虚淵玄先生の『ラストオリジン』二次創作 第二話。

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虚淵玄 @Butch_Gen

エロゲライター? 小説家? 脚本家? もうその実体は誰にも解らない。俺もわからん。

虚淵玄 @Butch_Gen

今日は寝て起きたらファントムさんが二人も弊オルカにお越し下さってました。やはり二次創作は功徳! 調子に乗って第二話、参ります。

2020-06-13 22:37:20
虚淵玄 @Butch_Gen

「マジカル!ピィンク!ムゥゥンラィッ!」魔法少女の雄叫びと共に鋼鉄の鋸歯がけたたましい駆動音を解き放つ。大上段から振り下ろされるチェーンソーの先には別の少女がいた。魔法少女の邪悪なる仇敵…という設定…の、バイオロイドの女優が。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:38:34
虚淵玄 @Butch_Gen

画面が鮮血に染まる直前のフレームで、恐怖に見開かれた女優の表情が、私の目に焼き付く。私と同じ廉価版モデルの、きっと培養槽を出てから通し番号だけで呼ばれてきたのであろう、このシーンで惨殺されるためだけに生まれてきた少女。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:39:56
虚淵玄 @Butch_Gen

映像は特殊効果などではない。目の肥えた視聴者の嗜好を満足させうるのは本物の苦痛。本物の死。スター級アイドルから使い捨てのモブまで、各種グレードのバイオロイドを数多取り揃えている伝説興行社であれば、それを提供できる。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:41:08
虚淵玄 @Butch_Gen

映像を凝視する私の顔を、面談者はとっくりと観察した後で、ホロプロジェクタの音声出力だけをミュートし、質問を始めた。 「今の映像を見た感想を聞かせてほしい。虚偽はなしで。ここでの会話は、まあ記録はせざるを得ないが、守秘は保証する」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:42:24
虚淵玄 @Butch_Gen

虚偽を禁じられた以上は率直に回答するしかない。彼は人間で、私はバイオロイド。命令は絶対だ。それでも、私の口を衝いて出た言葉は、おそらく彼の期待したものではなかっただろう。 「彼女は…嬉しかったと思います」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:43:37
虚淵玄 @Butch_Gen

「嬉しかったと? 殺された、あの女優が?」 「はい」 「分かっているだろうが、この映像作品は伝説興行社のものだ。死んだバイオロイドは君の同僚ということになる」 「存じています」 「白兎に斬り殺されたのは、もしかしたら君だったかもしれないんだよ?」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:45:01
虚淵玄 @Butch_Gen

明確に返答を促す問いかけではなかったので、私は沈黙した。そんな私の反応について、彼は手元の端末に何らかのコメントを記入した後、溜息をついて椅子に座り直した。 「死んだバイオロイドは喜んでいたという…君のその見解を、もう少し具体的に説明してくれ」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:46:14
虚淵玄 @Butch_Gen

「彼女は存在意義を全うしました。それは伝説社のバイオロイドにとって名誉であり、歓迎すべき結末です」 回答として不備はないはずだ。より端的な所感については、敢えて口にせずにおいた。――「あの子は解放されたのだ」とは。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:47:39
虚淵玄 @Butch_Gen

「私は、君たちバイオロイドの味方という立場にいるつもりだが、それは理解して貰えているかな?」 彼の問いかけを受けて、私は面談開始時に手渡された名刺を再見する。ピーター・コスター。肩書きには「バイオロイド人権委員会」とある。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:49:00
虚淵玄 @Butch_Gen

私はかぶりを振ってから、それだけでは説明が足りないと察し、言葉を付け加えた。 「味方とは、試合で同じ陣営に配置されたバイオロイドのことを指します。あなたは人間で、トーナメント参加者ではありません」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:50:21
虚淵玄 @Butch_Gen

私の返答を、コスター氏は怒りや苛立ちを見せることもなく、ただ静かな沈黙だけで受け止めた。その反応で、彼が自己陶酔の手段として正義感を運用するタイプの人物でないことだけは理解できた。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:51:34
虚淵玄 @Butch_Gen

「私と仲間たちはね、君のようなバイオロイドの声をきっかけにして社会を変えていけるんじゃないかと思って、こういう活動をしているんだ」 「…おっしゃる意味が、よく分かりませんが」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:52:48
虚淵玄 @Butch_Gen

コスター氏は消音状態のまま再生を続けるホロプロジェクタを一瞥した。映像はいよいよクライマックスを迎えて、カメラの焦点は白兎からサムライ魔法少女モモに切り替わる。 「マジカル☆白兎&マジカル☆モモ。伝説興行のキラータイトルだ。対象年齢は知っているね?」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:54:19
虚淵玄 @Butch_Gen

「ターゲット層は6歳から12歳の女児だそうです」 モモのチタン合金刀がモブの女優を両断していく。もし彼女たちにマジカル抜刀術の超音速衝撃波を回避しうる性能があれば、映像部門ではなくコロシアムに配属されていたかもしれない。私のように。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:55:42
虚淵玄 @Butch_Gen

「…今ではこういった表現は当たり前になってしまったが。前世紀には言語道断のものだった。放送倫理の規定はかつてないほど急速に変移している。たしかに伝説興行は筆頭の牽引者だが、それだけじゃない。視聴者の価値観の変遷がなければ、ここまでの変化はない」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:57:07
虚淵玄 @Butch_Gen

「オリジンダストが発明されるより以前、死体描写や四肢欠損は倫理的な禁忌だったそうですね」 「蘇生や再生医学の発展で相対的に残虐表現が安易になったとする識者は多いがね。私の見解は違う。鍵はバイオロイドの普及にあると思っている」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:58:23
虚淵玄 @Butch_Gen

「責任が?私たちにあると?」 画面に散乱する女優たちの骸と、私自身の境遇とに思いを馳せる。バイオロイドの性能は培養槽に入力される設定次第だ。収録台本に抗うことも許されず惨殺されるか、コロシアムで生存競争の試練を課されるか。私たちに選択権はない。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 22:59:47
虚淵玄 @Butch_Gen

「君たちが望んだわけじゃない。分かっている。だがバイオロイドはあまりに強く、有能で、そして美しい。君たちは人間の理想の体現者だ。そういう存在を人工的に生み出せる時代が来てしまった。それをどう社会が受け入れたかが問題だったんだ」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 23:01:51
虚淵玄 @Butch_Gen

「君たちを『ヒトを越えたヒト』として容認することができたなら、やがては種としての進化の道すら拓けたかもしれない。だが現実は違った。人類は往年の理想をついに実現しておきながら、それを単なる器物として消耗する道を選んでしまった」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 23:03:01
虚淵玄 @Butch_Gen

ホロスクリーンで閃光が明滅する。戦いに専念しすぎたモモがクレイモア地雷を避け損ねたのだ。想像を絶する激痛だろうに、モモは笑顔を絶やすことなく、自分の下腹からはみ出た腸を傷口に押し込んでから、マジカルモモステッカーで止血処理をする。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 23:04:29
虚淵玄 @Butch_Gen

「私はバイオロイドの味方になりたいと言ったが、本当に心配しているのは人類の未来だ。人間はかつて夢見た理想を足蹴にして弄んでいる。何が尊いものだったのかを見失いつつある。こんな状態が長く続けば、文明そのものが退行しかねない」 #LO_DENSETSU

2020-06-13 23:05:56
虚淵玄 @Butch_Gen

コスター氏が何を憂慮しているのか、私には理解が及ばず、ただ無音のホロ映像を見つめ続けることしかできなかった。『あのモモ』は配役を続行できただろうか。それとも撮影終了後に破棄されて、別のモモに代替されたのだろうか。腹部の傷跡が残ったかどうか次第だ。 #LO_DENSETSU

2020-06-13 23:07:13