2020年7月24日

ロシア徒歩横断3年目

アムール州チェインダからサハリン州ネクラソフカまでの73日約2200キロを細かくご紹介致します。(由良ヒンジ)
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ロシア横断@歩行演劇mission B @MKamenka

ロシアを歩いて横断3年目後半、2028/05/09火(1日目)。アムール州チェインダтында。気温は日中で10℃前後、深夜はまだ氷点下になる日も。快晴は少ない季節。戦勝記念日である。 pic.twitter.com/5eeH6Sxyq9

2020-05-07 07:25:35
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前半はカフカス横断で入国が3/9だった。カルムイク共和国のエリスタから飛行機でモスクワを経由しチタへ、チタから1000kmあまりを列車で1日半ほどかけてチェインダに到着した。ここから東に向かいラザレフ-ポギビを小船で渡ってサハリン北端の村を目指す。ビザ期限は9月の初め。 pic.twitter.com/aI0wU6smMy

2020-05-07 07:39:52
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このチェインダには昨年は、晩秋に到着していた。緯度が高く、もうかなり降雪があってギリギリの日程だった。反省して今年は少しゆとりのある旅程を組んでいる。

2020-05-07 07:51:58
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アムール州の民族構成について。先住民率の低い地域といわれがちで公式には州人口80万ほどのうち露宇が96%ほどを〆るそう。ただし稀薄に分散する狩猟民の地に集住型の農耕民が移入したのであってみれば、人口比率で考えることにさほどの意味はない。総数数百人でも帰属意識があれば民族と呼びうる。

2020-05-07 12:06:34
ロシア横断@歩行演劇mission B @MKamenka

とはいえエヴェンキのエリアを抜けナナイの地に近づくまでのこのあとの1000kmほどが民族の空白地帯に見えることは確かのよう。注意怠りなく歩いて行きたい。

2020-05-07 12:43:04
ロシア横断@歩行演劇mission B @MKamenka

スターリン時代を通過しているので、先住民のほかに「移住してきた少数民族」という存在もありうる。ラーゲリ労働から解放されたのち、故郷に戻らず定住したケース。後述する通りチェインダ周辺の開拓にサハリン先住民が関わっているという証言もある。本当ならぜひ見きわめたいところ。 pic.twitter.com/UINqatLD4v

2020-05-07 13:30:19
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今期の旅程は4ラウンドに分けられる。まずチェインダから鉄路に沿い660km東のフェヴラリスクまで。悪路だが西の奥地バムに較べれば過酷度はかなり和らいでいるように、航空写真では見える。落ちて通行不能な橋もないよう。 pic.twitter.com/3g2zMtCxPF

2020-05-08 07:30:00
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第2ラウンドはフェヴラリスク-コムソモリスク・ナ・アムレ。960kmほどと遠くて驚くがこれはgooglemapの性能不足で線路から離れて大きく迂回するバム街道しか表示されないためで、実際には鉄道に沿う管理道路がほぼ途切れず続き、600km台の路程になる見込み。地図アプリをロシアのяндексに切り替える。 pic.twitter.com/CG9sRU8Bir

2020-05-08 07:41:40
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第3ラウンド。バム鉄道と別れ、コムソモリスクから間宮海峡狭窄部のラザレフまで470km、ほぼ街道である。ラザレフから対岸の廃村ポギビまでの7kmあまりは小船で渡る。 pic.twitter.com/mIXLzUduXn

2020-05-08 07:48:39
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第4ラウンド。ポギビからサハリンを横断して東海岸のダギへ、その後北上し最北端の村ネクラソフカとモスカリヴォまで350kmほど。可能なら本土に再渡航、無理ならコルサコフ方面に向かう。以上合計2000kmあまり。 pic.twitter.com/aOMUGWSGG0

2020-05-08 08:04:31
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さて5/9。朝から駅にしてひとつ西のクヴィクタкувыктаという250人ほどの集落に来て、戦勝記念日の行事を見ていた。夕方の列車でチェインダに戻る。歩き出すのは明日から。 pic.twitter.com/CLehy36efB

2020-05-11 07:53:53
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クヴィクタには少々こだわりがある。アムールスカヤ・プラウダの記事(gazeta-bam.ru/news/media/201…)には、村の建設が始まってすぐの1978年にサハリン出身の労働者たちが来て「数年間滞在した」とある。一方ソビエト政府がアイヌ滅亡宣言を出したのは1979年なのだ。なんとなく、時系列が合わないと思う。

2020-05-12 06:12:31
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記事の記述は不充分で、来たのはニヴフかも知れないしラーゲリ上がりの白人かも知れないが、日本との内通を疑われたアイヌが先住地を逐われたことは確かなので、クヴィクタの件はなんとか確認したいと考えている。本人なり子孫なりがチェインダにまだ住んでいるのではないだろうかとも思っている。

2020-05-12 07:04:20
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幸いにしてチェインダならばそう山奥でもなく、国際空港のあるチタ、ハバロフスク、コムソモリスクからそれぞれ1日あまりで着く。取材を繰り返すことも無理ではない。 pic.twitter.com/ugiK7guxY2

2020-05-12 07:46:52
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さて戦勝記念日のイベントはまだ続いているだろう。チェインダは人口3万人台と、この地方にあっては大都市の部類だ。仮設ステージなどはおもにこの公園に現れるよう。 パーミャトニク 25-レチヤ・バマ Ulitsa Krasnaya Presnya, 60, Tynda, Amur Oblast, ロシア 676282 maps.app.goo.gl/qaHbXTzFN43isf… pic.twitter.com/ZxHFysSwX1

2020-05-12 08:02:48
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2日目(5/10水)。7ヶ月ぶりにバム街道の無人地帯へ踏み込む。泥濘、雨、熊、蚊対策。30km歩いてベストゥジェヴォбестужевоという貨物駅(putdor.ru/station/bestuz…)まで。最後の峠など難所は適宜道路から線路へかわす。 pic.twitter.com/aTuP9KBEPH

2020-05-12 12:16:34
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ベストゥジェヴォ駅の数km先で、バム鉄道からアムロ・ヤクーツカヤ(アヤム)鉄道(ru.m.wikipedia.org/wiki/Амуро-Яку…)北行きが分岐している。旅客サービスは700kmほど北のネリュングリまで。線路はヤクーツク対岸まで開通し駅舎も出来、貨物の運行が始まっている。 pic.twitter.com/sb5Ev24K2o

2020-05-14 02:44:06
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上記露wikiのアヤム鉄道の項によると、今後、レナ河に架橋してヤクーツク市内への直通便を作るそう。それはいいとして、そのあとマガダンまでの延伸、さらにはチュクチ自治管区のアナディリからロシア最東端ウエレン(!)までの延伸予定すらあるそう。100年かけても無理だと思う。 pic.twitter.com/QcmMziBMNB

2020-05-14 05:38:32
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現在ロシア東方で道路が開通しているのはマガダン州のエヴェンスクまで(ここまでは来年歩く)。以降ウエレンまでの2000kmあまりは道がなく、陸上交通は冬季の犬ゾリのみという状況。地下資源の積み出しなら船で事足りるのであり、チュコト半島への鉄道敷設に今後対費用効果が認められるとは考えにくい。 pic.twitter.com/ZGCINhpGf6

2020-05-14 05:50:59
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ただ、宮沢賢治が何度か書いている「ベーリング行き」の鉄道はおそらく(千島経由ではなく)樺太鉄道の先にあるはずで、例えばニコラエフスク-オホーツク-マガダン-ペトロパーヴロフスクのような路線は作家としてもソビエト政府としても当時から想定しうるルートだったかも知れない。 pic.twitter.com/QxhDgVyhdf

2020-05-14 06:03:10
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今からするとずいぶん辺鄙なところを舞台に童話を書いたように思えるが、賢治の時代にはシュムシュ島までは日本領で、シュムシュからベーリング(現在のウスチ・カムチャツクを想定か)までは直線でわずか700kmしか離れていない。 pic.twitter.com/2aNGfZgHtV

2020-05-14 07:11:22
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3日目(5/11木)。おおむねギリュイ川に沿い遡上する形で45kmと長めに歩き、旅客駅アムトамут(tochka-na-karte.ru/Railway-Statio…)まで。多少の雨はヤッケを羽織って構わず進む。先は長い。貨物編成も含め1-2時間に1本程度の列車通過はあるようなので気をつけて歩く。 pic.twitter.com/89YnTdGYJO

2020-05-14 09:53:25
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4日目(5/12金)前半。19km遡上してマレヴィмаревый(靄)という600人ほどの村まで。初めての集落。補給ができそう。1984年頃の建設記録がかなり写真で残っている(muz71.ru/virtualnyie-vy…)。5階建ての駅舎などあり、おそらくもっとずっと大きな町になる計画がソ連崩壊で頓挫したものと思われる。 pic.twitter.com/DB2gbwV0zT

2020-05-14 12:19:03
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ゴルバチョフの書記長就任が1985年で、以後市場原理の導入により競争力で劣る計画経済がみるみる失速していくわけなので、84年というのはソビエトが発展を謳えた本当に最後のタイミング。ペレストロイカは西側には受けが良かったものの、ロシアの村々ではむしろ恨まれていることが多いように見える。 pic.twitter.com/uu7ODayL8U

2020-05-14 14:56:50
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4日目後半。ギリュイ川左岸支流のクドゥリ川に逸れ、23km遡上してズメイカзмейка(蛇)という旅客駅まで。なぜ蛇なのかは不明。こんな寒い地方にヘビがいるのだろうか。標高は650mほどと、チェインダから200mばかり高くなっている。 pic.twitter.com/PRw5yJzm4D

2020-05-14 15:53:08
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