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陽気で冷酷、偉大なりしドイツ傭兵集団ランツクネヒトの誕生まで

半国民兵であり、有名な農民傭兵集団ドイツ傭兵ランツクネヒトの誕生までをつらつらと書いてみました。ランツクネヒト達はスイス傭兵達の活躍が無ければ誕生していなかったと言えます。
雑談 傭兵 ランツクネヒト スイス独立 世界史 騎士達の没落 ドイツ傭兵 西洋中世史 ハルバードとパイク
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私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
ランツクネヒト…ランツクネヒト!誇り高きドイツ人傭兵達!(今日はランツクネヒトな気分
じょにー田仲@おさか @johnyrid
@centurio_P 偉大で勇敢な皇帝マクシミリアンに神のお恵みを! 帝の下、一つの騎士団が現れいで笛や太鼓で諸国を廻る。これぞランツクネヒトと申すもの
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
@johnyrid 傭兵でありながら神聖ローマの名の下に!ドイツ民族の名の下に!戦い退かぬ偉大なるマクシミリアンの僕達!彼らこそランツクネヒト!これこそがランツクネヒト!
じょにー田仲@おさか @johnyrid
@centurio_P おお偉大なる皇帝マクシミリアンよ。あなたは、自ら槍を持ち、馬を下りて、我らと矛を並べる! あなたこそ、われらランツクネヒトの父! 真の高貴なる戦士!
黒木 @MS06Fz
@centurio_P スイス人傭兵はどうすれば・・・
黒木 @MS06Fz
@centurio_P そして捕虜をとらない喧嘩が・・・
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
まあ、自分のフォロワーさんには今更という感じでは有ると思う。ランツクネヒトというのはドイツ語でLandsknechtと書く。彼らは15世紀末に生まれたドイツ人達の傭兵集団だ。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
彼らはその多くが農民兵や民兵で構成されていて今までの中世の軍隊でいたような「領地から連れてこられた農民兵」や「封建制度の元、主従関係にある領主と騎士」とは違い、先達であるスイス傭兵と同じ「積極的に略奪や報酬での収入によって雇われる職業軍人」の先祖だった。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
何故、元々は戦に参加させられていた農民兵達がこうして積極的に傭兵となったというと。まず、中世の戦争の体系の変化と何度目かの人口爆発が挙げられる。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
これまでの中世における戦争の主役といえば?そう、騎士だ。彼らは封建制度の下、その特権階級に生じる義務として農民兵や配下である従者達の指揮官として、その先駆けとして彼らは主に騎乗し、白兵戦の第一陣として集団で突撃した。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
この突撃は11世紀からは歩兵と言えば錬度の低い農民兵や食い詰めて半分夜盗であるような傭兵集団であった今までの中世の歩兵には中々食い止められるものでは無かった。その鳴り響く馬蹄の音、迫る迫力に陣が崩れ、騎士達の後に続く歩兵の突撃に耐えきれなくなり、崩壊することが多かった。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
だが、この今までの騎士達の特権階級としての社会構造、それを裏打ちする戦場での活躍に14世紀末から変化が訪れる。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
始まりはスイスだ。当時、スイスは三つの州からなり、オーストリア、ハプスブルグ家主導の神聖ローマ帝国の支配下にあった。彼らは神聖ローマ帝国から独立しようと独立戦争を挑む。(この話をモチーフにした漫画が「 狼の口 ヴォルフスムント」)
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
実際は独立戦争というより神聖ローマ内でのお家騒動にスイス側が上手く乗っかったという感じだが。まあ、置いておく。スイス側の主力は農民兵。神聖ローマ帝国軍(ハプスブルグ家)の主力はもちろん騎士だ。当時の常識からすれば難なくこの反乱は鎮圧されるだろうと考えられていた。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
が、この戦い(モルガルテンの戦い)は神聖ローマ帝国軍の完敗に終わる。数で勝り、質においても「たかが農民」と油断し切っていた神聖ローマ帝国軍に対し、スイス側(とそれに与するドイツ人貴族)は諜報、地の利、戦略を駆使して戦った。神聖ローマの圧政下にあった彼らは後が無かったのだ。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
そして、スイス軍は戦術、戦闘レベルにおいても工夫していた。その代表的な例が武器の改良であり、その結果が「ハルバード」と「パイク」であり、それらを使用した密集陣だ。彼らはそれを使い、それまで中世西欧においてほぼ無敵、とされていた歩兵に対する騎士達の集団突撃を打ち破ったのだ。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
モルガルテンの戦い以後もスイス側はゼンパハの戦い、ネーフェルスの戦いで同様に神聖ローマ帝国軍の騎士達を破る。スイス側はこの百年に及ぶ戦いを経て、自治独立を果たすのだがだいぶ話がずれて来た感じがするので修正する。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
スイス側の農民兵達はハルバードを用い、騎士を落馬させ、叩きつぶし、パイクの槍壁で食い止め、串刺しにするというそれまでの華やかで全能感に溢れていた騎士達の突撃を完全に否定した。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
このスイス側の活躍や同時期に似たような戦術でフランス騎士達を破ったフランドル地方の農民、そして全く違うが後に馬車による要塞戦術で騎士達を破ったフス戦争によって社会における特権階級であり、戦場の主役であった騎士達の没落がはじまった。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
見た目貧相で素朴な農民兵達の長槍密集陣が実績を積み上げるに従って各国諸侯達はこれに注目し始める。というのも結構プライドが高く、お遊戯的な戦いをする騎士や身代金商売の為に八百長し、費用ばかりかかり、解雇すると野党化する流れの食い詰め傭兵団には皆辟易していたのだ。
@Zwei_null
@centurio_P 騎士を破ったある程度古い例だと、メル・ギブソン主演の映画があったね。スコットランドの奴か。丸太の槍で食い止めるって奴。実際はどうだかしらないけど、その当時、スコットランドがイングランドに勝ってたのは本当らしいね
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
@Zwei_null そうそう、スコットランドやウェールズも長めの槍使ってイングランド騎士を破ってる。丸太と言うよりただの細い一本の木にソケット式の穂先つけた貧相な槍だけど。ただ、スイス人達の長槍とスコットランドの長槍戦術はちょい違うのよ。あの映画、だいぶ史実捻じ曲げてるし。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭りやります @centurio_P
そうそう、おまけで騎士達の没落はハルバードやパイク以外にも実用的な火器の進化が始まっていたこともある。
@Zwei_null
@centurio_P たしか、中国の火砲みたいな、抱えて持って、火を直接点火させるやつでしたっけか
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