映画『アメリカン・ビューティー』主人公レスター・バーナムの秘められた欲望とは何か?(ネタバレ有り)
- kyobyobyo2
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1999年公開の映画『アメリカン・ビューティー』は、どのジャンルに属するのかを説明することが難しい作品だ 一般的には「ブラック・コメディ風味のホームドラマ」とされているが、作品内に描かれた家庭像は、それまでのハリウッド作品からすると衝撃的なほどのリアリティをもっていた
2020-08-06 23:08:10しかしこの「ホームドラマ」は一過性の社会問題、あるいはアメリカ一国の国内問題を扱ったものではない 今回は『アメリカン・ビューティー』が提示している普遍的なテーマについて考察してみたい
2020-08-06 23:16:34『アメリカン・ビューティー』はクレジットを除いた本編が約116分の作品となっている 第一幕: ホームビデオ映像(オープニング) 父の殺害について(0分)~ ベッドルームにおけるレスターの自慰・口論(46分) 第二幕: 隣人のジョギングに参加(46分)~ ジェーンとリッキーの語り合い(83分)
2020-08-06 23:21:40第三幕: 一人でジョギングするレスター(83分)~ レスターの回想・慟哭するキャロリン(116分) ミッドポイント: ジェーンとリッキーのキス(64分ごろ)
2020-08-06 23:25:56幕の切れ目に空撮による遠景とモノローグが挿入されるので構成自体は明確だが、商業作品には非常に珍しく比率が1:2:1にはなっていない 時間的には46分:37分:33分といった配分で、第一幕が非常に長く、第二幕が短い 話が見えにくい、わかりやすい見せ場や葛藤が少ないといった印象に繋がっている
2020-08-06 23:29:48『アメリカン・ビューティー』という作品の最も重要なテーマは「現実とイメージの齟齬」と言えるだろう この点に関してはすでに非常に詳しく優れた解説をされたブログ(後述)があるので、今回の解説では、「主人公レスターの秘められた欲望」というテーマで進めてみたい
2020-08-06 23:36:15レスターの欲望というと、娘ジェーンの同級生アンジェラに対する、レスターのロリータ・コンプレックス感あふれる滑稽な恋心が連想される向きもあるだろう しかし実際には、この恋心はレスターの別の欲望が屈折し、複合されたかたちで表現されたものであり、つまりは幻想に過ぎない
2020-08-06 23:42:41レスター自身がこの「幻想」を自覚し、自分の「真の欲望」を内面的に消化するのが、この物語の結末だ この「幻想」はレスターの行動を推進するためのエンジンであり、同時にバーナム一家と隣家のフィッツ一家を揺るがすためのドラマをもたらしてもいる
2020-08-06 23:46:24レスターの「真の欲望」を探るために、第一幕序盤で提示される、レスターとその家族の状況を整理してみよう 中盤でのレスター自身の台詞にもあるが、彼は「家庭」という牢獄に囚われた、まさに「囚人」として描かれている 「結婚は人生の墓場」という格言を地で行く人物だ
2020-08-06 23:55:52家庭内においても職場においても、レスターは気力を失っている かつては活力にあふれていたであろう彼が、なぜそうなったかについては詳しい説明がなされない おそらくこれは、説明抜きに観客が自然と理解できる背景として制作陣が想定しているためだろう
2020-08-07 00:02:23非常にわかりやすいのは「窓枠」を「鉄格子」に見立てた表現だろう これは作品内に頻出する構図で、中に閉じ込められている人物はレスターに限らない レスター、キャロリン、ジェーンのバーナム一家全員、隣人のリッキー・フィッツ、さらには見方によってはアンジェラも当てはまるだろう pic.twitter.com/zqn034dvn6
2020-08-07 00:12:30バーナム家においてレスターは、ヒエラルキー最下層の人物として扱われ、それをレスター自身も自嘲的に受け入れている 物語序盤の夕食シーンにおけるレスターの姿勢、車を運転するのが常にキャロリンであることからも、この家の支配権を誰が握っているのかは観客にも明白だ pic.twitter.com/vHko2tnhhu
2020-08-07 00:17:20この状況を受容していることこそが、レスターを実質的に「去勢」している (実際に彼は中盤の夕食シーンで「チンポを瓶詰めにされて流しの下にしまわれた囚人生活」と振り返っている) この状況で彼が無意識的に求めるものはわかりやすいものになるだろう つまり、自らの「父性」と「男性性」だ
2020-08-07 00:25:50「男性性」については明確な描写が繰り返される レスターはキャロリンと長期間セックスレスでありながら、毎朝のシャワー時にはしっかりと自慰をする(そしてこれが生活の「頂点」) ジェーンのチアダンスの応援に駆り出されたときには「TVのジェームズ・ボンド特集を見逃してしまう」と文句を言う pic.twitter.com/fk2vNrvPeG
2020-08-07 00:35:57強い「男性性」はキャロリンが内心で求めているものと実は一致しているのだが、この夫婦が性的な関係を取り戻すことはない キャロリンはレスターが抜け出そうとしている「囚人生活」の住人であり、同時に看守であり続けようとしているからだ
2020-08-07 00:45:34「男性性」が性欲として表出するならば、「父性」は一家の支配権に対する欲望として出現する 第二幕からキャロリンに対するレスターの「反逆」が開始されるが、彼が好んで聞く「American Woman」や「All Along The Watchtower」などはまさに、こうした支配への対抗心が表れた曲だ
2020-08-07 00:54:23「父性」と「男性性」、性欲と庇護欲の両方を同時に満たす存在としてレスターの前に現れたのが、ジェーンの親友アンジェラだ 彼女は若い頃のレスターがおそらく手の届かなかった存在、ハイスクールの女王だ アンジェラを手に入れる努力を開始することで、レスターは失った青春を再獲得することになる
2020-08-07 01:02:53こうしたレスターの「反逆」は下剋上の響きを帯びて、キャロリンとジェーンを驚愕させる(それが明確に表れるのが二度目の夕食シーン) キャロリンはレスターに対抗するかのように、商売敵でもあるバディ・ケーンとの不倫を開始する 一方のジェーンにおいては、その驚愕はある意味で恐怖に近いものだ
2020-08-07 01:07:45ジェーンは言葉の上では、レスターに「父性」を発揮してもらうことを望んでいる(第二幕終盤におけるリッキーとの語り合い) しかしながらレスターが「父性」を取り戻そうとすればするほど、ジェーンは父親に対する嫌悪感を剥き出しにする これはどうしたことなのか?
2020-08-07 01:10:41ジェーンもまた、「家庭」という「檻」に囚われた囚人の一人である 彼女は物語開始より以前から、豊胸手術のための資金を貯めていた この手術を望む理由は『ローマの休日』で王女が髪を切る理由と同じ、身体性の自己決定権を得るためだ しかし実際には、豊胸手術が自由への鍵とはなり得ない
2020-08-07 01:17:35物語序盤で、ジェーンはすでに十分大きくなった自分の胸を見つめていた 性的な成熟が直接、何らかの自由を自分にもたらすことはないと彼女は気づいている そしてこの性的成熟のために、ジェーンは父親に対する嫌悪感をより強くすることになる
2020-08-07 01:24:53一般的な思春期の女子と同様に、ジェーンは異性としてレスターを見るようになり、そこから父親への嫌悪が始まっていたはずだ 常軌を逸しているのは、自分と同い年の親友に父親が明白な性欲を剥き出しにしている点だ これはジェーンの視点からすれば、レスターの近親相姦願望として映ったことだろう
2020-08-07 01:32:16レスターが実際にジェーンに近親相姦の欲望を抱いていたとは思えない が、ジェーンの写像としてアンジェラを求めた可能性は十分にある 自分の娘(の写像)への性欲に眼をギラつかせる父親が支配を強める家庭、これはジェーンにとっての悪夢だ
2020-08-07 01:36:45さらに悪いことに、親友アンジェラまでがレスターとのセックスに(口先だけとはいえ)乗り気だ あんたのお父さんとセックスしてもいい、とうそぶくアンジェラの言葉はジェーンの耳に「あんたはきっと父親とファックする…一晩中だって、ずっとね」という響きをもって聞こえたはずだ pic.twitter.com/sUECrX1ZBX
2020-08-07 01:48:16父親と家庭への嫌悪感、近親相姦の可能性への恐怖こそが、ジェーンとリッキーを急速に結びつける一因となったと言えるだろう 同時にそれはアンジェラとの仲を決定的に隔ててしまう原因ともなる
2020-08-07 01:51:34