「司令官!」 駆け寄ってくる〈朝潮〉を見て、呼ばれた男は足を肩幅に開き、少し腰を落とした。 跳躍、衝撃、確かな重みに、小さくうめき声をあげる。小さいとはいえ、もう10を超える歳なのだ。可愛らしいわんぱくさとは言え、相手するには心構えがいる。
2020-06-21 21:49:07〈朝潮〉は飛びついたまま戦果報告を始めたので、わしわしと頭をなでてやる。 喜んでるいるが、男の体は少ししびれが出てきた。彼女には聞かせられないが、育った子供は結構重たいのだ。しがみつき続けるのは、結構つらい。
2020-06-21 21:54:41男はふと思いついて、〈朝潮〉の脇の下に手を入れ、その体を持ち上げ、ぐるぐると回し始めた。すぐに遠心力で持ち上がり、飛んでいるような心地。 これなら〈朝潮〉も喜ぶし、体にしびれも来ない。腕はきついが、まあいい考えの部類だろう。
2020-06-21 22:01:09だがしばらく楽しんでいた〈朝潮〉は、急にハッとなって抗議の声を上げはじめた。 「子ども扱いしないでください!」 いや、いや。あれだけ甘えておいて、子ども扱いもないだろう。 男はそう思ったが、指摘しなかった。それで彼女の機嫌がよくなると思えなかったからだ。かわりに、笑ってごまかした。
2020-06-21 22:05:38「わかったわかった」 笑いながら答えて、徐々に回転の速度を落としていく。 この年頃の娘は難しい。〈朝潮〉は抗議どまりだが、〈霞〉なんかは本気で怒って蹴りを入れてくる。ほどほどで済ますのがいいだろう。
2020-06-21 22:10:18ただ、素直におろすかわりに横抱きに抱き上げて回転を止めた。いわゆる、お姫様だっこというやつ。 これなら照れるだろうが、嫌がられることはない。 娘たちとの触れ合いを少しでも引き伸ばしたい男にとって、悪くない落としどころだった。
2020-06-21 22:14:27ゆっくりと抱き上げて、ふと、気が付いた。 「〈朝潮〉、なんかお前、軽くなったか?」 男の疑問に、それは当然と答える〈朝潮〉。 だって……
2020-06-21 22:20:10驚いて視線を落とすと、〈朝潮〉の片腕と片脚が無くなっていた。 まるで引きちぎられたかのような切り口からはボタボタと血がこぼれ、男の制服を汚す。
2020-06-21 22:24:54あわてて切り口を押さえようとして、再度驚いた。 〈朝潮〉の身体に体温を感じない、鼓動を感じない。切り口からこぼれる血も、まるで死体のそれのように勢いがない。
2020-06-21 22:27:58慌てふためく男に、〈朝潮〉は心外そうに声をかける。 「驚くなんてひどいですよ、司令官」 明らかに異常なのに、まるでいつものように声をかける。 「あなたの命令で、こんな姿になったのに」
2020-06-21 22:34:38