『地獄の黙示録』×『モロー博士の島』×『ジャングルブック』 ぷりめ文書

連ツイ小説です。ヒトと獣の話です。
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@ぷりめ @prime46502218

『密林の書、密林の王』 1920年代半ばのこと、わたしはビルマの植民地警察に奉職していた。働き始めてすぐ、自分がこの仕事に向いていないと分かり、あとはもう辞めるきっかけを待っているようなものだった。 あの奇妙な任務を、上司が私に割り振ったのは、上司の方でもそれを承知していたからだろう。

2020-06-09 15:15:36
@ぷりめ @prime46502218

村を訪れたのは奇妙な一団だった。防暑服を来た穴居人のようなひげむくじゃらの壮年の男、口ひげを整えた厳めしい伊達男、英領印度軍の兵士数名、現地人の荷担ぎ。 壮年の男は頑固そうにじろりと私をにらみ、チャレンジャー教授だ、と名乗ってプイとそっぽを向いた。

2020-06-09 15:20:10
@ぷりめ @prime46502218

なにか無礼を働いたのかと困惑する私に、伊達男が耳打ちした。「気にしないでください、教授は警察が怖いのです」 彼は高い知能を持ち、内気で、それを隠そうとしていた。わたしと似ていて、秘密倶楽部の一因のようにお互いにそれを知った。 彼はサマセット・モーム大尉と名乗った。情報部の者だ。

2020-06-09 15:23:56
@ぷりめ @prime46502218

私たちは蒸気船でサルウィン川をさかのぼった。私は通訳兼案内人で、任務の詳細も知らなかった。 いったん打ち解けると教授は人懐こく、あれはキンシコウの一種だ、あれは狸の仲間だと一々教えてくれた。母親に人形について教える子供みたいだったが、現地に数年暮らしている私よりはるかに詳しい。

2020-06-09 15:30:17
@ぷりめ @prime46502218

モーム大尉の方は寡黙だった。小舟の舳先で資料を繰り返し読んでいた。スパイだから寡黙なのか、寡黙だからスパイに選ばれたのかよく分からない。 兵士たちは紙切れ同然の現地通貨をかけてカード遊びばかりしている。水夫は現地人だったが、彼らは仕事がないときはないもしない。文字通り何も。

2020-06-09 15:34:48
@ぷりめ @prime46502218

川面を眺める彼らの黒い目には、何の感情もない。将来の計画も欲望も正邪もない。ブッダの像にはめ込まれたガラス玉だ。私は彼らをさけた。嫌悪ではない。こわかったのだ。 舟が出港して3日目、モームが言った。この先の村で、連絡員と落うことになっている。そこで燃料を補給する。

2020-06-09 15:40:37
@ぷりめ @prime46502218

上陸した私たちが見たのは、焼け落ちた村の残骸だった。戸惑う私たちを誰何する者があった。ビルマ語だった。 村のすぐそばに迫るジャングルから、ライフルの銃身が突き出ていた。モームが思わず拳銃に手を伸ばすと、銃身がさらに20本ほど突き出された。モームは手を上げた。

2020-06-09 15:45:16
@ぷりめ @prime46502218

私たちはビルマ語でやり取りしたが、向こうもこっちも流暢ではないので、意思疎通は難航した。苛ついて相手が怒鳴った。「Damn!」 英国人か、と英語で聞くと相手も驚いた。 英国兵に連れていかれた先に指揮官らしい大佐がいた。名を訊かれて、一言、ハティ、と名乗った。

2020-06-09 15:49:50
@ぷりめ @prime46502218

「Hathi? ヒンディー語の『象』と同じ由来ですか」 「そうとも、きみは博識だな」 大佐は任務で昨晩この村を襲撃したという。連絡員がいたはずだというモームに、知らん、と大佐は尊大に答えた。モームが命令書を渡すと、肥大漢の大佐は悠然と腕を伸ばし受け取る。その仕草は、なるほど象に似ている。

2020-06-09 15:54:08
@ぷりめ @prime46502218

ジャングルの中に座って命令書を読む大佐は、軍服と老眼鏡さえなければ原住民の王のように見えた。 大佐は、連絡員と燃料を兵士に捜させよう、その辺にあるはずだ、と言った。捜索しようと立ち上がったところで、大佐はわたしを呼び止めた。彼は賢者然とした口調で言った。火を手放すな、と。

2020-06-09 15:57:08
@ぷりめ @prime46502218

「火とは」 「つまるところ、我々はそれだ」 「なぜ私に?」 「教授にも大尉にもわからん」 「私なら、分かると?」 大佐はじっと私の目をのぞき込んだ。「もう分かってる」 ほどなく誤射されたらしい連絡員の死体と、命令書、燃料のありかを記したメモが発見された。死体は服を剥がれ丸裸だった。

2020-06-09 16:00:18
@ぷりめ @prime46502218

私たちは大佐に感謝のことばを述べて出港した。なんで感謝せにゃならんのだと教授が聞こえるところで吐き捨て、モームがなだめた。 舟の艫の向こうで、大佐と兵士たちはジャングルに消えた。次の村を焼きに行くのだろう。私たちはまた退屈な船上のサイクルに落ち着いた、かに見えた。

2020-06-09 16:03:31
@ぷりめ @prime46502218

夜、川べりに船をつけて皆が寝ている間、モームが私と教授を舳先に呼んだ。「お二人に任務についてお知らせする許可が出ました」 「ようやくか」と教授は言った。 私は、教授も何も知らなかったことにむしろ驚いた。イングラドからビルマのジャングルまで、ろくな説明もなしにのこのこ来たのか?

2020-06-09 16:08:03
@ぷりめ @prime46502218

モームの説明はもっと不可思議だった。ある英国人科学者の話だ。 その博士は動物に外科手術を施し人間を作ろうとした。二本足で歩き、話し、考える。文字通り人間だ。造物主のように、現代のプロメテウスのように。 そして、造物主と同じく創造物に歯向かわれ、一度は死にかけた。

2020-06-09 16:16:31
@ぷりめ @prime46502218

英国情報部の助けで何とか生き延びた博士は、獣人兵器を創ることを条件に、英国政府にかくまわれた。 「兵器? 兵士ではなく?」私は思わず尋ねた。 「兵器です。残念ながら」モームは言った。 博士の獣人たちは、しかしあまり役に立たなかった。グレートゲーム、ボーア戦争、先の大戦争でも。

2020-06-09 16:20:16
@ぷりめ @prime46502218

「どこも見晴らしのいい土地でした。獣人兵器たちは、ライフルや機関銃や大砲に、一方的に打ち倒されました」 「『軽騎兵旅団の突撃』ですね」私が言う。 「そんな非道で不用な兵士に、よく予算がついたな。学究に回してほしい」教授も呟く。 「新兵器が大好きな閣僚がいたのです」モームが擁護する。

2020-06-09 16:26:12
@ぷりめ @prime46502218

担当者たちは考えた。見晴らしがいい土地でうまくいかないなら、見晴らしの悪い土地では? 例えばジャングル。鋭い感覚が索敵に活かせて、遭遇戦が多発する場所。実験の結果は良好だった。 こうして獣人兵器部隊が極秘裏に誕生し、創造主の名をとって「モロー旅団」と名付けられた。

2020-06-09 16:29:50
@ぷりめ @prime46502218

「その旅団が部隊ごと脱走したのです。博士に率いられたまま」 「とことんダメな部隊だ」教授が素直な感想を言う。 「それで、我々はどうするのですか?」私は訊く。 「正規の指揮官は脱走時に殺されました。任務は博士を逮捕し、連れ戻すことです」 「獣人たちは?」私が聞くとモームは黙った。

2020-06-09 16:34:20
@ぷりめ @prime46502218

よい知恵も出ないまま、その日はねむり、翌朝何事もなかったかのように出航した。獣人たちと造物主のことを思った。帝国のために創られ、帝国にとって不用となった物たちのことを。 二日後、野営のために岸に船をつけたとき教授が「妙だな」と言った。「この鳴き声。この種のサルが生息しているとは」

2020-06-09 16:39:37
@ぷりめ @prime46502218

吠え声が異常なほど大きくなり、太鼓の音まで聞こえてきて、モームと兵士たちは銃をかまえた。ジャングルの奥からなにかが来る。 「猿だ」教授が呟く「猿の王だ」 猿が棒を銃のように担って二列に並んでいた。ドラムをたたき、吠え声をあげた。猿が担ぐ輿に、一匹の巨大なオランウータンが載っていた。

2020-06-09 16:45:57
@ぷりめ @prime46502218

「ジャングルの王にして、すべてのサルたちの庇護者、英国陸軍少将ルイ16世陛下!」輿のわきに控えた侍従か大臣らしい猿が、訛のひどい英語でしゃべった。 『王』が大儀そうに輿から降り、サルたちが平伏した。 教授が呆然と進み出て、『王』の前に立つと、『王』は驚いた。 二人は瓜二つだった。

2020-06-09 16:51:54
@ぷりめ @prime46502218

「ヒトの子らよ」王の英語はそこそこ上手かった。 「ヒトであるな?」と王は教授に問い。ヒトだ!と教授はムキになって言った。 「ヒトの子らよ、そなたたちを、わが王国に招待したい」 「……陛下、ありがとうございます」とモームがオランウータンにお辞儀した。密林にあっては妙な説得力があった。

2020-06-09 16:56:01
@ぷりめ @prime46502218

「しかし……しかし、その、あなたがたは」モームは言いよどんだ。 「モロー旅団の手先ではない」王が言った。猿なのに聡明だ。「むしろ、やつらとは敵対しているのだ」 サルの王国は意外と立派だった。打ち捨てられたパゴタが宮殿兼政庁兼裁判所であり、家臣が住むニッパ屋根の小屋が周囲に並ぶ。

2020-06-09 17:03:22
@ぷりめ @prime46502218

風化した仏像がある玉座の間で、王は話した。 彼らは、旅団がビルマ奥地に赴任してから創られた。しかし、モローが定める掟の細かいのにうんざりした。 「四つ足で歩くなと言う。なら何故手足が四つあるのだ。口をつけて水を飲むなと言う。水くらい好きに飲ませろ。我らは反乱を起こした」

2020-06-09 17:11:25
@ぷりめ @prime46502218

「ははあ…」私はもっともらしい言葉が出てこなかった。 「なんと聡明な王だ。顔つきを見ればわかる。この知的な顔!」教授が自分とうり二つの顔をほめた。 「モロー博士は兵器を創るより『人間』を創る方が性に合っていたみたいだな」モームが言う。皮肉なのか本心なのかよくわからない。

2020-06-09 17:15:18