青い翼の乙女と白い眼の少年の物語・ほか(#えるどれ)
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以下本編
◆◆◆◆ 皆さんお待ちかね! この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失われたものを取り戻す物語。略して #えるどれ 過去のまとめは見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/
2020-07-11 21:18:56さて妖精の騎士の宿敵たる黒の乗り手は魔法の汽車に乗り込み、紅き海に到達しました。 おともの黒海豹の推理によれば、ここにはいい匂いのいい男を巡る財宝が眠るとの噂というではありませんか。 果たして我等がウィスト少年はどのような秘密を目にするのか!それでは、雄肉祭りレディゴー!!
2020-07-11 21:22:49紅き海は古くは精霊の半島、今は三日月の半島と呼ばれる乾いた大地と、曙の大地と呼ぶ最も古い歴史を持つ大地のはざまに横たわる細長い海である。 北には大きな内海があり、あいだを隔てるように地峡が横たわっている。二つの海をつなぐ砂漠の交易路には、常に隊商が繁(しげ)くゆきかっている。
2020-07-11 21:32:44西岸には曙の大地でも最も栄える「葦の大河の国」がある。今日では西方諸国のひとつ、連合王国が征服し、その属領となっている。 東岸は、海峡の都より天下に号令する東方の雄、三日月の帝国の属領となっている。
2020-07-11 21:40:10近年では連合王国の手によって、紅き海と北の内海とを隔てる地峡に運河を開削せんとする動きもあり、実現すれば世界の交易網にとほうもない変化をもたらすとして、列強の思惑せめぎ合う海域でもある。
2020-07-11 21:42:07連合王国の艦隊と三日月の帝国の艦隊は、将来の運河開削を巡り、紅き海をめぐってつばぜり合いを繰り返していた。 帝国艦隊は近年、敵艦に急降下して爆弾を投げ落とす海鷲を訓練し、王国艦隊の優位に立っていた。
2020-07-11 21:49:27王国艦隊はこの鷲を撃ち落とす専門の狙撃兵を訓練し対処しようとしていたが、まだ成果は上がっていない。 とまれ、紅き海の中央よりやや南域にある群島が、両艦隊のお決まりの対決場所だった。火山が作り上げた岩礁や岩山が入り組んだ潮の流れを作り、互いの姿を隠すのに好適であった。
2020-07-11 21:58:05島は切り立った崖で四方を囲まれているものが多く、わずかに灯台建設の試みがあったほかは大半が無人のままである。 帝国艦隊の特務士官であるルゥルア少尉は、主檣の先端に捕まって、紅き海にあっても独特な景色を鳥瞰していた。
2020-07-11 22:03:21ほかの乗員はすべて甲板から下にいるので、うっとうしい頭巾は外して、波打つ黒髪を風になぶらせている。 艦の最も高所にいるルゥルアは、しかしさらにはるか上空から、島々とそれを取り巻く膨大な水を眺めていた。 相棒である海鷲の視界を借りて。
2020-07-11 22:06:20「見つけた」 ぽつりと唇が言葉を形作る。 猛禽の瞳は、島影に隠れた数隻の敵艦を捕えたのだ。 少尉は翼ある友に呼びかけ、さらに標的への接近を促す。
2020-07-11 22:08:57空には雲もなく、日差しは強い。だがルゥルァの海鷲は瑠璃色の翼を持ち、水面すれすれに飛べば波と区別はつかない。 敵艦の装備や人員を掴むため、もっと間合いを詰める。矢のように速く飛ぶ鳥をのろまな王国の水兵が射貫けるはずもない。
2020-07-11 22:12:31海鷲は王国艦隊に向かって風を切って向かっていった。 今は爆弾を掴んでいないので急降下攻撃の時よりさらに機敏だ。 「…素早く…潮風となって…友よ」 ルゥルァは、帝国軍に属するほかのどんな海鷲使いよりも強く深く相棒と結びつくことができた。
2020-07-11 22:16:22翼を抜けていく大気の流れ、腹に当たる日差しの照り返しさえ感じられるほどだった。 だから弾丸が猛禽を貫いた時、ルゥルァは己が心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。 「ぁっ…」 海鷲が宙で錐揉みするよう旋回し、千里眼の如き双眸が最後に敵艦の甲板に立つ狙撃兵を捉えた。
2020-07-11 22:19:25◆◆◆◆ 王国艦隊のマンドゥロ二等兵は昂りを鎮め、集中を解いた。確かにあの美しい獲物を仕留めたと解った。 一瞬、視線が合いさえしたようだった。女のひとのような悲しい目だった。女のひとの目が悲しいと思うのは離れ離れになった母親の目を思い出すからだった。
2020-07-11 22:30:28「おい、黒んぼ。魚でも撃ったのか」 「無駄弾使いやがって。奴隷に銃なんぞ持たせるとろくなもんじゃねえ」 甲板にいた水兵が嘲ってくる。葦の大河の国の言葉だ。通じないと思っているのだった。だがマンドゥロは聞き分けられた。
2020-07-11 22:33:50少年は振り返って返事をしようとし、乗り組んでもう一月になる艦のすべてをあらためて視界に収め、急に気が抜けていくのを感じた。 「おいちび、ちゃんと報告しろ」 態度をあらためて水夫服の男が叱りつけてくる。
2020-07-11 22:37:25不意にマンドゥロはすべてが嫌になった。あと何羽あの美しい鳥を撃っても故郷には帰れないし、家族とも友達とも会えない。 先日のように下痢にかかったり、ほかの水兵にいじめられて死ぬのだ。そうしたらまた代わりに白い眼と赤い舌を持つ誰かが奴隷として買われ、解放され、軍務につかされる。
2020-07-11 22:39:18マンドゥロは銃を捨てた。そうしようと思えば目の前にいる二人を素手で殺せる。でもそのあときっと撃たれて死ぬ。 だから、かわりにくるりと背を向けてへさきに駆けていった。制止の声が飛び、次いで銃弾がそばを掠める。
2020-07-11 22:41:39誰が狙っているのか知っていた。狙撃の仕方を教えてくれた同じ白い目と赤い舌の民だ。ずっと昔に解放されてこの軍隊に居ついた。 同じように生きろと言っていた。でもあんな風にはなりたくなかった。
2020-07-11 22:43:22マンドゥロの脇腹を弾丸が貫く。焼けるように痛い。涙が込み上げる。 でも間に合った。小さな狙撃兵は海へ身を躍らせ、そのまま波の下に沈んだ。
2020-07-11 22:45:14海鷲、帝国軍人、王国軍人。 どれも紅き海の群島を泳ぐ魚のちょっとした腹の足しになるだけの屍でしかなかった。 だが複雑な潮の流れは、三つの骸が残らず啄まれる前にどうしてか一か所に集めた。
2020-07-11 22:48:13島だ。 四方をぐるり断崖絶壁が囲み、内には浅瀬と珊瑚礁を抱えた島。大昔にできた火山の口が、そのまま海水に漬かってできた場所だった。 中央にはまた小高い山が聳え、麓に鳥が種でも運んで来たのか濃い緑の草木が茂り、色とりどりの花を咲かすほか、あちこちに砂州があり、椰子まで生えている。
2020-07-11 22:55:11