【帝政ドイツの通商用潜水艦 その知られざる航跡】

ドイツの潜水艦「Uボート」は、二度の大戦において、通商破壊戦で猛威を振るったことで知られます。しかし、隠密性を武器に、貿易に携わった艦も存在しました。 そんなパラドキシカルな異色のUボートの生涯を素描します。
イギリス 潜水艦 ドイツ海軍 ドイッチュラント ww1 軍事 歴史 フランス ドイツ
50
HIROKI HONJO @sdkfz01
【帝政ドイツの通商用潜水艦 その知られざる航跡】 20世紀、潜水艦は二度にわたる大戦で輸送船を襲う海の狼として猛威を振るいました。とりわけUボートの名で知られるドイツのそれは、海洋国家たる大英帝国の重大な脅威となり、同国の軍需生産ばかりか国民生活までもが破綻の危機に瀕しました。 pic.twitter.com/Rj632hZ5cx
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
一方で、優れた隠密性を武器に海上封鎖を潜り抜け、中立国と交易を行った潜水艦の存在は、わが国では殆ど知らません。 「通商用潜水艦」と呼ばれるその船は、第一次大戦下、他ならぬ帝政ドイツによって建造・運用されました。 本稿では、このパラドキシカルな船の生涯を素描します。 pic.twitter.com/OtCHlNxUB6
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
開戦から1年半を経た1916年3月、北ドイツの港湾都市フレンスブルクで1隻の潜水艦が進水しました。「ドイッチェラント」と命名されたその船は、全長65m、全幅8.9m、排水量2,300トン。当時ドイツ海軍の主力だった航洋型潜水艦MS級(全長70m、全幅6.3m)に比べて、ずんぐりとした船体です。 pic.twitter.com/Me9pnNvQUL
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
それもその筈、この船の役割は外国と貿易をすることにあり、船内に最大700トンの貨物を載せるスペースを備えていたのです。 そのため、同船は民間船として扱われていました。私企業(フレンスブルク造船所)によって建造され、 pic.twitter.com/2EGraU5yXh
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
運航を担当するのは北ドイツロイド船舶(現ハパック・ロイド)の子会社、ドイツ大洋海運。 もちろん、武装はありません。これは、かろうじて中立を保っているアメリカ合衆国との通商を維持するために、ドイツ側の当局者が考えに考え抜いた苦肉の策だったのです。 pic.twitter.com/hCAVw3KFs2
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
当時、大英帝国本国艦隊に圧倒されたドイツ大洋艦隊は、艦隊温存主義に則り母港に立て籠もることを強いられていました。北海沿岸の制海権は連合軍の手に帰し、海上交通は完全に遮断。国内に天然資源の乏しいドイツの戦時経済は日に日に貧窮の度合いを深める一方でした。 pic.twitter.com/3Md8XgHzCb
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
ドイッチェラントに課せられた使命は、ですから非常に重大でした。強大な英国艦隊の封鎖を突破して6,000キロの彼方にあるアメリカまで辿り着き、戦争継続に不可欠な希少金属を入手、再び敵の目をかいくぐってこれを本国へ持ち帰ること。それこそが彼女の存在意義だったのです。 pic.twitter.com/nr8Bgph0fN
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
写真はドイッチェラントの操舵室 pic.twitter.com/lZ81hqToca
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
1916年6月23日、ドイッチェラントは遥かな新大陸を目指しブレーメンを出港します。指揮を執るのは北ドイツロイド船舶から出向したパウル・ケーニヒ船長。乗員は船長以下、士官4名と船員25名の総勢29名でした。 pic.twitter.com/GarcTJu7Qm
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
同船は潜行して敵の警戒海域を通り抜けた後、ドーバー海峡も乗り越え、7月9日、無事に米国東海岸の港湾都市バルチモアへ到着します。 写真はバルチモアに上陸したドイッチェラント乗員。中央に船長。 pic.twitter.com/iVmll4zD53
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
当時、米独の政府関係は愈々緊張の度合いを増していましたが(ルシタニア号の撃沈は前年5月)、バルチモアの市民はこの奇妙な「商船」を意外にも歓迎したようです。 入港翌日のバルチモア・サン紙は次のように報じています。 pic.twitter.com/avi1FP2Cq9
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
「ドイッチェラントはこれまで設計された中で最大級の潜水艦である。…彼女は16日でブレーメンからやってきたが、これは普通の貨物船とさして変わらない。武装は無く、運航は民間企業が行っている。積み荷は500トンの化学染料と山のような郵便物で、他にかなりの量の金塊を持ってきたともいう」 pic.twitter.com/aiczNOzjLf
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
「皇帝ウィルヘルム2世からウィルソン大統領に宛てた親書を携えていると聞くが、これは疑わしかろう。」 動画はバルチモアのドイッチェラント youtube.com/watch?time_con…
HIROKI HONJO @sdkfz01
「『ハロー、ドイッチェラント!』記者が声を掛けると、ブリッジもハローと返事をした。『航海中アクシデントはありませんでしたか?』と問うと『何もありませんでしたよ』との答え。」
HIROKI HONJO @sdkfz01
「『英国や仏国の軍艦を見ましたか?』『一隻も見ませんでしたね。』『本当ですか?追跡されたりは?』『ですから、本当に唯の一隻も出会わなかったんですよ』」
HIROKI HONJO @sdkfz01
ドイッチェラントは8月2日までバルチモアに留まったのち、340トンのニッケル、93トンの錫、348トンの天然ゴムを積んで帰途に就きました。 船内に収まりきらなかったゴムは船外に括り付けたようです。 pic.twitter.com/ZDRD87k0ax
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
復路も難なくこなした同船は8月24日にブレーメンへ帰港しています。 往復15,650キロに及んだ航海で、潜行していたのは350キロだけでした。ソナーも対潜哨戒機も存在しない「時代」ゆえなのか、ケーニヒ船長以下乗員が優秀だったのか。 おそらくその両方なのでしょう。 pic.twitter.com/vGP0VuBGKa
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
持ち帰った積荷の価値は1,750万ドルにのぼり、これはドイッチェラント建造費の4倍に相当します。 なにより、これらの資材は、ドイツの軍需産業の数か月分の需要を満たすものでした。 かくして同船は見事にその役割を果たしたのです。 pic.twitter.com/8mBRTUEanu
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
ドイッチェラントの成功は、敵国である英仏にとって到底看過できないものでした。両国は直ちに米国へ抗議します。臨検ができない潜水艦を通商に用いることは国際上認められず、従って商船として扱うべきではないと。 pic.twitter.com/yT2FARJH9z
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
これに対し米国は、例え潜水艦であろうと武器を帯びていない限り商船として貿易に携わることを禁じる理由は無いとして、英仏の訴えを退けました。 pic.twitter.com/SocLsZ3Mu2
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
こうなれば軍事行動あるのみです。英国海軍は1916年9月、アイスランド沖を航行していたドイッチェラントの姉妹船、ブレーメンを撃沈します。同船の乗員は全員死亡。 戦時下において国家の意思を体現するのは国際法でも交渉でもなく、武力であることを示しました。
HIROKI HONJO @sdkfz01
それでも、ドイツは米国と貿易を続けざるを得ません。ブレーメンの悲劇から1か月後、ドイッチェラントは再び米国を目指して出港します。 ドイツ海軍はしかし、彼女を無為に単独で送り出しはしませんでした。最新鋭のUボート、U53を先行して北米沿岸へ派遣、陽動作戦を展開したのです。 pic.twitter.com/4t6f25WMAa
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
同艦は連合国の船舶5隻を水底深く葬り去るなど、大いに暴れまわり、敵の警戒を一手に引き受けます。 ブレーメンの撃沈に対する、これがドイツの回答だったのです。 pic.twitter.com/WsRSFc3LTd
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
その隙をついて、ドイッチェラントは無事に米国のニューロンドン港へ辿り着きます。時に1916年11月。今回も大量のニッケル、錫、生ゴムを積み込み(6.5トンの銀を運んだという説もあり)、母国へ帰還したのです。 pic.twitter.com/32C7JZo7KT
拡大
HIROKI HONJO @sdkfz01
大英海軍をもってしても、通商用潜水艦の行く手を阻むことは出来ない-同船の活躍は、世界の人々にそう信じさせるに十分なものでした。 動画はニューロンドンを発つドイッチェラント。 youtube.com/watch?v=xaN4H9…
拡大
残りを読む(9)

コメント

Fox(E) @foxe2205 2020年5月22日
WW2において、日本海軍は「ドイッチェラント」を参考にして輸送潜水艦計画を立ち上げ、紆余曲折の末「伊361」級潜水艦を12隻建造した。しかし同級は米海軍に包囲された離島への輸送(強襲上陸)のための艦で、搭載能力は艦内外を合わせて85tに過ぎず(「ドイッチェラント」は最大720t程度)、更に戦局逼迫に伴い一部の艦は人間魚雷「回天」搭載用に改修されるという運命をたどった。
マシン語P @mashingoP 2020年5月22日
英国はWW1で散々独U-Boatに痛めつけられたのに20年後のWW2までにその経験やノウハウが失われ、文字通り血で贖って一から潜水艦対策のイロハを構築したという。この分だと生きている間に3度めを目撃できるかもしれない。
九十九 @hakqq 2020年5月23日
武装化は設計に織り込み済みやったんやろか
ネット・アイドル界の重鎮だんごむしさん @sengodebu 2020年5月23日
そしてアメリカの商船攻撃してWW1に参戦へ・・・
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする