生命美術館事件3(#えるどれ)

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前回の話

まとめ 生命美術館事件2(#えるどれ) シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/ 4110 pv 2 1 user

以下本編

帽子男 @alkali_acid

この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失われたものを取り戻すファンタジー #えるどれ 過去のまとめは見やすいWikiをどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/

2020-07-25 19:48:56
帽子男 @alkali_acid

妖精の騎士の宿敵たる悪の権化、黒の乗り手は人類の守護者である秘密結社「財団」の拠点を無慈悲に破壊した。 蜘蛛を思わす女形の青年に変じ、支える点も持たずどこまでも伸び、鉄筋や凝土さえ切り裂きあるいは結ぶ魔糸を操ると、八面の壁からなる湖上の美術館を崩壊させた。

2020-07-25 19:53:36
帽子男 @alkali_acid

さらに美術館の貴重な展示品である美しき命の数々を不壊の瓶詰から解き放った。 ただし一度にではない。 まずは黒白の可憐な少女二人。

2020-07-25 19:55:23
帽子男 @alkali_acid

漆黒の肌の娘ブミは、握りしめた拳銃から発した弾丸が己の顎から脳天を貫く瞬間を覚悟しながら瞼を瞑っていた。 だが手の中で飛び道具はまるでばらばらになり、指の間から滑り落ちていった。銃身も弾頭も薬莢も。 それでいて強張った闇色の肌には傷一つつかなかった。

2020-07-25 19:57:49
帽子男 @alkali_acid

「ブミ!」 慕わしい声を聴いて、ブミは瞼を開くと、目の前に純白の娘アレクサンドラがいる。胸の先や手首足首、股の付け根につけられた飾りや薄絹は同じくばらばらになって床へ落ちている。 「アレクサンドラ。アレクサンドラ」

2020-07-25 19:59:11
帽子男 @alkali_acid

二人は手を取り合い、頬を寄せ合った。 しばらくして控えめな咳払いが聞こえる。少女等が同時に振り返ると暗い膚に尖り耳の丈高い女が立っていた。緩やかな黒衣をまとい、両腕に湖の思わす色鮮やかな青で染められた袖の短い襯(シャツ)と裾の短い褲(ズボン)を捧げ持っている。

2020-07-25 20:03:52
帽子男 @alkali_acid

「…誰?誰?」 ブミが話しかけると、相手は同じ言葉で滑らかに応じる。 「実はの。こなたは通りすがりのクモのお化けじゃ」 告げてからかすかに身をねじると、黒衣の間に銀色の巣網模様が煌めく。 「クモ…」 「巣をかけようとしたが不器用故、そなたらの持ち物を壊してしもうたのじゃ」

2020-07-25 20:06:46
帽子男 @alkali_acid

「持ち物…?持ち物」 黒い少女は白い少女と指を握らわせたまま、あたりに散らばる武器や衣装の残骸を眺め降ろす。 「詫びというてはなんじゃが、ここに丁度そなたらに合いそうな服がある故、受け取ってはくれまいか」 「…服…服」

2020-07-25 20:08:28
帽子男 @alkali_acid

アレクサンドラは不安そうだがブミは受け取った。布地の間に隠れて下着もあった。 クモは莞爾として、短い詠唱とともに指を鳴らすと、たゆたう銀の帳が二人の周囲をすっぽりと包む。 とまどいつつ少女等は着替えを済ませた。 「やや?履き物もあったのじゃ。もし寸法が合うようなら貰ってくりゃれ」

2020-07-25 20:11:48
帽子男 @alkali_acid

浅黄の涼鞋(サンダル)が二足、帳の下からそっと差し出される。今度はアレクサンドラが率先して受け取り、履いてみる。 「ブミ!素敵!」 「似合う。似合う」 「ブミも履いて!おそろい!」

2020-07-25 20:13:45
帽子男 @alkali_acid

水色の服と浅黄の涼鞋と、着終わると二人はつい踊りだしたくなって、手をとってくるくる回り始めた。 「実は、こなたには連れがおってな。これまた不器用な蝙蝠なのじゃ」 帳の向こうからクモが話しかける。蝙蝠を連れた蜘蛛のお化けとは、実に不気味だが、ブミとアレクサンドラはもう怖くない。

2020-07-25 20:15:44
帽子男 @alkali_acid

「金の櫛を作ったがちいとも重くない。偽物に違いないと馬鹿にされるのじゃ。銀の鋏を打ったがちいとも錆びぬ。偽物と言われる。玻璃の手鏡を張ったが傷もつかぬで鉄と疑われる。仕方なしにこなたの不出来な掛け鞄に収めて運んできたが…おお…押し付けるようで悪いが貰ってくりゃれ」

2020-07-25 20:18:02
帽子男 @alkali_acid

牛革に似たしかしずっと滑らかな手触りの華奢な鞄が二つそっと差し出される。 二人が争うように開けると、中から小さな黒と白の少女の人形がそれぞれ飛び出して、鋏や櫛や手鏡や小間物を持ち上げて示してみせる。 「…そういえば見習い人形師のこしらえた、勝手に動く玩具も紛れ込んでいたのじゃ」

2020-07-25 20:21:03
帽子男 @alkali_acid

「クモ!クモ!」 「どうしてこんなものを下さるの」 ブミとアレクサンドラが尋ねると、帳が畳まれて尖り耳の魔女が再びあらわれる。 「ほんの詫びじゃ…さて、腹が空いたのじゃ…この湖は魚が豊か。こなたの連れに大食いの長虫がおって、やたらと料理好き」

2020-07-25 20:23:07
帽子男 @alkali_acid

紅に透き通った長宅で、魔女は少女等に大平原の湖でとれる多種多様な魚や野草を使った佳肴をふるまった。 給仕は麗しいからくり仕掛けの娘等。ただし主菜は傘を差した美貌の青年二人、食後の甘味は、大柄な肥り肉の男が逆立ちしたまま両足に盆を載せて運んできた。

2020-07-25 20:26:30
帽子男 @alkali_acid

「おいしい。おいしい」 「魔法みたい…魔法?」 アレクサンドラと話し合っていたブミはやがてはっとなってクモを見やる。 「ウィスト?ウィスト。知らない?知らない?」 「はて…そのような名前の見習い人形師がいたもしれぬのじゃ。じゃが今は留守にいておるのじゃ」

2020-07-25 20:28:01
帽子男 @alkali_acid

魚尽くしの正餐が終わると、魔女は虚空に蜘蛛の巣をかけ、長くしなやかな指で爪弾き始める。 頽れ破れた美術館に、涼やかな調べが響き渡る。一羽の黒歌鳥が、長く豊かな黒髪に降り立ち、翼を広げて冠のように見せると、少女等がかつて耳にしたことのないような澄み切った歌声を溢れさせた。

2020-07-25 20:30:33
帽子男 @alkali_acid

ブミとアレクサンドラは酔い痴れたようになり、この世のものならぬ楽を紡いだ小鳥が、気さくにひょことひょことそばに寄って来たときは胸を詰まらせた。 「ナデナデシテ」 「する!する!」 「私も」 しかも不思議な禽(とり)は割と気さくだった。

2020-07-25 20:32:16
帽子男 @alkali_acid

「むむ。すっかりホウキボシにもてなし役をとられてしまったのじゃ。じゃが余興はまだあるのじゃ」 クモが指を鳴らすと、仮ごしらえの食堂の壁一面が、賽の目状になって倒れる。 湖が一望できるが、不意に飛沫の弧を描いて黒い影が跳躍した。 「はぁっ!」

2020-07-25 20:34:55
帽子男 @alkali_acid

虚空に氷の華が咲き乱れ、陽射しに煌めいて千々に散ってゆく。 二人は一瞬そちらを見やり、目を丸くし、口をぽかんと開けてから、また気を取り直して小鳥を撫でる作業に戻った。 「あざらしはもうよいのじゃ。芸にやる気を感じぬのじゃ」 「しゃあないやんかー」 ざぶりと鰭のある獣は水に没する。

2020-07-25 20:36:47
帽子男 @alkali_acid

小鳥はブミとアレクサンドラの肩を飛び移りながら、戯れ歌を次から次へと吟じて笑い転げさせ、そばを離れないでいた。 「気が向いたら、あちらのくろがねでできた長細い箱に沐浴のできる間と寝床がある。使ってくりゃれ」

2020-07-25 20:41:06
帽子男 @alkali_acid

鉄でできた大きな蛇のようなものが、美術館の中庭に這い上がっていた。近づくと車輪や窓がついていて、どうやら乗り物のようでもある。 階梯のそばに頭の悪そうな犬がいて、ひとなつっこくおんおんと鳴いて中を案内してくれた。

2020-07-25 20:42:16
帽子男 @alkali_acid

入ってみると、ふわふわと犬はしつこくつきまとい、透明な天蓋のついた庭園のような緑でいっぱいの場所で、さまざまな花や果の周りを駆け回り、飛び回りして何やら説明しようとする。 「アケノホシ!ウルサイ!」 小鳥が追い払う。 「アウン…」

2020-07-25 20:44:39
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