『名探偵にさよならを言う方法』 ぷりめ文書

若者と老人の友情、冒険と戦争の話です。
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@ぷりめ @prime46502218

1904年、火星人による地球侵攻。細菌による自滅。後には列強の街の残骸と、無傷の先進技術が残された。 10年後、列強諸国はクリスマスまでに終わるはずだった戦争を開始。三脚機械と光線銃、ガスと飛行機械が支配する戦場を、英国陸軍多脚部隊の兵士たちは戦う。

2020-06-08 19:32:09
@ぷりめ @prime46502218

英国陸軍多脚部隊のマイク・マロニー軍曹は、雲の上の上官ブリンプ中佐から秘密の任務を下される。アルタモントと名乗る老人を、無人地帯(ノーマンズ・ランド)の向こう側、戦線の向こうのドイツ軍陣地まで送り届けろというのだ。断るわけにもいかず、マロニーは愛用の三脚機械に乗って出発する。

2020-06-08 19:39:58
@ぷりめ @prime46502218

ふたりは戦場でいろいろなトラブルに会う。列車で移動中空襲に会い、陸軍警察にスパイと間違われ、塹壕から突撃寸前の兵士から手紙を託され、フランスの平野の真ん中で燃料が切れて往生する。 しかしマロニーの要領と情と腕っぷし、アルタモント老人の鋭い観察力と語学力によりトラブルを切り抜ける。

2020-06-08 19:44:17
@ぷりめ @prime46502218

寝るときなどに、ぽつりぽつりと互いの生い立ちを話す。マロニーは貧しいアイルランド人。アルタモントは裕福な紳士。戦争がなければ話すこともなかったはずのふたり。 しかし、いよいよ塹壕越えと言う夜、ブリンプ中佐から指令が入る。この任務が敵側にバレている可能性がある。中止を検討中。

2020-06-08 19:48:31
@ぷりめ @prime46502218

アルタモントは言う。自分ひとりでいく。抜け道を知っているし、スイスで暮らしたことがあるので現地人に化けられる。危険すぎるとブリンプは止めるが、マロニーは三脚機械で送って行くという。 「命令に従ってくれて感謝する、軍曹」 「命令ではありません、サー」 「マロニーくん、本気か」

2020-06-08 19:53:11
@ぷりめ @prime46502218

「友達を見捨てるやつはアイルランドっ子じゃない」 アルタモントは社会階級の違うマロニーを友だちと呼んでいた。 マロニーたちは戦線を抜けるため、スイス国境地帯の山の中を三脚機械で進む。危険な道、スイスの軍や警察にも見つかってはいけない。 そんな中、スイス人の羊飼いに見つかってしまう。

2020-06-08 19:55:32
@ぷりめ @prime46502218

確実に口止めするには、罪のない羊飼いを殺すしかない。 マロニーは一瞬引き金に指をかけるが、アルタモントは行けという。 「殺したくなかったのか、アルタモント」 「殺させたくなかったのだ、マロニー」 二人は三脚機械を進める。夜が明けないうちにドイツ占領地に出なければ。

2020-06-08 19:58:13
@ぷりめ @prime46502218

しかし、山の中でドイツ軍三脚機械の待ち伏せ似合う。あの羊飼いはドイツ軍に報せたらしい。 マロニーは孤軍奮闘するが、敵はあまりに多すぎた。マロニーはアルタモントに言う。この岩肌を駆け上って、敵の司令部に強襲をかける。そのすきにドイツ軍に見つからないところへ行くのだ!

2020-06-08 20:01:08
@ぷりめ @prime46502218

「友達に、そのような目に合わせたくない」 「おれだってそうだ! 行け!」 マロニーの三脚機械が岩肌を登る巧みさは後に戦場伝説となった。三脚機械はドイツ軍の指揮官を指揮所ごと押しつぶし、なおもよろよろと撤退しようとしたが、反撃の集中射撃を受けて、岩のように転がり崖の下に消えた。

2020-06-08 20:04:00
@ぷりめ @prime46502218

アルタモントは山道ですべてを見届けた。老いた身体はかつてのように動いてくれない。両足を使わねば崖を登れないような齢だ。登りきって振り返ったとき、三脚機械はちょうど崖に落ちる寸前だった。脚が一本へしゃげ、まるで最後にお辞儀をしているように見えた。老人の目の前で若い友人は崖に落ちた。

2020-06-08 20:09:12
@ぷりめ @prime46502218

書きおきも遺品もなかった。ただ、戦闘痕と、三脚機械の足跡だけが、点々と崖に続いていた。アルタモントは目をつぶって短いあいだ祈り、それから山道に分け入った。感傷にひたっていては若い友人の犠牲が無駄になることを、老人はよく知っていた。老いると言うのはそういうことなのだ。

2020-06-08 20:13:17
@ぷりめ @prime46502218

長い、あまりに長い戦争が終わった。国がいくつかなくなり、いくつかできた。失った者はいても得た者は一人もいなかった。 アルタモントは生き残った。彼は帝国を失った祖国で、友人の遺族を探した。探す者は大勢いた。皆、遅かれ早かれあきらめた。しかし、彼は人探しについては多少心得があった。

2020-06-08 20:18:33
@ぷりめ @prime46502218

そこで初めて、アルタモントはマロニーが孤児であったことを知った。昔からやんちゃな子でした、御迷惑をおかけしたのでなければいいのですが、といって年配の修道女はすすり泣いた。アルタモントはかける言葉を見つけられなかった。ただ、彼は素晴らしい友人でした、と言い、孤児院を援助した。

2020-06-08 20:23:55
@ぷりめ @prime46502218

年月は流れ、老人にはあっという間と思える速さで、次の戦争が始まった。ニュース映画で見た、論理がめちゃくちゃな演説をがなり立てるひげのドイツ人は、アルタモントと同じ戦争をたたかった者だった。なぜ、彼が死んで、なぜ、彼が生き残ったのか。この謎を解くには老人の寿命では足りなそうだった。

2020-06-08 20:28:10
@ぷりめ @prime46502218

ホームガードなる、名前は立派だが、漏れ聞こえる内実はお粗末らしい組織が発足し、アルタモントも地区の部隊を見学することになった。先の戦争での功績ゆえか、それ以前の『事業』での名声ゆえか。 軍服を着た女性(!)に案内された貴賓席で、中年男と子供と老人からなる分隊が行進するのを見る。

2020-06-08 20:32:55
@ぷりめ @prime46502218

市長や、破産同然の田舎貴族、退役大佐たちと共に、お粗末な行進を見守る。ふと、声をかけられる。「いかがですか?」 ホームガードの指揮官だった。いかめしい中年男だ。お世辞を言う。ひとつには世間体のため。ひとつには、彼は敵に回すのは得策でない男だと感じたからだ。

2020-06-08 20:38:57
@ぷりめ @prime46502218

「自分がここに来て、さぞ驚いたでしょうね、アルタモントさん」指揮官はいった。 「いや……」といって、気づいた。「アルタモント?」 その偽名は先の戦争で使ったきりだ。と言うことは、当時の私を知る者……私は立ち上がり、数秒間呆然として彼を見つめ、失神した。

2020-06-08 20:42:00
@ぷりめ @prime46502218

目覚めたとき見えたのは、子供時代のマイク・マロニーと思しき顔だった。マロニー夫人が子供を抱きかかえた。そして、たくましい腕が私を助け起こした。20年ふけたマロニー軍曹の厳めしい笑顔だった。 つまりはこういうことだ。火星の兵器は衝撃に強かった。多脚なので転倒時の備えは万全だった。

2020-06-08 20:46:19
@ぷりめ @prime46502218

三脚機械に守られたマロニーは、捜索しに沢におりてきたドイツ軍に捕らえられ、というより恐らくは救助され、捕虜収容所で残りの戦争を過ごした。戦争が終わっても国境侵犯の疑いでスイスにしばらく抑留され、そのせいでアルタモントとすれ違った。孤児院長には本名を名乗り、寄付は匿名していた。

2020-06-08 20:49:43
@ぷりめ @prime46502218

そのせいで、ついこのまえ孤児院長が大往生で亡くなって、もろもろの書類や寄付を整理するときまで、マロニーはアルタモントが死んだものと思い込んでいた。 「きみは変わったな、マロニーくん」子供をあやす友人を見て老人は言った。「昔の君なら、子供なんて蹴飛ばして躾けるものだといったはずだ」

2020-06-08 20:56:34
@ぷりめ @prime46502218

「時代は変わるよ」もう若者とは言えない男、夫であり父である男が笑った。「最近、あの頃のあんたの気持ちがわかりかけてきたよ、アルタモント」 「わたしの名はアルタモントじゃないよ」と笑って、老人は変装を解き正体を明かした。今度ばかりは、劇的な効果には乏しいようだった。(了

2020-06-08 20:59:16
@ぷりめ @prime46502218

元ネタはウェルズの『宇宙戦争』、マイク・マロニーは『遥かなるティペラリー』に名前だけ出てくるアイルランド人、ブリンプ大佐は昔のイギリスの風刺漫画のキャラクターです。老人と若者が戦場を旅するのはネビル・シュートの『パイド・パイパー』のイメージ。アルタモントの正体は誰なんでしょうね。 pic.twitter.com/CZH1W6ciI1

2020-06-08 21:19:21
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