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2020年8月2日

「一騎打ちの世界史」〜モンゴル軍も、たまにはやったりしてた?

戦争の中で「一騎打ち」が行われるのが盛んだったのは、いつ、どの地域(文化)で、いつごろから廃れていったのでしょうね?KOEIの三国志がこれで面白くなるのはまちがいないんですけど。
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科学に佇むサンクコスト ステイホーム🖖 @endBooks

”ダビデとゴリアトとの戦いは一騎討ちであった。一騎討ちは西アジア世界にはない慣習だったが、ギリシア世界には古くからあったようである。” sciencebook.blog110.fc2.com/blog-entry-136… 『聖書考古学 遺跡が語る史実』長谷川修一

2014-07-04 22:13:57
リンク sciencebook.blog110.fc2.com ミニ特集:聖書考古学の本 『図説 聖書考古学 旧約篇』 杉本智俊 ふくろうの本 河出書房新社 『聖書考古学 遺跡が語る史実』 長谷川修一 中公新書 中央公論新社図説聖書考古学旧約篇 [ 杉本智俊 ]『図説 聖書考古学 旧約篇』 杉本智俊 ふくろうの本 河出書房新社南レヴァントを旅行すると、どこに行ってもお椀をひっくり返したような形の丘が目につく。これは、古代の町の瓦礫が貴重な水源の周囲に何層にも積み重なってできたテル(遺跡丘... 1 user

「史記」高祖 本紀

漢王・項羽相與に廣武の閒に臨みて語る。
項羽、漢王と獨身にして挑戰せんと欲す。漢王、項羽を數めて曰く、
「(略)…吾れ義兵を以て諸侯に從いて殘賊を誅す。刑餘の罪人をして項羽を撃殺せしめん。何を苦しみて乃ち公と挑戰せん。」
http://gongsunlong.web.fc2.com/koso-h.pdf

士-SAMURAI- @SamuraiHistoria

多くの書籍で元の集団戦に日本は一騎打ちをしたと書かれているが、八幡愚童訓は後世に記された宗教書で八幡神の神徳によって破ったことを強調しており、そのために一騎討ち戦法をしたかのような記述になっているが実際は集団騎射戦闘が行われていたtwitpic.com/c4232o

2020-07-31 22:51:48
瑪爾斯可汗(マールス・カガン) @kimovoticus

元寇でネットのヲタクによく言われるのは大陸に名乗りとか鏑矢みたいな戦闘前の礼儀がないという部分だけどクリコヴォの戦いだとママイ側もちゃんと戦士を送って開戦前の一騎打ちに応じてるから初めて知った時は結構意外でした 時代が違うけど pic.twitter.com/EtOsUHGSEH

2020-08-01 08:36:08
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遊牧民@遠征中 @Historian_nomad

@kimovoticus 蒙古源流でも一騎討ちのシーンありますもんね

2020-08-01 08:37:27
瑪爾斯可汗(マールス・カガン) @kimovoticus

@Historian_nomad ああ、そうなんですね 常識から逸脱した無法軍団みたいなイメージが如何に雑だったか思いしるばかりです

2020-08-01 08:56:10
遊牧民@遠征中 @Historian_nomad

@kimovoticus なおその一騎討ちの場面とはモンゴルとオイラトそれぞれを代表する勇士同士が「もしそれぞれの部族を代表して戦うときは忌憚なくやろうぜ!」と約束し、いざそのときになるとオイラト側の勇士が剛弓引きなのを知ってたモンゴル側が鎧重ね着して対策して相手を一刀両断します

2020-08-01 09:01:12
遊牧民@遠征中 @Historian_nomad

@torourus @kimovoticus wikiだと斬撃対策になってて記憶とずれてるのであとで岡田訳をみます

2020-08-01 09:16:02
日々是好日 @ZEhxQGr3zeNeqRn

@kimovoticus 三国志演義や水滸伝では名乗ってましたねぇ

2020-08-01 10:16:46
瑪爾斯可汗(マールス・カガン) @kimovoticus

@Historian_nomad @torourus オイラト側を事前に調べておいたモンゴル側の情報戦の勝利、みたいな理解も出来そうな話ですね……

2020-08-01 11:32:19
瑪爾斯可汗(マールス・カガン) @kimovoticus

@Hatashirorz やられた側からすると相当屈辱的な仕打ちですね……

2020-08-01 11:36:37
瑪爾斯可汗(マールス・カガン) @kimovoticus

@ZEhxQGr3zeNeqRn まあ、このステレオタイプでは「モンゴルは野蛮」「日本は遅れていた」ということを言いたいのでしょうから過去に名乗りがあったことはあまり反論にならないのでしょうね 自分もあまりそこは気にしていませんでしたし

2020-08-01 11:43:06
旗代@Booth頒布開始 @Hatashirorz

@kimovoticus 同じ文化を共有する者同士であるところが、なお一層ね。。。

2020-08-01 12:47:55
瑪爾斯可汗(マールス・カガン) @kimovoticus

@Hatashirorz そう考えると日本側の武士が名乗りを挙げる間もなく蒙古軍に討ち取られたという逸話は、まだ「文化を共有していなかった」という言い訳が立つだけマシな事案かもしれませんね……

2020-08-01 12:50:41
錆刀-Rusted blade(休眠垢) @sabigatana2077

@kimovoticus @ZEhxQGr3zeNeqRn FF外から失礼します 皆さんモンゴルモンゴル言ってますが 大元ウルスなんて殆どアレ中国では 皇帝のいない中国 という本では 元、明、清を大中華とも呼んでたり 元〜以降で一騎討ちの話とか ありましたっけ?

2020-08-01 16:10:44
錆刀-Rusted blade(休眠垢) @sabigatana2077

@kimovoticus @ZEhxQGr3zeNeqRn 皇帝のいない中国✖︎ 誰も知らなかった 皇帝たちの中国◯ 岡田英弘

2020-08-01 16:16:24
アキモフ @txV1gRQRNIggZNx

@kimovoticus A.ペレスウェート、これ相討ちになったのよねん。

2020-08-01 18:59:57
アプロ @rUyaCVtIiRxgC9M

この場合だと、やはり当時のタタールとルーシ諸公に長い付き合いがあり、互いにある程度気心の知れた相手だったというのも大きい気がします。 元と鎌倉ジャパンとか、貿易で多少付き合いがあったくらいだから、互いに一騎討ちをするような名誉に値する敵では無かったというか。 twitter.com/kimovoticus/st…

2020-08-01 21:44:52
市村弘 @kerpanen

こういう絵を見ると、紅葉台木曽馬牧場の菊地先生が「馬自体にも闘争心があるんだよ」と言う言葉が思い出されます。騎馬戦闘は騎乗者だけじゃなくて、馬もよく訓練されてないと成立しない、当たり前ですけど、日頃から馬に接してないと忘れがちですよね。 twitter.com/kimovoticus/st…

2020-08-01 22:24:59
とっち.opanpon @totty2nd

@kimovoticus そもそもむしろ元寇ではわざわざ一騎討ちを挑んだ武士はいなかった件。竹崎季長のあれも所謂先駆けだし

2020-08-01 22:55:48
逆さまつげ💉💉 @kitayokitakita

@kimovoticus 竹崎季長「じゃあ、なんでワイはあんな目に遭ったんや…」

2020-08-02 01:41:25
小笠原夏樹 @mizutamaheidi

@kimovoticus 外交官で研究者でもあったファン・ヒューリックの『ディー判事』シリーズの中で、城塞都市に攻めて来る夷狄(北方遊牧民)が開戦前に使者を立ててくるという描写があったように思います。ディーは武則天の時代の人物なので時代と場所が違うと言えば違いますけど💦

2020-08-02 02:47:12
OOEDO @OOEDO4

@kimovoticus @ZEhxQGr3zeNeqRn 逆に一騎打ちとは、いつを持って滅びたのでしょうか 太古の昔から、1人に集団で向かっていけば有利なことは変わらなかっただろうけど、その一方でものごっつい男には、誰も向かっていきたくないのも事実だろうし。 それに、ローマやギリシャの重装歩兵みたいな戦術をとっていたらできないし

2020-08-02 03:22:54
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コメント

GGP_DDT(限りなく無色透明に近い戦慄のブルー) @ggp_ddt 2020年8月2日
三国志時代だと、兵農分離が出来ていないので、せいぜい将校クラスまでしか職業軍人が居ない。一方、戦争は人海戦術だったので、数の多い方が有利(奇襲や陣形を使わない場合)。そこで数で不利な方が将の一騎討ちを申し出る。勝てば敵が浮足立つので、数が少なくても優位に立てる、と聞いた。
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mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2020年8月2日
モンゴルだと弓矢で個人技を比べそうなイメージが。
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2020年8月2日
一騎打ちってのは、簡単な話、相手を討ち取って首見分すれば褒美がもらえる可能性のある地位であるかが事前にわかること、捉えて身代金を受け取ったら本国へ送り返せる目途が立つこと、このいずれか1つが必要。海を越えて遠路はるばるやってきたモンゴル軍からすれば、見たことすらない日本の天皇や時宗を捕らえたところでどうにもならないので、そりゃ誰を相手にしても一騎打ちに応じる義理はない
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2020年8月2日
三国志演義でも関羽が華雄との一騎打ちを所望したときに、居並ぶ諸将に身分を問われ「馬弓手(旧日本軍でいえば伍長相当)」と答えると、袁紹はじめ諸将から「雑魚は引っ込んでろ」と罵倒される。関羽の武勇を知る曹操が景気づけにと盃に熱酒を注ぐも、関羽が「帰ってからいただきます」と固辞して出撃し、華雄の首を引提げて帰ってきたときに「まだ盃の酒なお温かなり」として関羽の豪勇を伝える逸話がある。一騎打ちにはそれ相応の身分と覚えが大事
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ろんどん @lawtomol 2020年8月2日
やはり男の子はタイマンに燃えるのですなあ…
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シャトー・ユースケ @ChateauxUSK 2020年8月2日
そもそも日本に来たモンゴル軍の大半は高麗兵。高麗に限らずモンゴルは降伏してきた国の兵士を次の侵略の先兵として使い主力の本体モンゴル兵はできるだけ温存していた。
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とっち.opanpon @totty2nd 2020年8月2日
そもそも日本の武士も「名乗りあってから正々堂々のタイマン勝負」という意味での一騎討ちなんて、源平の頃ですら殆どやってないと何度言えば…
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とっち.opanpon @totty2nd 2020年8月2日
ChateauxUSK 正確にはメインは高麗兵ではなく華北の蒙漢人。というかモンゴル人は人口少ないんだから、帝国の規模が大きくなればモンゴル人以外兵士が多数派になるのは当たり前
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極月 砌 @Gokugetu_migiri 2020年8月3日
階級の低い人の一騎討ちの記録なんて残らないし出世すると一騎討ちしない。呂布は董卓、孫策は袁術配下の頃しかやってないし
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