【独ソ戦 スターリンの絶滅戦争】

WW2におけるスターリンのジェノサイドを、思想的淵源から、鉄のカーテンの成立に至るまで、概観します。
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HIROKI HONJO @sdkfz01

【独ソ戦 スターリンの絶滅戦争】 私の手元に1冊の新書があります。「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(大木毅)と題するこの本は、どうやらかなりの好評らしく、帯には「2020新書大賞第1位」と大書され、「独ソ戦の実態に迫る、定説を覆す通史!」との文字が踊ります。 amazon.co.jp/dp/4004317851/…

2020-07-04 20:06:09
HIROKI HONJO @sdkfz01

しかし、私の読後感は非常に釈然としないものでした。確かに、冷戦後の新しい情報を用いてドイツ国防軍の戦争犯罪への加担を明示し、或いはまた戦争後半期のソ連軍の「作戦術」の運用を紹介するなど、一般読者向けの教養書としては、非常に価値あるものだと思います。 pic.twitter.com/l6yqdwpsS9

2020-07-04 20:06:47
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しかし、副題で「絶滅戦争の惨禍」と銘打つならば、ナチスだけでなくソ連の「殲滅戦」にも言及するべきではないでしょうか。 ところが、筆者はヒトラーの人種思想や大量殺戮については説明しても、スターリンによる「階級の敵」根絶には殆ど触れず、戦争末期の「東欧の崩壊」は捨象されています。 pic.twitter.com/mDtemKoqdb

2020-07-04 20:07:23
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大切なことなのでもう一度言います。この本は、ボルシェビストが行った絶滅戦争についての記述が貧弱です。それはどういう思想に基づいていたか、そして赤軍に征服された東欧でどれほどの惨劇が繰り広げられたか、が不当に軽視または無視されています。 これを補完することが、本稿の目的です。 pic.twitter.com/ASyh9dPHAI

2020-07-04 20:07:58
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それによって、ナチズムとボルシェビズムが、共に近代西欧の進歩思想を受け継いだ異形の双生児であり、ソ連はナチス・ドイツの先行者であったことを示します。 この試みは、北米や欧州において、リベラリズムの名のもとに新しい全体主義が跳梁している現代にも、示唆を与えてくれるでしょう。 pic.twitter.com/IJauez5og1

2020-07-04 20:08:34
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それではまず、近代民主主義の旗手にして啓蒙主義の巨人、ジャン・ジャック・ルソーに対する批判を紹介するところから話を始めましょう。 意外に思われるかも知れませんが、人間の理性を重んじた彼の思想には、全体主義の匂いが色濃く漂っているという指摘があるのです。 pic.twitter.com/TVz2YfZJXf

2020-07-04 20:09:15
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例えば、彼は選挙における少数派は自らを恥じねばならないと記しています。多数派が社会全体の公共的利益を代弁しているのに対して、少数派は、既得権益や無知蒙昧に取り憑かれた、切り捨てられるべき存在だと云うです。(詳しくは「普遍意思」を巡る論争を調べて下さい) pic.twitter.com/s6iYnIlPm0

2020-07-04 20:09:52
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また、教育の重要性を説いたルソーの書物、「エミール」にも不穏な影が見えるといわれます。ルソーは、世界は腐敗し堕落しており、その再生を望みえない以上、若者を社会から隔離して育て、新世界の構成員とすべきだと説くのです。 これなどは、のちのポルポトの愚行を想起させるものでしょう。 pic.twitter.com/yiM65uiRaq

2020-07-04 20:10:27
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尤も、稿者はルソーを必要以上に貶めるつもりはありません。ただ、我々が今日享受する豊かで平和な生活を保障する民主主義の土台となる思想には、恐るべき影もまた、胚胎していることを理解して頂きたいのです。 その意味では、民主主義と全体主義とは必ずしも反対物ではありません。 pic.twitter.com/HEoos1zUaD

2020-07-04 20:11:06
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むしろ、同じコインの表と裏と言うべきなのでしょう。我々が民主社会に不可欠と考える「多数決」も「教育」も、全体主義者によって悪用される恐れがあるのです。 とりわけおぞましい結果をもたらしたのは、人類の「無限の完成可能性」への信念でした。 pic.twitter.com/xeO3ZlISQH

2020-07-04 20:11:53
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社会がより良くなれば、より良い人間が生まれ、彼らが更に良い社会を作る。一見、何の問題もない「進歩」への確信です。 しかし、ソ連及びナチス・ドイツでは、この理想は無残に歪められ、「アーリア民族」の「再興」や、「革命的プロレタリア階級」の「創生」に悪用されたのです。 pic.twitter.com/EQNQ3fACVa

2020-07-04 20:12:36
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このような近代進歩思想の暗部を舌鋒鋭く突いたのが経営学の泰斗として知られるドラッガーです。その著作、「産業人の未来」から引用しましょう。 「過去200年の西洋の歴史において、あらゆるファシズム全体主義思想がそれぞれの時代のリベラリズムから発している。 pic.twitter.com/kDcPrTlmXK

2020-07-04 20:13:16
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ジャン・ジャック・ルソーからヒトラーまでは真っすぐに系譜を追うことが出来る。その線上にはロベスピエール、マルクス、スターリンがいる。 …理性万能主義は、手当たり次第に既存の制度に反対し破壊する。…彼らは自らの教義が理性的であるとする。 pic.twitter.com/DMlmbOBp5u

2020-07-04 20:13:56
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一方において、彼らは反対論を認めることが出来ない。絶対真理に対する反対だからである…理性主義のリベラルは妥協することが出来ない。彼らの教義はいかなる妥協も認めない完全無欠のものである。光明を見ることの出来ぬものは、いかなる関係も持つことの出来ない最低の人間と言うしかない。 pic.twitter.com/poq8Ea2wqe

2020-07-04 20:14:44
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彼らは、何が正しく何が必要であって、何が良いことであるかを常に知っている。…理性主義のリベラルにとって、政治的に意味のある行動への道が一つしかない事こそ悲劇である。すなわち全体主義への道である。…ルソーの思想は、個人の理性、個人の自由を認める素振りさえ見せなかった。 pic.twitter.com/NxNxrXmlAP

2020-07-04 20:15:55
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マルクスは階級闘争史観を持ってきた。彼は、人間の完全化という啓蒙主義の信条を残した。しかし彼は、それをプロレタリア階級だけが実現しうるものだとした。…それは理念を与えただけではなかった。ご主人様の存在まで可能にした。…革命の専制的哲人、革命の指導者が絶対の知識を誇れるようにした」 pic.twitter.com/oDov4DY6bJ

2020-07-04 20:16:39
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ここで、米国人ロシア研究者リチャード・パイプスの「ロシア革命史」を参照しましょう。 「ロシアのインテリゲンツィアは自らを一つのカーストへと作り上げた。そして、彼らにアイデンティティと凝集力を与えるものは理念であったから、彼らは極端な知的不寛容を発揮することになった。 pic.twitter.com/ZOzuYDsZDa

2020-07-04 20:17:17
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人間は環境によって形成される物質的客体に他ならないとする啓蒙主義の考えと、その帰結として、環境の変化が不可避的に人間の本性を変えるという考え方を採用して、彼らは「革命」を別の政府に取り換えることでは無く、なにかもっと比較にならないほどより野心的なもの、 pic.twitter.com/IfvNH53c1Z

2020-07-04 20:18:12
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つまり、新しい種類の人間を創造するために、…人間の置かれている状態を全面的に変容させることを考えていたのである。…彼らは革命家であったが、人民の状態を改善するのではなく、人民を支配し、彼らを自分自身のイメージに作り直すことを目的としていた。 pic.twitter.com/slzbHdrfQ3

2020-07-04 20:19:08
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…共産主義は失敗したが、その理由は、それが啓蒙思想の誤った教義、恐らく思想史において最も悪性の思考に由来していたからである。それは、人間は単なる物質の合成物であり、魂も生まれながらの思考も欠いた、際限なく作りかえられる社会環境の受動的な産物のようなものと考える。 pic.twitter.com/uffkSCa9au

2020-07-04 20:19:44
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この教義によって、個人的な葛藤を持つ人々が、その葛藤を社会に投影し、それを彼ら自身のなかでなく、社会で解決しようと試みることが可能となる。」 pic.twitter.com/1trmRc4bCt

2020-07-04 20:20:13
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済みません、ちょっと飛ばし過ぎました。ここで補足します。ルソーに代表される啓蒙思想家たちは、社会を改革することで、優れた人間を作れると考えました。あるいは逆に、より良い人間を産み出すとで、優れた社会を実現できるとも。 これが近代の進歩史観の土台です。 pic.twitter.com/XIv9CyNB04

2020-07-04 20:21:42
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このような発想があればこそ、近代国家は教育の普及に力を入れ、社会の改良(様々な労働法規やセーフティ・ネットの構築、技術革新や産業の育成)を推し進めて来ました。 pic.twitter.com/bLuFw8sBhS

2020-07-04 20:22:13
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HIROKI HONJO @sdkfz01

しかし、「新しい人類を創る」という考えは危うさを孕んでいます。実際、ボルシェビキは共産主義を支えるプロレタリアート階級を「創造」しようとしました。国民の大部分が農奴の、まともな重工業が存在しない国で、です。 彼らの考えでは、自作農は生産手段(農地)を所有するプチブルです。 pic.twitter.com/6PkYAt9A8O

2020-07-04 20:23:08
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それゆえ、ボルシェビキは二月革命で土地を得た農民からこれを収奪し、集団農場で働く「労働階級」へとコンバートしようとしました。 永きにわたる農奴制からようやく解放されたばかりのロシアの農民にとって、これは耐え難いことでした。彼らは武力をもって共産党に抵抗します。 pic.twitter.com/RfHd7v2k7P

2020-07-04 20:23:42
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コメント

仏塔 ぐでだま亭免堂苦斎 @wheyh 2020年7月4日
人類というものはかくも愚かで残虐なもの。
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九十九 @hakqq 2020年7月5日
左派に決定的に足りないのはこの自省。常に失敗は「あれは偽物の左翼だった!我々こそ真正なる左派の王」と選奨して人民を踏みつける。しかしそれは真の左派であればあるほど理論的に必ず内包している危険なのだ
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西方政府軍兵士@ノクターンノベルズ&ノベルアッププラス @Lkpi8dEIKmF7bi1 2020年7月5日
ベルリン占領の際のドイツ女性へのレイプ、ソ連対日参戦でのソ連軍の満州や北方領土での日本人への蛮行はよく語られるけど、バルト三国、戦後の東欧でのソ連の虐殺はあまり言及されないので衝撃的だった。前者が現場レベルの犯罪だとしたら後者はドイツの東方政策と同じ国家プロジェクトでの人道犯罪だと感じる。またレーニンの赤色テロと後のスターリンのソ連、ヒトラーのナチスドイツの類似性には戦慄を禁じ得ない。
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西方政府軍兵士@ノクターンノベルズ&ノベルアッププラス @Lkpi8dEIKmF7bi1 2020年7月5日
hakqq 今でもレーニンはマシとか、共産主義の理想は正しいがソ連が悪いとか言う人いるからなぁ このまとめで引用された文献のレーニン~スターリンのソ連の虐殺の後では左の修正主義、ホロコースト否認に思える。共産主義自体に欠陥があるというか、独裁、法治主義を無視して暴走する構造があるとしか思えないから
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理表 @Rihyo37 2020年7月5日
ナチズムとボリシェヴィズムの思想的相似性について、すんなりと腑に落ちました。 個人的には、両者の国家体制が第一次世界大戦時のドイツ帝国を規範としているという、相似性があったと思います。「国民の一体感」を重要視したナチズムと、「統制経済」を重要視したボリシェヴィズムとで。
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平家八草@C98はここにある、我がビッグサイトと共に @kawaikunai_mono 2020年7月5日
いわゆるリベラルが自称に反して凶暴に全体主義的で、異論を唱える個人の存在自体を否定しにかかるのは何故だろうかとずっと思っていたのですが。やはり最初から空想上の新人類しか見てなくて現実の人間にはまるで関心がなかったんだなって
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ななよ(七代) @nana4_japan 2020年7月5日
≫一方において、彼らは反対論を認めることが出来ない。絶対真理に対する反対だからである…理性主義のリベラルは妥協することが出来ない。彼らの教義はいかなる妥協も認めない完全無欠のものである。 バーキンのコンサバティブは、此等の思想に対する防波堤を目指したのだろうか(妄想)
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【ネリス旅行予算】森本 有樹【爆発四散しました】 @morimoto_y_296 2020年7月5日
政治的右派(ナチス)も左派(ソ連)も理性信仰という同族だったという見方、20世紀という時代が何だったのかという一つの回答だろうなあ。そして現代も右を向いても左を向いても「社会建設」「新世界にふさわしい人間製作」ばかりが思想として跋扈する。
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ヘイローキャット @Halo_nyanko 2020年7月5日
ソ連の暴虐に奇妙な沈黙を続けているのは大木氏とやらだけではないわな
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ヘイローキャット @Halo_nyanko 2020年7月5日
ドイツや日本の暴虐を誇張するのはまぁ煙幕だよねぇ
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まあちゃん02 @eK0SV72lWxlYb8L 2020年7月5日
1996年頃の「新しい歴史教科書を作る会」が反発された中で一番非難が強かったのは「ナチスドイツとソ連の二つの全体主義国家」の執筆だとTwitterが何処かで読んだ覚えがある。図星である事と左翼の正当性を貶めるために見過ごす事ができなかったのだろう。これからの左派はソ連・中国・北朝鮮・ポルポトを賛美した事の反省をしなければ先は無いだろう(そしてソレは無理だろうな、と思う)
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一条和城@C99の頃は何をしてるだろうか @ichijou_kazuki 2020年7月6日
まぁ、赤木(大城)先生の「独ソ戦」に関しては「高潔なドイツ国軍と頑迷なヒトラー」という虚構を打ち破って「ドイツ側の戦略がドイツ国軍の提案を大きく受けたもので、ある種の絶滅戦争的なイデオロギーを皆共有していた」点が主題でしょうから
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一条和城@C99の頃は何をしてるだろうか @ichijou_kazuki 2020年7月6日
…とはいえ、「タイトルの割にはソ連側のイデオロギー所以の惨禍は軽く扱われすぎでは?」という疑念もよく分かるしそこに対して陰謀論が浮かんでしまうのも事実
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もするさ§( •̀ᴗ•́) @mosurusa_0806 2020年7月6日
kawaikunai_mono 空想上の新人類しか見てないし相手にしてないのは、共産主義並びにそのアンチテーゼである全体主義と新自由主義に共通する非人間性という特徴
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LLL @524nothing 2020年7月11日
『国防軍潔白神話の生成』『戦車将軍グデーリアン』『砂漠の狐ロンメル』と大木さんの小テーマの一つとして『国防軍神話の解体』で一貫している(それ以外の著書をみて分かる通り大テーマはドイツ軍史)。WW2におけるドイツは小林源文氏をはじめとした戦史、コミックで多く擁護されてきており冷戦期で育まれた宣伝的文脈は健在である。この辺に欧州における新しめの研究(割と古い)をぶつけたかったのだろう。
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LLL @524nothing 2020年7月11日
それにスターリンの悪行はこれまでさんざん紹介されて知れ渡ってるからな…… 逆にWW2ドイツ軍についてはパウル・カレルの如きプロパガンダ作家の言説が幅を利かす有様である。多くの人が見たいのは数に勝る獣の如きソ連軍をちぎっては投げな合理的で開明的なドイツだからね、鬼と悪魔の地獄ガチンコなんて見たくなかったんや。商売にならん研究や書籍の翻訳をやるような奇特な人間はそう居ないから仕方ないね。
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一条和城@C99の頃は何をしてるだろうか @ichijou_kazuki 2020年7月16日
524nothing 大木さんのテーマが「国防軍神話の解体」なのは分かりますし、その点では独ソ戦もその点のフォーカスした本であるというのもその通りなんですが、「絶滅戦争の惨禍」というサブタイトルがついている以上はロシア側にもその様なきらいがあり、それがこの戦争の惨禍をより一層深くしたという点が薄いのは片手落ちと言いたくなるのも分かります
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