坂本龍右氏による「トロンボンチーノのフロットラ"Ostinato vo seguire"紹介」

古楽カラオケ(マイナスワン)サイト「Smart Accompanist」に収録されたバルトロメオ・トロンボンチーノによるイタリアン・フロットラについて、演奏者である坂本龍右氏が詳しい解説をしてくださいました。
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#SA新着情報 坂本龍右 @contra2nd さんによる、トロンボンチーノのフロットラ「Ostinato vo seguire」が公開となりました!楽譜、歌詞、曲の解説、楽しみ方などすべて、坂本さんがこちらのページに準備くださっています!ぜひご覧ください!→ filmuy.com/smartaccompani…

2020-06-19 10:08:01

バルトロメオ・トロンボンチーノとは

バルトロメオ・トロンボンチーノ(Bartolomeo Tromboncino, 1470年ごろ ヴェローナ - 1535年かそれ以降 ヴェネツィアかその近郊)は、イタリア・ルネサンス音楽の作曲家、殺人者。主にフロットーラの作曲家として名を残すとともに、カルロ・ジェズアルドと並ぶ妻殺し作曲家としても悪名高い。

(えっ、殺人者?!妻殺し作曲家!?えーっと触れんでおこう、、)

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

1509年にヴェネツィアで出版された、この曲の楽譜です。ペトルッチ・ライブラリー(IMSLP)で簡単に入手できますが、それ以前になんとこれは正真正銘のペトルッチによる印刷譜なのです!また作曲者がバルトロメオ・トロンボンチーノ(1470-1534以後)であることが、「B.T.」の略記署名で確認できます。 twitter.com/smrtaccompanis… pic.twitter.com/eGeLrfGLE6

2020-06-23 09:48:48
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

奈良出身バーゼル在住リュート奏者。ヴィオラ・ダ・ガンバも弾き、たまに歌います。ルネサンス音楽、ポリフォニー音楽/仏像彫刻・鉄道・図柄集め/リュートソロCD2枚/前バーゼル・スコラ・カントルムの公式伴奏者/実は受賞歴多数/2022〜ヴュルツブルク音大教諭

https://t.co/hMKTJINDiv

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ここから始まる連ツイも歴史、周辺情報、参考音源、楽しみ方など、このトロンボンチーノと当時流行った彼のフロットラを様々な視点から解説してくださっています。ぜひ関連動画を見ながら目を通してみてください。数分のうちに曲のことがすごーく好きになれるステキコンテンツです。坂本さん多謝!! twitter.com/contra2nd/stat…

2020-06-25 01:10:05
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

この曲は16世紀初頭のイタリアで流行した、フロットラと呼ばれる世俗歌曲の代表です。人気曲だけありたくさんの演奏音源がありますが、ナポリ出身のテノール歌手マルコ・ビーズリー氏が歌い、かつコルネットの名手ブルース・ディッキー氏をゲストに迎えたこの演奏が好み。youtube.com/watch?v=nGjR3R…

2020-06-24 07:44:58
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「フロットラ」とは

フロットーラ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

フロットラ(イタリア語:frottola)とは、15世紀から16世紀にかけてイタリアで人気のあった世俗歌曲の一種。マドリガーレの前身のうち、最も重要で、広く普及した楽種である。フロットラ作曲の頂点は1470年から1530年までであり、1530年代にマドリガーレに取って代わられた。

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トロンボンチーノのOstinato vo seguire、「聴いたことないなー、知らないなー」という方は、連ツイの中にもあるこちらのおすすめ音源を一度聴いてみてください! youtu.be/nGjR3RTYqA4 古楽スキーさんならぜったい「おおっ!☆」と思われるはずです! twitter.com/smrtaccompanis…

2020-06-30 00:25:50
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

マルコ・ビーズリー氏が歌った再録音がこちら。今度はコルネット抜きの、撥弦2台による伴奏です。フロットラの伴奏に適した楽器はというとまずリュートで、特にこの曲の場合、こうして即興を交えて「わちゃわちゃ」伴奏するのが、雰囲気にとても合っていると思います!youtube.com/watch?v=h7p0Vw…

2020-06-24 07:54:21
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

先ほどの譜面からは想像もつかないほど、見た目は単純なのにそこからいろいろと「遊べる」余地のある曲ですね。フロットラが流行した盛期ルネサンスのイタリアでは、こうした自由闊達で軽やかな世界とは真逆の、端正で重厚な、時により複雑すぎるポリフォニー音楽が、同時にもてはやされたのでした。

2020-06-24 08:06:58
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

この事実こそ、1500年前後のイタリアの音楽の豊かさだと思います。フロットラの演奏の際には、同時代に書かれた厳格なポリフォニー曲に向き合うときのような態度は一旦忘れて、何より演奏する自分たちを楽しもう、そして聞き手も一緒に楽しもう!とビーズリー氏たちの演奏は教えてくれているようです。

2020-06-24 08:14:27
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坂本さんご紹介のこの動画、ほんと耳障りがよくてすぐクセになっちゃう名曲の名演ですね!聴いているうちに歌ったりコルネット吹きたくなっちゃいませんか? #SA でバーゼル在住のガチ名手さんとぜひ楽しくアンサンブルしてみてください! filmuy.com/smartaccompani… ←こちらです! twitter.com/contra2nd/stat…

2020-06-25 01:04:41
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

さて、この譜面の始まりの位置に置かれた指示に、是非とも注目していただきたいです。「La voce del sopran al quinto tasto del canto」とあります。sopranとcantoを両方とも高音声部の意味としてとると、まるで訳が分からなくなります。このイタリア語の指示の真意は一体何でしょうか?

2020-06-25 07:42:25
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

もったいぶらずに答えを言うと、解釈は意外と単純。sopranは音部記号の高低に関わらず、この曲で示されている歌われる声部のことを指し、cantoは伴奏しているリュートのトップの弦(一番高い音が鳴る開放弦)のこと。つまりリュートの調弦と歌の歌い出し音がどう対応するのかを説明しているわけですね。

2020-06-25 07:48:36
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

リュートのトップの弦(canto)の第5フレット(quinto tasto)の音が、歌い出し音になるということです。なのでこの譜面に忠実に従うなら、基準となるピッチの上下の振れ幅を考慮しても、概ね歌手の声域はアルト、かつリュートは現代の一般的なヴィオラ・ダ・ガンバと同じ調弦のバス・リュートとなります。

2020-06-25 07:59:44
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

16世紀のバス・リュートで現存しているものも僅かにありますが、フロットラの流行した1500年代の初めによく使われたのは、これらに描かれているような、むしろ現代の標準よりも小ぶりのリュートです。持ち運びがしやすく、両手のストレッチも少なくてすむので、アマチュア奏者にも好んで弾かれました。 pic.twitter.com/4KtcUzlg0L

2020-06-25 21:23:46
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

こうした事実をふまえ、今回の「Ostinato vo seguire」の伴奏動画では、便宜上アルト・リュートと呼んでいる、最高音弦をg¹でなく全音高いa¹に調弦した、6コースのルネサンス・リュートを使用しました。これで原譜のタブラチュアの指示通りに弾けば、歌い出し音は記譜上の完全5度上となるわけです!

2020-06-25 21:30:45
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

ではこのフロットラはソプラノでしか歌えない、ということではありません。ここからオクターブ下げてテノールで歌うことも可能で(今度は記譜上の完全4度下)、ビーズリー氏たちの演奏はこの解決をとっています。ただし、リュート属は通常のサイズの楽器のため、ポジションの読みかえを行ったようです。

2020-06-25 21:36:20
おうちでひとりでアンサンブル!SmartAccompanist-古楽カラオケ動画のマーケットプレイス @smrtaccompanist

曲への関心がむずむずと湧いてくる、すばらしいフロットラ考でしたね!Youtubeの参考動画もあるし、楽譜も簡単に入手可能ですので、あとはマイナスワンを使ってご自身でも歌ったり演奏したりしてみてください〜! filmuy.com/smartaccompani… ←どうぞ! twitter.com/contra2nd/stat…

2020-06-25 23:28:18
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

さて、こちらは私の立ち上げたアンサンブルで演奏している、フロットラ「Ostinato vo seguire」のライヴ音源です。ソプラノはアリーチェ・ボルチャーニ、トラヴェルソ(ルネサンス・フルート)を吹くのはアンネ・フライタークです。この曲は来日公演の際も取り上げました!soundcloud.com/alice-borciani…

2020-06-26 08:33:00
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

インストの間奏で、アンネ・フライタークは見事な即興を聞かせてくれます。これに対し、ソプラノが2節目を歌うのに合わせて彼女が「さりげなく」入ってくる際の旋律は、実は即興ではありません。この「第四の声部」はこそ、1508年にこれまたペトルッチが出版したフロットラ集にあるアルトパートです! pic.twitter.com/DJVEo9UZGZ

2020-06-26 08:48:57
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

4声部揃った、ペトルッチによる初版譜の全体です。ここにも作曲家を示す「B.T.」の略記が見られますね。最高音部のパートのみ歌詞が下に書かれ、残りは歌い出ししか記されていません。これから分かるように、フロットラは多くの場合一つの声部だけが歌われ、あとは楽器が担当する実践が一般的でした。 pic.twitter.com/zhsBelQW2M

2020-06-26 09:12:21
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

フロットラでは、アルトとテノールの両声部は互いに近い音域を「わちゃわちゃ」動くことが多く、リュート一台でこれらを同時に弾くのは物理的に至難。アマチュア層を主なターゲットとしたペトルッチは、リュート伴奏版を出す際、テノールとバスの2声のみを取り出して(稀に例外も)タブ譜にしたのです! pic.twitter.com/0ZioPsfemD

2020-06-26 09:27:27
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

フロットラに限らず、この時代の声楽作品の、歌詞のシラブルの音への割り振り方(text underlay)は総じてルーズです。同じイタリア語話者の歌い手でも、歌い出しの「vo seguire」の当てはめ方からして違ったりします。どれが正しいということはないですが、まずは自然な言葉の抑揚に従うべきでしょう。

2020-06-26 21:23:27
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

その一方で、歌い出しの部分に注目すると、「固執する」という意味の動詞ostinareから派生したostinatoの語に対して、同じ高さの音を4つ固執して並べるのは、ごく単純な手法ながらも修辞学的と言えますね。誰でも覚えやすい旋律の中に、ルネサンス音楽の知的な側面が、そっと紛れ込んでいるようです!

2020-06-26 21:29:31