中世軍事史の観点からみた補給に関する調書

知ってる限りをまとめてみました。
軍事史 世界史 軍事 兵站 中世史 補給 中世 十字軍 西洋中世史 歴史
104
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
中世軍事史的観点から見た補給について、先日つぶやいていたことに関してのまとめ。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
中世の補給部隊においては、騎士一人と歩兵二人当たり四頭の輸送用の動物がいた計算になる。結果、中世の補給部隊は動物化がよく進んでいたことになる。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
動物化を推し進めることのメリットはマンリミットである20kg/人の積載量を超えられることである。逆に、デメリットは食料と、特に水への補給負担である。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
十字軍の一例を上げれば、五万の軍は行軍隊列2kmで、一万の馬と2000の荷車を必要とした。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
先程の、騎士1と歩兵2に対し、馬の数が少ないのは1.馬以外の輸送用動物の使用2.荷車の使用による補給効率の上昇からであろう
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
この数値は、場合によって大きくかわる。もし、そこが不毛の土地であれば、飼葉や水の必要性があがり、さらに荷車が必要となる。逆に、良い土地で、ローマの道路が良い状態で残っていたら、荷車の行軍効率があがるため、より荷車化を推進することができ、よって動物の数を減らせる。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
また、この補給部隊の数値は10日あたりに必要な補給部隊であり、10日後には、同じ規模の補給部隊により補給をうけなければいけなかった。もし受けなければ、軍団は餓死に直面した。この事実は、行軍隊列が事実上の軍団補給部隊護衛部隊となる結果になった。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
で、これを古代マケドニア軍と比べると、実はマケドニア軍のほうが動物を多く必要とした。マケドニア軍は5万の軍に2万の動物が必要とされた。これは、マケドニア軍の荷車の少なさと、ローマ時代の道がない故の行軍状況の悪さに起因すると思われる。また、補給間隔も10日ではなく、8日であった。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
ローマ軍の数値は、マケドニア軍とさほど変わらない。ローマ軍は荷車をいくらか動員したものの、攻城器具を持ち歩いたりしたため、補給負担はマケドニア軍以上にかかった。また、「士官の日常品」のため、荷車は必要最低限より多かったであろうとされている。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
結局のところ、古代マケドニア・ローマ・中世ヨーロッパ軍、それぞれの補給への負担は似たようなもので、補給部隊の規模が限られているため、ひとつの戦場への同時動員可能数は片軍5万を突破できなかったのであろう。(いくつかの戦場は立地条件が良く、それ以上を展開できたかもしれないが(続く))
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
((続いている)基本的には五万を突破することはなく、また、ローマ時代や古代での十万の戦場への動員などは、多くの歴史家からの反論がでているのは言うまでもない。事実、西洋にて十万以上の動員が日常となったのは瓶詰め・缶詰・ビスケットなどの保存食が出揃ってからであった)
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭り終了。 @centurio_P
時々、中世の馬を全て屈強な軍用馬と想定して中世の補給を非現実的だという人っているよね。ロバや農耕馬とか粗馬もいるんだぜ。
補助軍兵A @Auxilia_A
@centurio_P ドラグーンの馬はポニーや老馬ばっかりだぜ! 格闘戦には向かないから騎兵連隊のいいカモだ、ヒャッハー!
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
@centurio_P むしろ、中世の軍馬は現代の農耕馬に近い、速度はそこまで良いわけではないが、足腰が鍛えられ、重い物も軽々と運べる馬だというのが、現代の通説だったと記憶しています。軍馬が軽装の高速馬になったのは、帝国の時代以降ですね。
私はケントゥリオP。第十次ウソm@s祭り終了。 @centurio_P
@pn_hajimemasite そうですね。イングランドやフランス、北欧なんかはずんぐりした小型馬なんかに騎士や戦士が乗っていたんですよな。イベリアやシリア、アナトリアではイスラムやそれ以前の騎馬民族が乗ってきた高速馬が主で十字軍やレコンキスタで輸入されはじめたと記憶してます
補助軍兵A @Auxilia_A
サラブレッドはレース用の馬として品種改良していたら、突然変異種として生まれたもの。それまでの馬と比較すると、走るためだけにあるような形なので、「とっても不自然」。こいつらを時代劇で使うのは、少しばかり抵抗があるんだが……。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
あと、ついでに補給的敗走についてもちょこっと書こうかな。まず補給的敗走とは、補給限界に達した、もしくは近々達することが眼に見えているため、自主的に撤退、もしくは敗走することである。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
これが多いのがどこかというと、中東のシリアやエルサレム周辺。リチャード王やモンゴル軍はこれにより敗走されたという説もある。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
まず、リチャード王のケース。彼は、海岸線沿いに行軍していたときは、海上補給とその他もろもろにより、補給は潤沢だった。しかし、一度海岸線を離れると、補給上の問題点が浮き彫りになった。なにが一番の問題だったかというと真水の不足であった。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
2lのペットボトルとか持てばわかるが、水はかなり重い。水が追加されるだけで補給は破綻する。一応、エルサレムへの道にも井戸はあるのだが、中東勢力により破壊されたあとで、水は突貫の土木作業で彫り出すしかなかった。結果、リチャード王は行軍を断念、海岸へと敗走したとさ。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
モンゴル軍はというと、動物化が多すぎて、そもそもシリアにその量の軍を生かせる飼葉がなかった。モンゴル軍はよって、短期決戦志向に走り、会戦を急ぐ。結果、マムルーク朝に有利な地にて決戦を挑んでしまい、負けてしまいましたとさ。めでたし、めでたし。
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
うぉおおおおおおおおおおおおおおお士気が回復してきたぁあああああああああああああみなぎってきたぁあああああああああああああああああって、中世軍事史の話をただ、淡々と、延々と、自分自身に語って士気が回復する奇怪な人間は私くらいのものであろう。

コメント

浅丼健一 @asai1920 2011年7月3日
僕の中世ヨーロッパの補給のイメージは、「軍勢の後ろをのろのろとついて回る、同じ規模の酒保商人の群れ」という感じなんだけれど……
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする