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山県昌景の生年について

歴史ニワカが雑な考察と妄想で書き連ねた山県昌景の生まれ年考察記
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武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

とりあえず本格的に山県昌景殿の生年を考えていこう٩(・ω・)و 今の所若い順に1529年、1518年、1515年生まれという3つの説があります そして昨日望月の義叔父上が見事な推理を見せてくださった故、儂もパクっゲフンゲフン参考にして娘婿などから生年を類推しよう作戦を行おうと思います ↓さすおじ twitter.com/mochiduki_ensh…

2020-05-27 16:32:30
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

まず義叔父上の仰る通りで、三枝昌貞(1537年生 守友の名で知られる)の妻は昌景の娘です 当時も年の差婚はあったでしょうが、基本的には歳の近い相手を選びます それ故に29年生まれ説だと多少無理があるように思えます(昌景が数え年で9歳の時に娘が生まれたとしても、ようやく昌貞と同い年になる程度)

2020-05-27 16:32:32
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

昌貞と妻が同い年だと仮定すると、妻が生まれた時に昌景は数え年で20歳(18年説)か23歳(15年説)になります やはりこのどちらか(又はそれ以前)の生年の可能性が高そうです そして昌景の娘婿は他に、相木常林と横田尹松の2人がいます 相木常林は信濃佐久郡の国衆で依田一族です 生年は残念ながら不明です

2020-05-27 16:32:33
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

ただ常林の父の相木昌朝は1516年生まれとされているので、常林が昌景の娘と同年代とすると昌景の生年も16年前後になりそうです 横田尹松は足軽大将(勝頼期に出世するが)で、1554年生まれです 此方も妻と同い年だと仮定すると、娘が生まれた時に昌景は数え年で37歳(18年説)か40歳(15年説)となります

2020-05-27 16:32:33
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

続いては昌景の同僚から彼の年齢を探っていきます 彼は使番衆(いわゆる百足衆)に編成されており、その時の同僚の最年少(の可能性が最も高い)は温井景宗(1539年生 後の武田信勝の傅役)で、最年長は小幡惣七郎(小幡虎盛の弟で、正確な生年は不明だが父の小幡日浄が1514年没なのでそれ以前の生まれ) です

2020-05-27 16:32:34
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

景宗は飛び抜けて若いですが、それ以外の面々の生年は大体1491以降1514以前(小幡惣七郎)~1527(春日虎綱)くらいに纏まっています 昌景も例に漏れずその間の生年(つまり15年か18年)の可能性が高そうです ちなみに18年生まれだと同僚の金丸筑前守虎義(土屋昌恒らの父)と同い年ということになりますね

2020-05-27 16:32:35
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

ちなみに諏訪勝頼(1546年生)付家老筆頭の安倍五郎左衛門宗貞も同僚でした 宗貞は生年不詳ですが、勝頼に付けられたということは彼より一回り以上は歳上でしょうし、勝頼が高遠城に入った1562年には一通りの役目をこなせる年齢になっていたと思われます 1530年頃の生まれの可能性が高いでしょうか…?

2020-05-27 16:32:35
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

あと昌景殿の息子たちって意外にも生年不詳なのであまり参考になりません 一応山県昌重なる息子が塙団右衛門に仕えて大坂夏の陣で戦死したみたいな話があった気がしますが、本当なら随分晩年までハッスルしてたっぽいな昌景殿… まぁ自称の可能性もありますが

2020-05-27 16:32:36
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

そういえば今思い出したんですが、飯富道悦さんは最近虎昌さんの祖父って言われてたよなぁ…と思いながら調べてみたらビックリ。道悦の息子で虎昌と昌景の兄弟の父である飯富源四郎が1515年に大井信達との戦いで道悦ともども戦死してた これ昌景さんが1515生まれの可能性高くなってきたんじゃ…

2020-05-27 16:32:37
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

最近言われてる説をざっくりまとめた家系図 富田城の戦いで戦死した飯富源四郎が本当に昌景の父親なら、昌景は1515年生まれ(またはそれ以前)の可能性が高そう もちろん源四郎の死後に未亡人となった妻が昌景を産んだ可能性もあるけど… 確定できないのは昌景と虎昌の関係がはっきりしないせいですね pic.twitter.com/50PneWponj

2020-05-27 16:32:39
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武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

とりあえず今回の考察(という名の妄想)は、山県昌景の生年は1515年の可能性が最も高く、次いで1518年説だと思われ、1529年説はほぼありえないと結論づけました 何方か詳しい方、何かここに書いてない情報をご存知の方がいたらお教え下さい(´∀`)ノ

2020-05-27 16:32:40
武田 信豊(後典厩)❖ @nobutoyo_tenkyu

ちなみに今回の考察は山県昌景が飯富道悦又は飯富源四郎の息子だと仮定して話していますが、昌景は安芸山県氏の山県重秋の息子という説もあり断定はできません しかし昌景が1515年生まれ(もしくはそれ以前)である可能性は非常に高くなったと言えると思います

2020-05-27 18:33:49

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