クサカベ過去まとめ

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綾氷MK2 @twill_MK2

こめださんの書いてくださった入学してすぐのクサカベの描写見て「あっ今強気な女の子も過去に鬱々としていいんだ…!」(?)って天啓を得たので、クサカベの過去をざらっと。 入学してすぐのクサカベは誰とも目線を合わせられないような子だった。吃音もひどく、そのせいで発言も少ない生徒だった。

2020-06-24 16:35:39
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原風景は、木造建築が目立つ住宅街と大量の魔導力伝信柱。街並みのあちこちに張り巡らされた、大規模工事用の防護魔法膜。 クサカベは、主力エネルギーを魔導エネルギーへと転身したばかりの国が、多くの土地や建物を近代的なものへと発展させている真っ只中、都市部近郊の住宅街で産まれた。

2020-06-24 16:35:41
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クサカベ(以下、結)は5人兄弟の末の娘として産まれた。両親と兄弟姉妹、祖父母、曽祖父の10人暮らし。結の家はあまり裕福ではなく、隣人近所との助け合いや、父親や兄達が必死に働いて食い繫いでいた。家は狭く、満足の多い日常でもなかったが、それでも幼少期の結は愛情を充分に受けて育っていった。

2020-06-24 16:35:42
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しかし、平穏は続かない。結が11歳の誕生日を迎える前日だった。結の国が世界連盟への参入を知らせる号外とともに「悪夢の子」に関する法案が施行された。…国は、魔導エネルギーの導入のために世界連盟に所属することになり、自国内の「悪夢の子」を連盟の学園へと引き渡す交換条件を受け入れたのだ。

2020-06-24 16:35:42
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『世界連盟特区機関、『世界機構』ヨリ、自国内二於ケル「悪夢ノ子」予言該当者表明有リ。満14歳以下、該当男女児童宛ニ、赤紙郵送ヲ以テ報セトス』 『赤紙ーー日下部 結』 『貴方ハ「悪夢ノ子」該当者トシテ、連盟所属ノ更生施設【退廃学園】入学ノ運ビト為リマシタ オメデトウゴザイマス』

2020-06-24 16:35:43
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結の11歳の誕生日を祝ったのは、赤紙に印刷された一文だけだった。 結が「悪夢」と予言されると同時に、周囲の世界のあり方も一変した。 一般家庭への小型通信用魔導機の流通や、大型の魔導機により大規模事業は早期完了。街並みや人々は次々と近代化を受け入れた。 「悪夢」の子供達の排除を喜んで。

2020-06-24 16:35:43
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通信用魔導機は、通信用の特殊な魔力を拾うことで、国内外問わず数多の情報や数多の人とも繋がりを可能にする機器だ。 …しかし、国民に情報を明け渡した国がしたことは、世界の判断を絶対の善とし「悪夢」を救いようのない悪だと断じ、「悪夢」を追い出すことは正義だと思わせるプロパガンダだった。

2020-06-24 16:35:43
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昔の結は、曲がったことが嫌いで、誰にでも本気でぶつかった。だが、魔法は平均よりも発現が遅く、扱いもあまりうまくなかった。結だけでなく、家族も周囲からそのことをよく指摘されていた。 赤紙が届いたのは、そんな折のことだった。国は悪夢の回収率を上げる為に該当者のリストも追って公開した。

2020-06-24 16:35:44
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国の徹底した印象操作により、「悪夢」と認定された結の周りに友人はいなくなった。 結のスクールでの孤立とともに、家族もまた「悪夢」の家族として根も葉もない悪評を受け、近所から孤立していく。また家族たちも結のことが受け入れ難くなり…結は一夜にして拠り所となるら友人・家族を失った。

2020-06-24 16:35:44
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加速する悪評と嫌がらせ。周囲と溝は深まり、孤立した家族。赤紙が届いてからたった2年間で祖父母と曽祖父は亡くなった。母親は魂が抜けたようになり、父親はそんな母に頻繁に暴力を振るい酷い言葉を怒鳴りつけた。 家にも居づらく、学園入学の条件が満ちるまで、粛々とスクールに通う日々だった。

2020-06-24 16:35:44
綾氷MK2 @twill_MK2

無論、スクールでも平穏が待っているわけではなかった。小さな環境下での異分子は、容易に群れから差別と攻撃対象へと為る。 ぶつかられたり、物を無くされたり、時には食べ物をひっくり返されたり、金銭を強請られることもあった。 13歳のある時、特に過激な連中に、工事中の廃倉庫まで呼び出された。

2020-06-24 16:35:45
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いつものように突き飛ばされたり、殴られたり、蹴られたり。痛みに呻くと嘲笑され、暴言とともにまた殴られる。慣れつつある痛みに目をつぶりながら、ただ時が過ぎるのを待っていた。 …『それ』は本当に事故だったのだ。 突き飛ばされた結の背中に、壁とは違う何かの感触がした。

2020-06-24 16:35:45
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珍しく怯えた連中の声に、後ろを振り返る。すると、何十メートルはあろうかという鉄鋼の柱が、何本かこちらにぐらありと傾き出しているのが見えた。 ーーここにいては、みんな死ぬ。 とっさの本能が死を悟る。けれど結は運命を諦める前に「魔法」を掛け、かつてない大声で連中に「逃げろ」と叫んだ。

2020-06-24 16:35:45
綾氷MK2 @twill_MK2

ー完全に操作はできなくても、少しの間、止めることなら。 魔法の操作に気を遣いながら、結もじわじわと後ろに下がる。だが、十全に発揮できない力を思い通りに使うことはできなかった。 鉄鋼は逃げきれなかった結に降り注ぎ、一命は取り止めたものの、両足はすっかり機能を失くしていた。

2020-06-24 16:35:46
綾氷MK2 @twill_MK2

医療魔法が効かないほど傷が深かったのか、あるいは、将来国籍すら剥奪される悪夢の子に治癒など必要ないという判断か…失われた両足は玩具のように丸まっていた。 「魔導力を用いた車椅子はお渡しできますが…それにも限界があるでしょう」「楽な道ではないでしょうが、義肢も検討してみませんか」

2020-06-27 18:16:26
綾氷MK2 @twill_MK2

医者の言葉は冷静だった。しかし当時の結には受け止めきれるものではなく、その場で返答ができなかった。 ひとまずの措置として魔導力式の車椅子を借りて動かし方を覚えた。自分の足を奪った力が、今自分の足になっている事実が、なんとも下らなくてよりみじめな生き物になった気分だった。

2020-06-27 18:16:29
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経過入院の期間が終わり、父親が迎えにきた。治療費や入院費は国から補填が出たはずだが、元々苦しい家計に想定外の出費が嵩んだようで、久しぶりに正面から見た父親は、年齢よりも一回り老けたように見えた。 父親は魔導式の車椅子を見るなりわざとらしい大きな舌打ちをした。反射的に体が震えた。

2020-06-27 18:16:29
綾氷MK2 @twill_MK2

自分たち家族を追いやった、悪夢の子と魔導力。……父親から見たら、今の自分は化け物以外の何者でもないのだろう。父親にとってかわいい娘だった「日下部 結」は、11歳のあの日に悪夢の子に殺されたのだ。 ーーああ、自分は本当に化け物なのだ。 その時ストンと胸に落ちた。

2020-06-27 18:16:29
綾氷MK2 @twill_MK2

横を歩くのがいたたまれなくて、「1人で大丈夫だから、先に帰って」と告げた。言葉は少し震えていた。 父親は「手間をかけさせるな」とだけ溢して、結に背を向けて歩き出した。父親は一度も振り返らなかった。 結は彼の背中が見えなくなってからやっと「足」を動かして、父親の去った方に背を向けた。

2020-06-27 18:16:30
綾氷MK2 @twill_MK2

震える身体に反してスムーズに不快感なく動く「足」が、結の惨めな思いをより一層増加させるようだった。 ーー化け物なりに、やれることはやってやる 両頬に熱を帯びた滴が止めどなく伝うのを感じながら、必死に主治医を呼んでもらい、義肢をつけることを選ぶと告げた。

2020-06-27 18:16:30
綾氷MK2 @twill_MK2

義足を作ると決めてからは怒涛の日々だった。 …この国の技術は魔導力を取り入れたことで、技術の多くを世界連盟から輸入していた。そのため、医療や福祉の世界でも魔力消費の少なく操作性の少ない魔導式の技術が栄え初めており、当時の最先端と主流だったものは魔導式の義足だった。

2020-06-29 03:52:12
綾氷MK2 @twill_MK2

しかし、魔導式機器の魔導核は寿命が短いという欠点があり、定期的に交換を行う必要があった。残り一年とたたず国を追われる身の結では、今後連盟からの恩恵を受けることも厳しく、この先の人生で荷物となる。そこで、操作性は劣るものの日常魔法程度の魔法で操ることができる旧式の義足を提案された。

2020-06-29 03:52:16
綾氷MK2 @twill_MK2

医者の早口な説明をなんとか噛み砕き、家族の同意書や大量の書類を兄姉たちとかき集め、魔力が通しやすい素材の適性検査や運動訓練など細々としたことを次々とこなす日々。慌ただしく過ごしていると、義足が完成したと連絡が来た。 初めて対面した義足は陶器製でつるりと白い光を反射して佇んでいた。

2020-06-29 03:52:16
綾氷MK2 @twill_MK2

断端にいくつか布をはめていき、義足を固定して立ち上がる。数ヶ月ぶりに立ち上がって見た視界は、鬱々とした気分を少しは高揚させた。 (ああ、そうだ、私の視界は、この高さだった) 燻っていた火が、また燃え上がるのを感じる。胸の熱に従うように、介護士の制止も聞かずに足を前へと動かしーー

2020-06-29 03:52:16
綾氷MK2 @twill_MK2

ガタンガタリ、と大きな音を立てて、結は人形のようにその場に崩れ落ちた。一瞬の混乱の後に、いやでも自分の状況を理解した。 足が、動かないのだ。 …ああ、私の足は本当に失われたのか。何かにぶつけた腕や胸の痛みが、より一層その事実に重くのしかかり力が上手く入らなくなった。

2020-06-29 03:52:17