休暇中の日記(休暇終了後に教官に提出)が載っていた。夏季休暇と冬季休暇と両方あってドキドキしている。兵学校入校後最初の夏休みには大阪に旅行に行っている。人生初の一人旅だったらしい。

2020-05-14 21:46:07
櫻菊てふやう @S_Chouyou

ああ、育郎さんの日記を読むと胸が切ない…。読んでいて、育郎さんが神仏に崇敬が厚く、各地の神社に参拝を欠かさないことがわかった。実家にいる時だけではなくて、旅行中もほぼ必ず神社参拝に行く。今でいうならパワースポット巡り?でも、育郎さんの場合は信心深さからくる行動だから意味合いが違う

2020-05-15 00:35:03
櫻菊てふやう @S_Chouyou

育郎さんの日記を読むと「せざるべからず」とか二重否定の言葉をよく使っている。なぜだろう?文章の癖かな?常に「こうしてはいけない」と自分を律しているから無意識のうちに二重否定語を文章の中で使用するようになったのだろうか?

2020-05-18 00:30:18
櫻菊てふやう @S_Chouyou

なお、育郎さんの書き言葉での一人称は「吾人」これは男性が使う古い一人称らしい。後に教官から「吾人…用語不適。提出書類には吾人を避けよ」と注意書きをされてから「予」に変えている。「予」は菅野直も日記の中でよく使う一人称。磯部浅一は「余」が多かった印象。

2020-05-18 00:33:39
櫻菊てふやう @S_Chouyou

育郎さんの日記、「軽躁浮薄の徒」という言葉が登場。落ち着かなくて軽薄な輩という意味。現代風に言うとチャラ男と言いたいのだと思う。育郎語ではチャラ男=軽躁浮薄の徒。育郎さんはふとした事柄も四字熟語に例えるくらい語彙豊富で学がある。さすが開校以来の秀才と言われる人物だなあと実感。

2020-05-18 07:17:28
櫻菊てふやう @S_Chouyou

読んでみたい人がいらっしゃったので、少しタイプしてみました。(伝記の原書だと読みにくい感じがしたので…)夏季休暇日誌の初め。これは育郎さんの夏休みの休暇計画。見事な文語体。(当時の書き言葉。古文書の文体)今の書き言葉とは言葉遣いが全然違う。 pic.twitter.com/V7KiL81iHQ

2020-05-18 23:18:41
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

イロハニホヘ、最後はへ だった。伝記の原書を読むと、文字がハに見えたから、上の画像では最後にハと書いてしまったので訂正。普通、イロハニホヘトのはずだから読んでいて、おかしいと思った…。解読には気をつけよう。(間違えていたらすみません) pic.twitter.com/oiVX4pjx5G

2020-05-18 23:28:12
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

現代語訳も作ってみた。だいたい意味はこんな感じだと思う。育郎さん、真面目だなあ。浦和中学校の今井精一校長から「本校一の模範生なり」と推薦文に書かれるだけのことはある。 pic.twitter.com/MHSBgzqbeW

2020-05-18 23:35:06
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

服務綱要(校則みたいなもの)ってこんな感じ。全文は長いので端折って掲載。2枚目の画像以降は学術教育に関する事柄だから、育郎さんが書いている学習の準備についての内容に当てはまると思う。これもまた見事な文語体。 pic.twitter.com/uy0kfhSVWs

2020-05-18 23:46:11
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

夏休みの行動概要。神社参拝を大切にする育郎さんだけど、特に明治神宮と靖国神社は行動概要に書くくらい重視している。父の墓参だけど、お父さんのお墓は福井県鯖江市にあるので、江田島から埼玉県浦和市(当時)に帰省するまでの間、一人で旅行計画を作って立ち寄っている。なんという孝行息子…。 pic.twitter.com/fvF9wApBxN

2020-05-19 00:05:50
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

それ以外には先輩や恩師、親戚訪問など目上の人に対する挨拶回りをやっている。この時、彼は17歳。17歳の少年が21日しかない短い夏休みの間に一人でこれらを全部やっている。横須賀海軍航空隊見学、水泳の知識云々は全部将来の仕事に関すること。彼自身の休暇としての夏休みはどこに行ったのだ…

2020-05-19 00:09:55
櫻菊てふやう @S_Chouyou

日課。育郎さんの夏休みの一日の行動計画。帰省、帰校前後に旅行が書いてあるけど、これは旅行を目的に出かけたというよりも、帰省帰校の道中で途中下車して、墓参などの目的のついでに旅行したという感じ。あくまで主目的は墓参や神社参拝なのだと思う。(旅行中にどこに遊びに行ったのかは書いてない pic.twitter.com/Q42SgwaAw1

2020-05-19 00:16:04
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櫻菊てふやう @S_Chouyou

この日記は教官提出用なので、提出しないもの(自啓録)はもしかして、個人旅行の記録が?気になる。でも、この予定表を見る限り、あまり個人の楽しみには重きを置いていないような気がする。この年の夏休み以外でも育郎さんは各地旅行に行った際は神社参拝を欠かさない。

2020-05-19 00:41:34
櫻菊てふやう @S_Chouyou

行く先々で神社参拝を欠かさないとは育郎さんは当時としてもかなり信心深く、神仏を重んずる少年だったことがわかる。さらに、これを読む限り人付き合いを大事にする印象。目上の人への挨拶(卒業した学校の先生など)や親戚付き合いは欠かさない。少年が一人でこれらを実行することがすごい…。

2020-05-19 00:44:14
櫻菊てふやう @S_Chouyou

彼の場合卒業した学校の先生や先輩などを生活環境が違っても疎遠になることなく、挨拶を欠かさず親交を保っている。人間関係は環境や状況が変わると(特に遠く離れてしまうと)疎遠になりがち…特にネットやLINEがない当時は離れてしまうと特に遠く感じたのではないかと思う。

2020-05-19 00:46:51
櫻菊てふやう @S_Chouyou

しかし、育郎さんはどんなに離れていようとも、生活環境が変わってもかつての恩師や先輩、交流があった人々と決して疎遠にならずに親交を保つように付き合いを大切にしている。だから、遠く離れた江田島にいても変わらず旧師・旧友と交流を持ち続けている。

2020-05-19 00:50:03
櫻菊てふやう @S_Chouyou

8月15日に靖国神社参拝しているけど、昭和14年当時は終戦記念日ではない。今とは大分様子が違うんだろうなと思う。お盆だから参拝したのかな?同じ日に明治神宮を参拝している。神仏と皇室に崇敬が厚く、戦没者に対する崇敬も厚い。平柳育郎17歳の夏…。

2020-05-19 00:57:39
櫻菊てふやう @S_Chouyou

少し気になったのは、彼個人が遊びに行ったとか娯楽を楽しんだとかという記述が見られない点。江田島生活で繁忙を極めているだろうから、夏休みくらいゆっくりと休んで、自分の楽しみで心を癒す時間を作って欲しかったなあと思う。時代的に難しかったんだろうけど…。

2020-05-19 00:59:49
櫻菊てふやう @S_Chouyou

他の生徒の休暇日誌と比べてみたい。みんな彼のような感じなのか、どうなのかすごく気になるところ。菅野直はどうなんだろう?

2020-05-19 01:00:50
櫻菊てふやう @S_Chouyou

育郎さんの遊びや娯楽の記述が見られないから、余計に大阪旅行の内容が気になるなあ。住吉神社以外ではどこに行ったんだろう?初めての長旅だったらしい。

2020-05-19 01:17:56
櫻菊てふやう @S_Chouyou

育郎さんの泊まったホテル(旅館?宿?)はどこかな?江田島から大阪までは同郷の先輩と一緒だったけど、大阪〜鯖江〜浦和までの道のりは先輩はついてきていないから一人で泊まったんだろうなあ。生まれて初めての育郎さんの一人旅。同郷の先輩は手紙に出てくる木内兄(木内哲朗、海兵69期、浦和中出身)か

2020-05-19 09:16:03
櫻菊てふやう @S_Chouyou

小川兄(小川麟太郎、海兵69期、浦和中出身)かな?この二人は先輩の中でも仲が良かったみたいで埼玉県人会にも一緒に参加している。木内哲朗さんは戦後に育郎さんについて証言しているし、育郎さんより先に戦死した小川麟太郎さんについては戦死について育郎さんがお母さん宛の手紙に書いている。

2020-05-19 09:19:20
櫻菊てふやう @S_Chouyou

木内哲朗さんはネット上の情報によると2008年に逝去されたみたい。2007年に槇さんが逝去されているから今から12、3年前は育郎さん関係者の方々が次々と鬼籍に入られている。木内哲朗さんの証言によると中学時代から育郎さんと知り合い、兵学校時代は休暇にはよく一緒に帰って平柳家の人達に会っていた

2020-05-19 09:27:06
櫻菊てふやう @S_Chouyou

らしいから、大阪まで同行した先輩というのは木内哲朗さんの可能性が濃厚。小川さんもきっと一緒だったのかもしれない。彼らとは大阪で別れて、育郎さんは一人旅へ…。

2020-05-19 09:29:03
櫻菊てふやう @S_Chouyou

育郎さんの初めての一人旅の舞台は大阪をはじめとする関西地方だったけど、民俗学者の赤松啓介によると、戦前の関西地方では「稚児かつぎ」という美少年に対する集団強姦があったらしい。大正時代までは盛んに行われていたけど昭和に入ってからはほとんど見られなくなったとか…。

2020-05-19 10:24:53
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コメント

櫻菊てふやう @S_Chouyou 2020年5月23日
平柳育郎の夏季休暇日誌まとめ (4)天災に対する所感を追記しました。
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櫻菊てふやう @S_Chouyou 2020年5月26日
平柳育郎の夏季休暇日誌まとめ (5)旧師の言による教訓を追記しました。
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